# 天導ルリカは生まれるのを止めた

作者：公式配布ページの作者欄を参照（この下書きでは名義表記を省略）

原稿版：1.0／テキスト版：2026-10-27 JST／未公開下書き。
本文と「この本について」を収録。挿絵・巻末資料・あとがきは含みません。

公式配布ページ：https://huggingface.co/datasets/currnya/rurika

本文やキャラデザを AI に渡して、別の展開や挿絵づくりを楽しめます。作ったものを公開するときは、公式配布ページの利用条件と二次創作の手引きをご確認ください。

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# 第二章　行き止まりの三十歩

　十歳の秋から、私は良い子をやった。

　学院の門で馬車を降りると、正面にいた女の子たちが横へ寄った。避けたというより、道を空けた。よく躾けられた動きだった。誰も私を見なかった。見ないようにすることを十人ぐらいが同時にやると、朝の空気が冷える。

　昼の廊下で、小柄な子とすれ違った。眼鏡をかけて、教科書を胸に抱えている。一つ下の組の、小暮という子だった。私が足を止めると、その子の肩が跳ねた。

　何をしたのかは、教室の噂で知った。夏休みの前に、この身体の子が、小暮さんのリボンを取って池に投げたのだという。ゲームの瑠璃は、学院でこの子を階段で突き飛ばす。それより前にも、いろいろやっていたらしい。

「小暮さん」

　小暮さんは、教科書を抱いたまま動かなかった。

「リボンのこと、ごめんなさい。許さなくていいです。もうしません、と言いに来ただけです」

　言い終わる前に、小暮さんは走って逃げた。

　それでいい、と思った。謝るのは、謝った側が軽くなるためではない。店で注文を取り違えたときも、祖母はそう言っていた。頭を下げたら、あとは次の注文を間違えないこと。

　冬になって、朝、教室の戸口で「おはようございます」と言うと、二人か三人が返してくれるようになった。小暮さんも、そのうちの一人だった。目は合わせない。合わせないまま小さな声で言って、自分の席へ行く。

　それで十分だった。

　　＊

　家庭教師の先生が、私の手元を見て首をかしげたのは、十歳の十一月だった。

「お嬢様、右でお書きになるのですね」

　私は筆を持ったまま固まった。この身体は左利きだった。石盤の曇りで知っていたのに、何も考えずに右で持っていた。

「この夏に、直しましたの」

　襖の向こうから、母の声がした。いつから廊下にいたのか分からない。母は襖を少しだけ開けて、先生に微笑んだ。

「左では字が汚れるでしょう。うるさく言いましたのよ」

「さようでございましたか。よくお直りになりました」

　先生は書き取りに戻った。母は襖を閉めた。

　私は筆を握ったまま、閉まった襖を見ていた。この夏に左利きを直した、という話は、たぶん本当ではない。母はそれを、先生の前で、何でもない顔で言った。

　なぜ、とは訊けなかった。訊けば、この身体の中身が違うことを、自分から言うことになる。

　　＊

　本家の台所には、入れてもらえなかった。

　一度だけ、朝の仕込みの時刻に下りていった。料理番の男の人が、竈の前で目を丸くして、「お嬢様がお入りになる所ではございません」と頭を下げた。その日のうちに母の耳に入って、母は「台所は、あなたのいる所ではありません」とだけ言った。

　手が、生地を触りたがっていた。

　四時に起きる癖は、十歳の身体になっても抜けなかった。まだ暗い部屋で目を覚まして、することがない。私は布団の中で、店の配合を一つずつ思い出して、ノートに書いた。マドレーヌ。シュー。カスタード。スポンジ。この世界の量りは匁で目盛りを振ってあるので、グラムを匁に直して書いた。バター百グラムは、二十六匁と少し。

　書いていると、夜明けまでの時間が短くなった。

　　＊

　十一歳の春、家令の佐伯に、恭介さんの行き先を訊いた。

　佐伯は五十代の半ばの、背の高い人だった。白髪まじりの頭を、いつもきちんと撫でつけている。書状の宛名書きを手伝わせてもらった日の帰りぎわに、私は訊いた。

「佐伯さん。恭介さんは、いま、どこにいますか」

　佐伯は筆を置いた。長く黙っていた。それから、反故紙の端に鉛筆で書いた。

「南浦の、蓬田造船という所に、人が入ったと聞いております。同じ方かどうかは存じません」

　私は礼を言って、その紙をノートの頁に挟んだ。

　手紙は書かなかった。

　書こうとして、便箋を出したことはある。書き出しで手が止まった。この子の父親に、この子の名前で手紙を書く。あの人は、娘から来たと思って読む。中身は、あの人のことを何も覚えていない二十四の菓子屋だ。

　あの人が振り返らずに門を出ていった朝の、硝子の冷たさを思い出した。

　便箋はしまった。佐伯の紙は、ノートに挟んだままにした。捨てもしなかった。

　石盤の字は、春になっても消さなかった。机の上に出しておくと女中が拭いてしまうので、布に包んで、引き出しの奥に入れた。

　　＊

　一臣は、月に一度か二度、伯父について本家に来た。

　伯父は後見人として、本家の帳簿に判を押しに来る。そのあいだ、一臣は応接の外の長椅子で本を読んで待っている。十六のときも、十七になっても、同じ長椅子の同じ端に座っていた。

　私はそこへ、ノートを持っていった。

「一臣さん。訊いてもいいですか」

「どうぞ」

　余白に書き写した言葉を、一つずつ読み上げた。開氷面。定着氷。測程儀。転桁索。一臣は一つずつ答えた。答えられないものは、「それは私も分からない」と言った。十歳の子の前で、分からないと言うのを少しも嫌がらなかった。次に来たとき、彼は答えを書いた紙を持ってきた。字は細くて、右上がりだった。

「調べた」

　それだけ言って、紙を渡した。

　十一の秋に、上巻を読み終えた。読み終えたと言うと、一臣は「どこがよかった」と訊いた。

「犬のところです。氷の上で、乗組員が犬を飼いはじめるところ」

「なぜ」

「そこから、記録の書き方が変わるので。それまでは、何日に何をした、ばかりだったのに、犬に名前がついてから、日記みたいになるんです」

　一臣は、少し黙った。

「私も、そう思った」

　それから、ほんの少しだけ口の端を動かした。十歳の秋に、長椅子で見たのと同じ動き方だった。

　暦に、小さな点を打つようになったのは、そのころだった。伯父が本家に来る日が決まると、女中たちが前の日から応接の支度を始める。私はそれを見て、自分の部屋の暦の、その日に鉛筆で点を打った。

　点を打つと、次の点までの日が数えられる。二十八日。二十一日。三十日。

　祖母の店では、暦に印をつけるのは材料の届く日と、返済の日だけだった。人が来る日に印をつけたことは、なかった。

　　＊

　十二歳の春、一臣は帝都の大学に入った。

　長椅子に、来なくなった。伯父は一人で来て、一人で帰る。

　私は、待たなかった。

　手紙を書いた。宛先は分家の一臣さんで、本家の家令に頼めば届く。婚約の話がまだ表に出ていなくても、親戚の子どもが従兄に手紙を出すのは、どこもおかしくなかった。

　　一臣さん
　　大学はどうですか。
　　北方回航記の上巻の、八十頁の「氷圧」が分かりません。辞書にありませんでした。
　　余白の絵は、マドレーヌという焼き菓子です。
　　瑠璃

　返事は、十日で来た。

　　天導さん
　　氷圧は、氷が船を両側から押す力のこと。船はそれで持ち上がることもあるし、潰れることもある。北方回航記の船は、持ち上がったほうだ。
　　マドレーヌは、見たことがない。
　　一臣

　短かった。それでも、一行も手を抜いていなかった。

　次の手紙には、分からない言葉を二つと、シュークリームの絵を描いた。返事には、言葉の答えが二つと、最後に一行あった。

　　この絵に似たものを、銀座の店で見た。食べたことはない。

　私はその一行を、机に肘をついて何度も読んだ。この世界にもシュークリームがある。一臣は、それを店の硝子越しに見ている。食べたことはない。

　食べさせたい、と思った。

　思ってから、便箋の上で手が止まった。

　十二の私は、十八の彼に手紙を書いている。十八は、もう子どもではなかった。学生服の首回りは、この春に会ったとき、もう余っていなかった。肩が広くなって、歩くのが速くなった。推しの弟には、もう見えなかった。

　かといって、ゲームの中の二十四の人でもない。その途中の人が、氷圧の説明を丁寧に書いてくる。

　私は、その人に手紙を書くのが楽しかった。楽しいことを、二十四の私の頭で、少しだけ怪しんだ。怪しんでも、次の手紙は書いた。

　　＊

　十三歳の秋に、一臣が庭に来た。

　伯父の用で本家に来た日で、彼は十九になっていた。応接を出たあとで、庭の東屋にいた私のところへ、まっすぐ歩いてきた。

「天導さん」

「はい」

「立ち話ですまないが、先に本人へ言っておきたいことがある」

　私は東屋の椅子から立った。

「父たちが、あなたと私の婚約を進めようとしている」

　息が止まった。

　知っていた。ゲームの瑠璃は一臣の婚約者で、婚約は伯父たちの取り決めだった。いつか来ると分かっていた。分かっていたのに、息が止まった。

「まだ決まっていない。形が決まるのは、あなたが十六になる春だろうと聞いた。それまで三年ある」

「……はい」

「嫌なら、私の父に言う」

　彼は、正面から私を見て言った。

「私が父に言えば、あなたが断ったという形にせずに済む。あなたの母上に断らせるのも、角が立つだろう。私が言うのがいちばん早い。ただ、あなたが本当にどう思っているのかを、私が代わりに決めるわけにはいかない。だから訊いている」

　ゲームの一臣は、婚約者と一度も口をきかなかった。

　いま私の前に立っている人は、十三の娘に、自分から話しに来ている。先に本人へ、と言って。

「ぜんぜんやじゃない！」

　庭じゅうに響いた。

　植木の向こうで、庭師の鋏の音が止まった。

「……です！」

　敬語が、あとから走ってきた。間に合っていなかった。

　一臣は、しばらく何も言わなかった。私は自分の顔が熱くなっていくのを、どうすることもできずに立っていた。十三の身体は、顔に出るのが早い。

「……そうか」と彼は言った。

　それから、少し間があった。

「では、父には何も言わない」

「はい」

「聞こえた。一度で」

「……はい」

　植木の向こうで、鋏の音がまた始まった。さっきより、少しゆっくりだった。

　一臣は、東屋の柱のほうを見ていた。私のほうを見なかった。耳のあたりが、日に焼けているのとは違う色をしていた。

「門まで戻る」

「お見送りします」

　庭の小径を、二人で歩いた。門は屋敷の反対側にあるのに、彼は庭の端の生垣のほうへ歩いた。私はついて歩いた。どちらも何も言わなかった。落ち葉を踏む音が、二人ぶん続いた。

　生垣のところで、彼は立ち止まった。

「こちらは行き止まりだ」

「そうです」

「気づいていた」

「はい」

「では、戻ろう」

　彼は本当に踵を返して、来た道を戻った。私はそのあとをついて歩いた。門で彼は「では」と言い、私は「お気をつけて」と言った。それだけだった。

　彼が門を出てから、私は庭の小径へ戻った。

　東屋から生垣まで、一人で歩いてみた。三十歩と少しだった。

　あの人は、行き止まりを知っていて歩いたのか。知らずに歩いて、ごまかしたのか。十九の男の人の背中からは、どちらとも分からなかった。

　部屋へ戻って、ノートを開いた。

　　十月十日
　　　婚約の話（まだ予告）。十六の春。
　　　ぜんぜんやじゃない、と言った。声が大きかった。庭師の鋏が止まった。
　　　東屋から生垣まで、三十歩と少し。
　　　行き止まりを、知っていたのか。

　最後の行を、しばらく見ていた。

　書いたことの半分は、菓子の配合表にはいらないことだった。いらないことを書いてしまったので、余白には何も描かなかった。

　婚約の中身は、ノートに書かなくても分かっていた。伯父の一手だ。宗一郎さまが死んで、本家の跡取りはこの子になった。一臣は、宗一郎さまに子がないあいだ、本家の養子に入ると言われていた分家の息子だ。この子と一臣を結べば、どちらが本家を継いでも、伯父の家が本家を握る。伯父は、帳簿に判を押すだけでは足りない人なのだろう。

　その一手の上に、あの「ぜんぜんやじゃない」が乗っている。

　私は、それを恥ずかしいとは思わなかった。伯父の一手だろうと、私が嫌ではないことは嫌ではない。そこは、私が決めることだ。

　　＊

　十三歳の冬、母の文机を探った。

　口実は切手だった。学院の先生に礼状を出すつもりで、それ自体は本当だった。でも切手なら、女中に訊けば済む。私が母の居間に一人で入ったのは、十歳の秋から探していたものが、そこにあるかもしれなかったからだ。

　ゲームの瑠璃は、十七の冬にそれを燃やす。だから、それまではこの家のどこかにある。母の部屋か、居間か、仏間の奥か。母が留守にするたびに、私は一か所ずつ見てきた。見ても何も触らず、元どおりにして出た。

　切手は、文机の二段目にあった。二段目の奥に、藍色の表紙の帳面があった。

　家計簿だった。表紙の年号は、三年前――宗一郎さまが湖で死んだ年だった。呉服、炭、氷、車代、書生の月謝。母の字は几帳面で、月ごとの合計まで出してある。

　同じ字で、別の記入があった。

　　四月　薬
　　四月　薬
　　五月　薬
　　五月　薬
　　六月　薬
　　七月　薬

　四月の、最初の薬の横に、小さく四つの言葉が続いていた。薬の記入と同じ墨だった。

　　八月、湖、灯籠、舟屋。

　私は帳面を持ったまま、畳に座り込んだ。

　ゲームでは、この帳面は燃やされる。燃える頁の絵が一枚出るだけで、何が書いてあったかは最後まで出てこない。燃やされたあとで主人公が医院の処方簿を見つけて、母親が眠り薬を何度も受け取っていたことが分かる。主犯は伯父で、母親は兄に言われて娘を眠らせた。ゲームはそう言っていた。

　でも、この四つの言葉は、四月に書いてあった。

　祖母は、年末に出す焼き菓子の段取りを、秋のうちに暦に書いた。いつ焼くか先に決めて、そこから材料を揃える。人に言われて焼く菓子なら、段取りは言われてから書く。

　この人は、四月に、八月の湖と舟屋を書いている。

　伯父がいつこの人に話を持ちかけたのか、ゲームには書いていなかったと思う。書いてあったとしても、私は読み飛ばしていた。だから、ここから先は私の考えでしかない。けれど、この四月の行は、言われて書いた人の字には見えなかった。

　その字は、学院の書類の保護者欄と同じ字だった。私が熱を出した夜、枕元で薬湯の分量を書きとめていた字だった。あの夜、この人は朝まで枕元にいた。

　私はしばらく、そこから動けなかった。

　動けるようになってから、帳面を懐に入れた。

　焼かない。十歳の夜に決めたとおりだ。

　いま誰かに見せることもしない。見せる相手が、この家にはいない。後見人は伯父で、帳簿も判も伯父が握っている。十三の娘が母の家計簿を持って出ても、握りつぶすのは簡単だろう。それに、帳面一冊では足りない。ゲームでも、証拠は主人公と三人の相手が一つずつ集めて、揃ったときにやっと本当のことが出た。

　渡す相手は、決まっていた。父親の名前を取り戻しに学院へ来る、小野澪。ゲームの筋なら、澪が来るのは私が十六の年だ。

　三年ある。

　三年のあいだ、一臣は伯父について本家に来る。この帳面がこの家にあるうちは、この家は続く。そう考えた自分に気づいて、懐に入れた手が少し止まった。

　止まったまま、私は決めた。三年後に、渡す。澪が来たら、すぐに。

　自分の部屋に戻って、鏡台の底の板を外した。帳面をそこへ入れた。板を戻して、白粉の瓶を上に並べた。

　文机の抽斗を開けっぱなしにしてきたことに気づいたのは、夕食のあとだった。母が風呂に入っているあいだに居間へ戻って、抽斗を閉めた。切手は一枚だけ取った。礼状は、翌朝出した。

　その夜、ノートの新しい頁に、仕入れ帳のように書いた。

　　十二月三日
　　　入庫　藍の帳面　一冊
　　　置き場　鏡台の底
　　　出庫　小野澪さんが学院に来たら、すぐ

　書いておけば、あとで言い訳ができない。祖母の店で、帳面をつけるのはそのためだった。

　余白には、何も描かなかった。

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