# 天導ルリカは生まれるのを止めた

作者：公式配布ページの作者欄を参照（この下書きでは名義表記を省略）

原稿版：1.0／テキスト版：2026-10-27 JST／未公開下書き。
本文と「この本について」を収録。挿絵・巻末資料・あとがきは含みません。

公式配布ページ：https://huggingface.co/datasets/currnya/rurika

本文やキャラデザを AI に渡して、別の展開や挿絵づくりを楽しめます。作ったものを公開するときは、公式配布ページの利用条件と二次創作の手引きをご確認ください。

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# 第四話　婚約と三つの経路

十五歳の十月から、十六歳の七月まで。

　＊

十五歳の十月、学院の門を出たところで、知らない男に名前を呼ばれた。

「天導瑠璃さんですね」

男は帽子を取った。二十三か四。帽子の下の髪は癖が強く、あちこちへ跳ねていた。日に焼けた顔で、話す前から片足に体重を移したり戻したりしている。背広の肘が擦れて光っていた。差し出された名刺には、帝都日報、早瀬遼とあった。上着のかくしから、角の丸くなった手帳がのぞいていた。

三人目だ、と白石澄が言った。ゲームの攻略対象の最後の一人で、記者。家を去った人たちを探し出す人。

「五年前の湖のことで、少しだけお話を」

「わたしは十歳でした」

「知っています」早瀬さんは帽子を胸に当てたまま言った。声の大きい人が、無理に落としている声だった。「あの年、私は社の見習いで、先輩の鞄を持って湖へ行きました。駐在所で、あなたのお父上が電報を握っていらした。本社はこんなものは出していない、と三度おっしゃった。私はそれを手帳に書きました」

彼は一度、言葉を切った。

「翌朝の記事には、娘を置いて帰京した父、とだけ載りました。電報の話は一行もなかった。書いたのは先輩で、削ったのは部長です。私ではありません。でも、私はその場にいた」

聴取で、こういう話し方をする人を何人か見た。自分の責任の範囲を先に言い、それから、範囲の外のことで苦しんでいる人。

「わたしの話は、記事になりますか」

「……十歳のときの記憶なら、なりません」

「では、話しません」

早瀬さんは少し笑った。怒ってはいなかった。名刺を私の手に残して、帽子をかぶり直した。

父の居場所を知っていますか、と訊きたかった。ゲームで父を見つけ出すのは、この人だ。訊けば、探しに行くだろう。

訊かなかった。記者と話したことが母に知れれば、母は理由を訊く。私はその理由を、母の前で言える形にしていなかった。

名刺は、帳面の裏表紙に挟んだ。

　＊

十六歳になる四月、誕生日の前の週に、一臣さまとの結納が交わされた。

一臣さまは二十二歳になり、分家の商会で船荷の割り振りを任されていた。三年前に婚約の話を先に言いに来た人は、この三年、月に一度は本家へ来て、私と庭を一周して帰った。話すことは、たいてい帳簿のことだった。

結納のあと、池の縁で、彼は言った。

「父は、今日、少し泣いていた」

「伯父さまが」

「君の後見を務めて、もうすぐ六年になる。君を本家の跡取りとして送り出すのが宗一郎様への務めだと、父はずっと言っている。今日でその半分が済んだ、と」

一臣さまは鯉を見ていた。

「十二のとき、父は私を倉へ連れて行って、荷札と帳面を一枚ずつ突き合わせさせた。合わないところを見つけるまで、夕飯を待っていてくれた。父は、人前で声を荒らげたことが一度もない」

私はその倉を思い浮かべた。ゲームでは、伯父の書斎の机に、七月の日付の下書きがある。それを見つけて澪に渡すのは、この人だ。荷札と帳面を突き合わせることを伯父に教わった息子が、いつか、伯父の書いた紙を伯父の言葉と突き合わせる。

「君は、この婚約を自分で決めたのか」

「はい」

嘘ではなかった。ゲームの筋を知っていて、自分で決めた。

「私もだ。父に言われたからではない。それだけは知っておいてほしかった」

ゲームの一臣は、婚約者とは一度も話したことがない、と澪に言う人だった。違いを作ったのは、たぶん私だ。虐めない子は、話しかけられる。

私はこの人の父を告発するつもりで、この人と婚約した。

その一文は、帳面に書かなかった。

　＊

四月の第二週、小野澪が転入してきた。

一学年上、十七歳。村の小学校から推薦を受けた奨学生だと、朝のうちに知れ渡った。午後には、もう一つ知れていた。天導家の湖の別荘の、番人の娘だと。

日に焼けた顔の子だった。短めの髪を、学院の決まりどおり後ろで一つに結んでいる。奨学生の制服は質素で、襟の糊だけが新しかった。教室の入口で名前を言うとき、澪は誰の顔も避けずに、端から順に見ていった。

十歳の瑠璃の記憶に、この子が一度だけいた。九つの夏、星見荘の岸で、日に焼けた女の子と貝殻を拾った。虹色の殻を二人で分けた。女の子は木に登るのがうまかった。

ゲームの瑠璃が、おじさまを死なせた番人の娘として憎む子だった。この六年、母は私にも、おじさまは番人の見回りが足りなくて死んだのだと何度か言った。私は、はい、とだけ答えてきた。

ゲームでは、瑠璃は転入の初日に澪の靴を池へ投げる。

私は投げなかった。その代わり、三日目の昼休み、渡り廊下で上級生の三人が澪を囲んでいるところに行き合った。澪の靴は踵を一度継いであり、一人がその踵を爪先で軽く蹴っていた。

「天導様のお家に、ずいぶんお世話になったんですってね」

私は三人の後ろから言った。

「小野さんに用があります」

三人は振り向き、私の顔を見て、道を空けた。五年前の門と同じ、よく躾けられた動き方だった。

放課後、澪が図書室の私の席まで来た。

「昼のことですが」

「はい」

「天導さんに庇ってもらう理由が、私にはありません。父は、天導の親族会に職を解かれました。それに」

澪は机の縁に手を置いた。指の関節に、古い擦り傷が並んでいた。

「天導さんがあの人たちを黙らせると、あの人たちは、次から天導さんの顔を見て黙るだけです。私の顔は見ません。言い返すのは、自分でできます」

助けたかった、と言えば、それは本当だった。けれど、澪の側に立つという方針が先にあって、その方針のために廊下で声を出したことも、本当だった。

「分かりました」

とだけ言った。澪は頷いて出ていった。

帳面に一行書いた。助けることは、相手の上に立つことでもある。書いてから、保険金を払う側にいたころ、先輩に同じことを言われたのを思い出した。払ってやると思った瞬間に、人は相手の話を聞かなくなる。

　＊

五月、学院の春の身体検査があった。嘱託医は蘆田医院で、院長の蘆田先生に、息子の慎さんが助手としてついてきた。医学校の最後の年だと聞いた。眼鏡をかけた、白衣の袖を一度折り返している人で、白衣のかくしには聴診器と一緒に、薄い詩集が一冊入っていた。声が柔らかく、話すときに急がなかった。

慎さんは本家にも年に二度、父親について来る。母の脈を取るのは父親で、慎さんはその横で帳面に書き取る係だった。去年の秋、私は一度だけ、何を書いているのかと訊いた。

「処方簿です。出した薬と、量と、日付。父は、処方簿は医者の良心だと言います。書いたものは消せない。消せないから、書く前に考える」

その慎さんが、身体検査の日、中庭の楡の下で、澪の足首に包帯を巻いていた。

下級生の帽子が風で枝に掛かり、澪が登って取ったのだという。降りるとき最後の一段を飛んで、足首をひねった。帽子はもう下級生の手に戻っていた。

ゲームにもこの場面はあった。一枚絵つきで。楡、包帯、帽子。

違ったのは澪の顔だった。一枚絵の澪は頬を染めて慎さんを見ていた。中庭の澪は、慎さんの手元から目を離さなかった。

「それ、自分でもできるようになりますか」

「なりますよ。三回巻けば」

慎さんは包帯を一度ほどき、澪の目の前で、もう一度巻き直した。

　＊

六月、学院の慈善会の会計係に、私と澪が選ばれた。算術の一番と二番を、担任が組ませただけだった。

品の半分は天導の商会から出ていた。前の日、一臣さまが荷を届けに来て、私たちの机の前で、荷札と品を一つずつ突き合わせていった。澪はその手つきを、黙って見ていた。

当日の放課後、二人で売上を締めた。私が数え、澪が書いた。合計を出したところで、澪が言った。

「ここ、一銭合いません」

数え直した。澪が正しかった。私が銅貨を一枚、二度数えていた。

「本当ですね。ありがとう」

合計から一銭引いた。澪が帳面の数字を書き直して、少しのあいだ私の顔を見ていた。

「今の天導さんは、普通でした」

「普通、ですか」

「廊下のときは、天導さんでした。今は、普通の会計係でした」

澪は笑わなかった。けれど帰り道が同じ方角だと言って、門まで並んで歩いた。

門の外に、早瀬さんが立っていた。帽子を取り、私ではなく澪に頭を下げた。

「小野弥吉さんの娘さんですね」

私は二人を残して迎えの車に乗った。窓から振り向くと、澪は腕を組んで、早瀬さんの手帳を覗き込んでいた。何でも自分で確かめたがる子の立ち方だった。

その夜、帳面の新しい頁に書いた。

　ゲームの三つの道
　　一臣　伯父の書斎の机　根回しの下書き（七月の日付）　商会の帳簿を任されている
　　慎　　蘆田医院　処方簿　医院の記録を扱う
　　早瀬　家を去った人たち　父とお絹の証言　湖の件を五年抱えている
　　三つの道が澪のところで一つになる（TRUE）

書いてから、長いあいだ見ていた。

ゲームをしていたころ、白石澄はこれを恋の話として読んでいた。誰を選ぶかで、どの証拠が先に澪の手に入るかが変わる。

今は、別の読み方ができた。三人は、もともと証拠に手の届く場所にいた。一臣さまは父親の机に、慎さんは医院の棚に、早瀬さんは五年前の駐在所に。恋が証拠を運んだのではない。証拠の近くにいた人たちが、何でも自分で確かめる子に出会った。

一覧を、もう一度上から読んだ。

どの道にも、母は出てこない。

四本目の道は一覧に書かなかった。書かなくても、どこにあるかは分かっている。私の鏡台の、底板の下だ。

　＊

七月、夏休みの前の日、澪が私を楡の下へ呼んだ。

「父は、三年前の冬に亡くなりました」

知っていた。ゲームにあった。知っている顔をしないように、私は楡の幹を見た。

「肺でした。最後の十日は起きられませんでした。そのあいだに、私宛てに一通書きました」

澪は封筒を出さなかった。持っているとも言わなかった。

「桟橋は毎朝見ていた、と書いてありました。あの年の八月十二日の朝も見た。柱に傷はなかった。自分は見回りを怠っていない。それを、いつか天導の人の前で言ってくれ、と」

澪は私の目を見た。

「天導さんは、舟屋で見つかったんですよね。あの夜のこと、何か覚えていますか」

問いの形をした問いだった。六年前の母の声とは違った。

十歳の瑠璃が、いつものように、相手の欲しい答えを探し始めた。白石澄はその前に、手元の物を数えた。

舟屋の足跡。糖蜜の甘さ。毛布の香。乾板四枚。現像していないから、像が写っているかも分からない。どれも母の方角を指していて、どれも母を名指ししてはいない。

確証のない話を、自分の父親の名誉を賭けている人に渡すわけにはいかなかった。渡せば、澪はそれを確かめに行く。確かめに行く先は、私の母だ。

「少しだけ、覚えています」

と私は言った。

「でも、今は言えません。わたしの覚えていることは、わたしが覚えているというだけです。物で裏が取れたら、小野さんに渡します」

澪はしばらく黙っていた。

「約束ですか」

「約束です」

澪は頷き、楡の枝を見上げた。

「じゃあ、私は先に物を集めます。二年あれば足りると思う」

ゲームでは、足りる。来年のうちに、三つの道から三つの物が、澪のところへ届く。

その夜、私は鏡台の底板を外した。黒い紙の包みは、一年半前に入れたときのまま、そこにあった。

現像しなければならない。物で裏が取れたら渡す、と約束したのだから。

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