# 天導ルリカは生まれるのを止めた

作者：公式配布ページの作者欄を参照（この下書きでは名義表記を省略）

原稿版：1.0／テキスト版：2026-10-27 JST／未公開下書き。
本文と「この本について」を収録。挿絵・巻末資料・あとがきは含みません。

公式配布ページ：https://huggingface.co/datasets/currnya/rurika

本文やキャラデザを AI に渡して、別の展開や挿絵づくりを楽しめます。作ったものを公開するときは、公式配布ページの利用条件と二次創作の手引きをご確認ください。

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# 第三話　帳簿を読む子

十二歳の春から、十四歳の冬まで。

　＊

十一歳の春、母と私は本家へ移った。

十二歳の四月、佐伯の帳簿の整理を手伝わせてもらうことになった。

きっかけは、算術の成績だった。学院の教師が、天導さんは数字の並びを見るのが上手い、と母に言った。母は喜んだ。母は、私が褒められると、そのたびに少し長く私の髪を撫でた。

「佐伯の手伝いをしてごらんなさい。家のことを覚えるのは、あなたのためになる。見るのは、本家の帳簿だけでいいの。私の帳面は、私がつけます」

母は、私の手の届く帳簿を、先に決めた。

佐伯は本家の家令で、五十を過ぎた、口数の少ない人だった。背が高く、白髪まじりの頭をきちんと撫でつけていた。本家の支払いの帳簿を、年ごとに綴じて保管している。私はその綴じ直しと、古い帳面の目録作りを任された。

最初の日、佐伯は私に言った。

「帳簿は、書いた者の癖が出ます。癖を覚えると、どこが違うかが分かります」

「違う、というのは」

「いつもと違う書き方をしているところです。急いでいたか、人に言われて書いたか。そういうところには、たいてい、あとで訊かれることがある」

白石澄は、その言葉を気に入った。仕事で先輩が同じことを言っていた。領収書の束は、書いた者の癖で読め。

　＊

十二歳の夏、私は八月の帳簿に辿り着いた。

二年前の、湖の年の帳簿だった。私は佐伯のいない時間に、それを開いた。開く理由は、目録作りだった。目録を作るには、中を見なければならない。

八月の頁は、他の月より行が多かった。葬儀の費用、湖からの運送、弔問客への返礼。

十五日の欄に、一行だけ、他と違う字があった。

　車代　辰巳　帝都往復

辰巳は、伯父の商会の手代だった。湖の年に二十八で、商会の帳場より、伯父の用事で方々へ使いに出ていることのほうが多い男だった。盆の湖行きの費用は、毎年本家が持つ。だから分家の者の車代も、本家の帳簿に載る。

十五日は、湖の宴の日だ。伯父は十二日から湖にいた。十五日に精算された、辰巳の帝都往復の車代。辰巳は、その日、湖にいなかったのかもしれない。

私は帳面を開いたまま、しばらくその一行を見ていた。

父に電報が来たのは、十五日の午後三時だった。本社から、至急帰京せよ。本社はそんな電報を出していなかった。

電報は、どこかの電信局から打たれている。受け取った紙には、打った局の名が入る。湖の近くの局から打てば、局の名で分かってしまう。本社から打ったように見せるには、本社のある帝都の局から打つしかない。

誰かが、十五日に、帝都にいなければならなかった。

私は目録の用紙に、何も書かなかった。その夜、自分の帳面に書いた。

　湖の年　八月十五日　本家支払帳　車代　辰巳　帝都往復
　辰巳＝伯父の商会の手代
　偽電報は帝都から？（未確認）

ゲームでは、伯父が偽電報を打たせたことになっていた。この一行は、それと矛盾しない。矛盾しないことと、裏が取れたことは違う。けれど、一つの紙が、ゲームと同じ方向を指していた。

私はそれを、少しだけ嬉しいと思った。嬉しいと思ってから、人が一人死んだ日の帳簿を読んで嬉しがっている自分に気づいて、帳面を閉じた。

　＊

十二歳の秋、母に珈琲の淹れ方を教わった。

母の居間で、宗一郎が外国から持ち帰った挽き具を使った。母は挽き方を細かく教えてくれた。私が淹れたほうは薄かった。

「薄い」と母は言った。「でも、湯の落とし方は上手」

母は窓のほうを向いて、それから、低い声で話し始めた。

兄に後見を奪われたこと。自分の生まれた分家には初代の血がないこと。この家では、自分は最後まで客だということ。宗一郎は、決めない人だったこと。

「奥様が亡くなってからも、あの人は何も決めなかった」と母は言った。「家の決めた方を、家の決めた日にお迎えすることにしただけ。決めたのは、あの人ではないの」

奥様というのは百合子さまで、家の決めた方というのは静子さまのことだった。百合子さまが亡くなったのは、私が八つの春。おじさまと静子さまの婚約が決まったのは、九つの冬。十歳の瑠璃の記憶の中で、その二つは、大人たちが声を低くして話していた季節として残っていた。

十歳の瑠璃なら、この話を聞いて泣いただろう。母がかわいそうだと思っただろう。

白石澄は、話を聞きながら、話の形を見ていた。

母の話には、日付がなかった。いつ兄に何を言われたのか。いつ何を知ったのか。母は「あの年」「あのとき」とだけ言った。日付の代わりになっていたのは、奥様が亡くなってから、という一か所だけだった。そして、母の話の中で、母はいつも何かを奪われる側にいた。

本人の話は、本人に都合がいい。私もそうだ。調査の聴取で、自分を悪く言う人はいない。悪く言わないことは、嘘をついていることと同じではない。ただ、それだけで事実の場所に置いてはいけない。

「かわいそう」

十歳の瑠璃の声で、私は言った。

母は、少し笑った。

「あなたは優しい子ね」

その夜、帳面に書いた。

　十二歳秋　母の話　兄に後見を奪われた　日付なし
　　「奥様が亡くなってからも、あの人は何も決めなかった」
　　何を決めなかったのか　（未詳）
　母は「知らなかった」とは言っていない

最後の一行を、私はしばらく見ていた。母は、奪われたとは言った。知らなかったとは、一度も言わなかった。

　＊

十三歳の秋、天導一臣が、婚約のことを先に私に言いに来た。

伯父の息子で、十九歳。背が高く、眉がまっすぐで、口数が少ない。本家へ来るときも、たいてい一冊、本を小脇に抱えていた。分家の商会の仕事をしていて、月に何度か帳簿を届けに本家へ来る。私は挨拶をするだけの間柄だった。

「父たちが、あなたと私の婚約を進めようとしている。嫌なら、私の父に言う」

ゲームの一臣は、婚約者の瑠璃に冷たかった。婚約は父たちの取り決めで、一度も話したことがない、と澪に言う人だった。

目の前の一臣は、話しに来た。

私は、少し考えさせてください、と言った。彼は、いくらでも、と言った。

その夜、帳面の三頁目に、小さく書いた。

　一臣　ゲームと違う

それから、その行を線で消した。調査の記録ではないと思った。消した線の下で、字はまだ読めた。

　＊

十四歳の冬、母の家計簿を見つけた。

探していたわけではなかった、と言えば嘘になる。ゲームの瑠璃は、十七歳の冬に母の家計簿を焼く。焼くためには、それがどこにあるのかを知っていなければならない。瑠璃は知っていた。なら、この家のどこかにある。

私は二年かけて、母が留守のときに、母の居間を一か所ずつ見た。見て、何も動かさずに出た。

文机の二段目には古い鉄の錠がついていて、違い棚の小箱にあった鍵で開いた。

見つけたのは、その奥だった。藍色の表紙の、古い帳面。表紙の年号は、湖の年だった。

家計簿だった。母の字で、呉服、炭、氷、書生の月謝、車代。几帳面な字で、月の合計まで出してある。

同じ字で、別の記入があった。

　四月　薬
　四月　薬
　五月　薬
　五月　薬
　六月　薬
　七月　薬

七月の欄の余白に、四つの語。

　八月　湖　灯籠　舟屋

私は、帳面を持ったまま、しばらく動かなかった。

ゲームでは、母は兄に命じられて娘を眠らせた。兄が妹に計画を持ちかけたのが、いつだったか。ゲームははっきりとは言っていなかった。ただ、伯父が親族会の三人に根回しを始めたのは、七月だった。澪の手に渡る伯父の下書きの日付が、七月だから。

薬は、四月から買われていた。

私は、帳面の最初の頁の問いを思い出した。迷子の子が、薬を飲んでいたのはなぜか。

その下に、何を書き足すべきか、私にはもう分かっていた。分かっていて、ペンを取らなかった。

十歳の瑠璃が、私の中で首を振っていた。

　＊

私は、帳面を持ち出さなかった。

持ち出せば、母は気づく。母は、この帳面が今もここにあるかを、ときどき確かめているはずだ。私が母なら、そうする。気づけば、母は何かをする。何をするかは分からない。分からないことを起こしたくなかった。

焼かないことも、決めてあった。ゲームの瑠璃は焼いた。焼いたから断罪された。

では、どうするか。

本家の星の間には、宗一郎の遺品の写真機がある。蛇腹の、三脚に載せる古い型だ。乾板が何枚か、箱に入ったまま残っている。宗一郎が生きていたころ、私に一度、撮り方を教えてくれた。十歳の瑠璃の記憶に、それがあった。

二月、母が親戚の家の茶会に招かれ、泊まりがけで出かけた夜、私は写真機を母の居間へ運んだ。十四歳の腕には重かった。三脚の脚を一本ずつ伸ばした。灯りを二つ寄せた。

家計簿の四月から七月の頁を開いて、一枚ずつ撮った。乾板は四枚使った。余白の四語が入るように、最後の一枚は少し引いて撮った。

撮り終えて、帳面を元の位置に戻した。文机の二段目の奥。表紙の向きも、元のとおりに。

写真機を星の間に戻したのは、夜中の二時だった。

乾板は、自分で現像しなかった。現像のしかたは知らなかったし、薬品もない。露光した乾板を、黒い紙に包んで、鏡台の底板の下に入れた。像が本当に写っているかどうかは、分からない。分からないまま、底板を戻した。

その夜、帳面に書いた。

　十四歳冬　母の家計簿　文机二段目奥　湖の年
　薬　四月から六回（四月二、五月二、六月一、七月一）
　余白　八月　湖　灯籠　舟屋
　原本はそのまま　乾板四枚　鏡台底

その下に、十歳の瑠璃が覚えている季節と、今夜見た物を並べた。

　八歳の春　　百合子さま亡くなる
　九歳の冬　　おじさまと静子さまの婚約
　十歳の四月　家計簿に最初の「薬」
　十歳の七月　伯父の根回し（ゲームの下書きの日付）
　十歳の八月十五日　湖
　十歳の十月　婚礼の予定　取りやめ

並べてみると、薬が始まったのは婚約の四か月あとで、婚礼の半年前だった。婚約と薬のあいだに何があったのかは、どの紙にも書いていない。

それから、一行空けて、最初の頁の問いの下に書き足した。

　薬は、伯父の根回し（七月）より先、四月から買われている。

書いたのは、それだけだった。

その先の一行――だから母は、兄に命じられる前から動いていた――を、私は書かなかった。

白石澄は、それを書くべきだと言った。物が指している方向を、書かずに置くのは、調査員の怠慢だ。

十歳の瑠璃は、書くなと言った。

私は、二人のどちらにも従わずに、帳面を閉じた。四月の二行は、伯父に言われる前から妹が眠れなかった、ということかもしれない。そういう可能性も、まだ消えていない。消えていないうちは、書かなくていい。

それが言い訳だと、私は分かっていた。

分かっていて、その冬、私はその一行を書かなかった。

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