# 天導ルリカは生まれるのを止めた

作者：公式配布ページの作者欄を参照（この下書きでは名義表記を省略）

原稿版：1.0／テキスト版：2026-10-27 JST／未公開下書き。
本文と「この本について」を収録。挿絵・巻末資料・あとがきは含みません。

公式配布ページ：https://huggingface.co/datasets/currnya/rurika

本文やキャラデザを AI に渡して、別の展開や挿絵づくりを楽しめます。作ったものを公開するときは、公式配布ページの利用条件と二次創作の手引きをご確認ください。

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# 第九章　左手

　一歳の四月に、歩いた。

　つかまり立ちは三月からできていた。立てるのに歩けないのは、恐怖のせいだった。頭が重い。重心が高い。倒れたときに手が間に合わない。二十七歳の頭で計算すると、この身体で前へ踏み出すのは、竹馬で走るのと同じくらい無謀に思えた。

　その日、恭介が縁側にいた。

　仕事が早く上がった日で、彼は袖をまくって、木の切れ端を削っていた。私は柱につかまって立っていた。距離は、大人の三歩ぶん。

　彼が顔を上げた。

「おう」

　彼は削るのをやめて、膝を立てた。

「来るか」

　両手を、私の高さに出した。

　私は柱から手を離した。

　離した瞬間に、身体が前へ倒れかけた。倒れないように足が出た。出た足の上に体重が乗って、また倒れかけて、もう一方の足が出た。

　一歩。二歩。三歩。

　四歩目が出なかった。

　尻もちをついた。畳の上だったので痛くはなかったが、衝撃で頭が前に振れて、私は自分の膝に額をぶつけた。

「おおおお！」

　恭介が畳を叩いた。

「歩いた！　見たか、おい、誰か、いま歩いたぞ！」

　彼は私を抱き上げて、そのまま立ち上がった。天井が近づいた。

「奥様！　瑠璃花が歩きました！」

　母が廊下から出てきた。

「聞こえています」

「三歩です。三歩、こっちへ」

「そう」

　母は私を見た。

「よかったこと。あなたが仕事を休んだ日に歩いてくれて」

「はい！」

　恭介は嬉しそうに答えた。

　私は彼の腕の中から母を見た。母は少し笑って、廊下の奥へ戻った。

　彼は、いま自分が何を言われたか、たぶん分かっていない。

　その鈍さのことを、私は昔なら、情けないと思ったかもしれない。この日は思わなかった。彼が母の言い方に気づかなかったおかげで、この家の縁側は十秒間だけ、何の含みもない場所になった。

　それから、私は自分のことを考えた。

　私は嬉しかった。

　三歩歩けたことが、素直に嬉しかった。この一年、私は寝返りを打てた日に嬉しかったし、座れた日に嬉しかったし、離乳の粥を自分で飲み込めた日に嬉しかった。

　二十七歳の人間は、新しく歩けるようになったりしない。

　嬉しいのと同じだけ、もどかしかった。三歩では、どこへも行けない。本家までは馬車で四十分かかる。

　＊

　言葉は、歩行より遅かった。

　口の中の構造が、私の知っている構造と違う。舌が短い。上顎が浅い。息の量が足りない。二十七年ぶん喋ってきた私が、同じつもりで発音しようとすると、まったく違う音が出る。

　私が最初に狙ったのは、「とう」だった。

　父さん、は無理だ。四音は出ない。とう、なら二音だ。「と」は舌先を上の歯茎につけるだけ。「う」は唇を丸める。

　私は昼のあいだ、一人で練習した。

「た」

「て」

「とぅ」

　お絹が通りかかって、笑った。

「お嬢様、独り言でございますか」

　彼女は座って、私の前に茶碗を置いた。

「まんま。ま、ん、ま」

「……ま」

「そう！　まんま！」

「まー」

「上手！」

　お絹は手を叩いた。彼女は「上手」と言うとき、必ず手を叩く。

　私は「まんま」を三日で覚えた。「まんま」は便利だった。食べ物を要求できる。要求が通ると、生活が変わる。私は自分の生活を要求で動かせるようになったことに、思っていた以上に感動した。

　「とう」が出たのは、それから二週間後だった。

　夕方、玄関で音がした。私は廊下へ這っていった。歩けるのに這うのは、そのほうが速いからだ。

　恭介が上がってきた。

「とう」

　彼が止まった。

「とう」

「……いま」

「とう」

　彼はその場に荷物を落とした。落として、廊下を走ってきた。

　彼は走ってきて、私の前で膝をついて、それから、自分の顔を両手で覆った。

「とう」

「はい」

　彼は手をどけた。目が赤かった。

「はい。父さんです」

　私はもう一度、「とう」と言った。

　彼は私を抱き上げて、そのまま玄関に置いてきた荷物を取りに戻り、荷物を持ったまま台所へ行き、お絹に「いま、とうと言いました」と報告した。お絹は「まあ！」と言って手を叩いた。

　その夜、母が私に「言ってごらんなさい」と言った。

　母は私の前に座って、待っていた。

「とう、と言えるのでしょう」

　私は黙っていた。

「瑠璃」

　私は母の膝を見ていた。

　声が出せなかった、のではない。出さなかった。

　母の前で新しいことをすると、母はそれを覚える。この子は何か月で何ができたか、何を聞いていたか。母はそういうことを覚えておく人だ。

「そう」

　母はそれだけ言って、立った。

　私は、その夜、少し胸が痛んだ。母は言葉を待っていた。待っていたのは間違いない。私はそれを与えなかった。

　ひとつ、私が自分に禁じたことがある。

　私は、彼に「パパ」と言わない。

　石盤の字を、私は知っている。「パパは　かえってくる」。十歳の朝に私が見つけた、あの字を書いたのは、この身体の持ち主だ。あの呼び方は、あの子のものだ。

　私はそれを借りて、この人を喜ばせることができる。たぶん、とても喜ぶ。

　でも、それは私の言葉ではない。

　私は「とう」と呼ぶ。二音の、私が自分で作った呼び方で呼ぶ。

　＊

　五月の初めに、蘆田先生が遠方へ出ると聞いた。

　台所で、女中頭がお絹に話していた。私はお絹の背中にくくりつけられて、それを聞いた。

「来月から、帝都を離れられるのですって。一年ほどは戻られないとか」

「では、お嬢様に何かあったら」

「町のほかの先生に来ていただくしかないわね」

　お絹の背中で、私は身体を固くした。

　この年だった。

　私が一つの年に、一年、と慎は言った。いつ発ったのかまでは、言わなかった。私も訊かなかった。十五の私にとって、それはもう済んだ昔の話だった。

　一年。来月から。

　同じ月の末に、母は私を連れて本家へ行った。

　宗一郎が去年の秋に言ったとおりだった。百合子が、この子を見たいと言っている。一つになって、外へ出られるようになったら。

　母は、その約束を半年あまり「いずれ」のままにしていた。それが急に決まったのは、本家から改めて使いが来たからだった。先生がしばらくいなくなる前に、奥様がお加減のいいうちに、と。

　馬車で四十分だった。お絹がついてきた。

　本家の廊下は長かった。いくつも角を曲がった先の、庭に面した座敷に、百合子さんはいた。

　寝床の上に起きていた。色の白い、痩せた人で、髪を一つに編んで肩の前に垂らしていた。膝に薄い羽織をかけていた。

　この人に、私は前の人生で一度も会っていない。この身体が二歳の冬に、この人は亡くなっていた。私は名前しか知らなかった。

「まあ。いらしてくださったの」

　声は小さかったが、明るかった。

「藤乃さん。お久しぶりね」

「ご無沙汰しております。お加減は」

「今日はいいの。先生が、今日はいいとおっしゃったから、いいのよ」

　百合子さんは笑った。笑うと、目尻が下がった。

「瑠璃花さん、ね。宗一郎さんから伺っています。花の字を、恭介さんが足されたのですって。いいお名前」

　母は「恐れ入ります」と言った。

「抱かせていただいても、いいかしら」

　母は、少し間を置いた。

　それから、私を百合子さんの膝へ渡した。

　百合子さんの腕は細かった。細くて、ぎこちなかった。抱き方が、七夜のころの恭介と同じくらい下手だった。

「軽いのね。……いえ、重いのかしら。赤ん坊を抱いたことがないから、分からないわ」

　私は、百合子さんの顔を見上げた。

　見ようとした。

　どこが悪いのか。顔色か。目の色か。息の音か。私は、この人の身体のどこかに、病の印を探そうとした。

　分からなかった。

　色が白いのは、もともとなのかもしれない。痩せているのも、手首が細いのも、ずっとそうなのかもしれない。いつも具合の悪い人の、いつもと違う具合の悪さを、一歳の私にどうやって見分けられるだろう。医者でもない、二十七年と八年の私に。

　私が知っているのは、早く見つかれば治る、ということだけだった。どんな病なのかも知らない。

「よく人の顔を見る子ね」

　百合子さんが言った。

「はい。誰の顔でも、じっと見るんです」と母が言った。

「宗一郎さんも、子どものころ、そうだったんですって。お義母さまがおっしゃっていたわ」

　母の膝の上の手が、動かなくなった。

　百合子さんは、それ以上何も言わなかった。私の頬を指で一度だけ撫でて、「ありがとう」と言って、私を母へ返した。

　＊

　帰り際、玄関に蘆田先生がいた。

　往診を終えたところだった。大きな鞄を提げて、本家の女中頭と話していた。その後ろに、六つの慎がいた。慎は、小さな丸い眼鏡をかけるようになっていた。

「いつものお薬のことは、町の岩井先生に申し送ってございます。何かあれば、岩井先生に」

「承知いたしました。先生もお気をつけて」

　私はお絹に抱かれて、その横に来た。

　一年、と台所で聞いた。

　それでは、遅い。

　私はお絹の腕から身を乗り出した。乗り出して、先生の袖を掴んだ。

「おや」

　先生が振り向いた。

　私は掴んだ袖を、握れるだけ強く握った。一歳の指の、いちばん強い力だった。

「だめ」

　私は言った。

　言ってしまった。「まんま」と「とう」しか言わない子が。

「だめ。だめ」

「お嬢様、先生のお袖を」とお絹が言った。

　私は放さなかった。放さないまま、もう一方の手で、廊下の奥を指した。いま出てきた、長い廊下の奥。角をいくつも曲がった先の、庭に面した座敷のほうを。

「あっち」

「あっち？」

「あっち。ゆり」

　先生は、私の指した方を見た。

「ああ、百合子さまですか。百合子さまには、さきほどご挨拶しましたよ。今日はお加減がよろしい」

「だめ」

「父上」と慎が言った。「あっちに、なにかあるの？」

　慎は、廊下の奥を覗き込んだ。覗き込んで、何もないのを確かめて、先生の顔を見上げた。

　先生は笑った。

「引き止められてしまったな。この子の胸を押したのは私だから、覚えてくれているのかな」

　先生は膝をついて、私と目の高さを合わせた。穏やかな目だった。

「お嬢様。先生はね、しばらく遠くへ参ります。来年の今ごろには戻ります。戻ったら、また診て差し上げますからね」

　来年では遅い。

　来年では遅いと、私は言えなかった。一歳の口には、その言葉がなかった。あったとしても、誰もそれを一歳の子の言葉としては聞かない。

　母が来て、私の指を、一本ずつ袖から外した。

「申し訳ございません。人見知りをしない子で」

「いえいえ。光栄です」

　最後の一本が外れた。

　私は泣いた。泣こうと思ったのではなかった。身体が勝手に泣いた。泣きながら、廊下の奥を指し続けた。

「眠いのね」と母が言った。

　先生は鞄を持ち直して、慎の手を引いて、門を出ていった。慎が一度だけ振り返った。

　伝わらなかった。

　＊

　帰りの馬車で、私は母の膝の上にいた。

　母は窓の外を見ていた。一度も私を見なかった。

　宗一郎さんも、子どものころ、そうだったんですって。百合子さんのあの一言のあと、母はずっとこの顔をしていた。

　私は、自分のしたことを考えた。

　袖を掴んだ。指を差した。「だめ」と「あっち」と「ゆり」を言った。

　一歳の私に使えるものは、それで全部だった。

　どんな病なのかも言えない。早く見つかれば治る、とも言えない。来年では遅い、とも言えない。言えたとしても、一歳の子が何を知っているのかと訊かれる。訊かれても、答えられない。

　十五の冬の終わりに、縁側で慎がそれを話してくれたとき、私は、ずっと宙に浮いていたものが一か所だけ地面に着いた気がした。それだけだった。先生も、慎も、百合子さんも、遠い昔の、よその家の話だった。

　その昔の中に、いま私はいた。袖を掴んで、外された。

　先生はこのまま発つ。一年、戻らない。百合子さんは、先生のいないあいだに病が進んで、二つの冬に亡くなる。

　私はそれを、馬車に揺られながら、止められないものとして抱えていた。

　＊

　その夏、私は自分の左手のことに気づいた。

　夜だった。私は布団に寝かされていた。枕元の小さな棚に、銀の星が置いてあった。母が「これはあなたのものだから」と言って、そこに置くようになっていた。実際に髪に挿すのは、まだ何年も先だ。

　部屋は暗かった。障子越しに、廊下の灯りが弱く入っていた。

　私の左手が、上がった。

　上がって、棚のほうへ伸びた。

　私は右手で自分の左手首を掴んだ。

　掴んでから、心臓が鳴った。

　私は左手を動かそうと思っていなかった。

　この一年余り、私はこの身体の勝手な動きに散々つきあってきた。抱かれれば安心する。甘い匂いに口が開く。誰の指でも握る。それは全部、赤ん坊の身体がそうできているからだ、と説明できた。

　これは、違う。

　棚の上には、星の他に何もない。星は暗くて、光ってもいない。なぜそこへ手が伸びるのか、ただの反射だと片づけることが、私にはできなかった。

　私は左手首を掴んだまま、しばらく息をしていた。

　試した。

　右手で左手を放した。左手は、また上がった。星のほうへ。指が開いて、握るような形になって、それから力が抜けて落ちた。

　私は左手を、自分の胸の上に置いた。

　――いるの。

　声には出さなかった。出せる年齢でもなかった。

　返事はなかった。

　その数日後、廊下から足音がした。

　恭介の足音だ。彼は右足を少し引きずるように歩く。船台で昔やった怪我だと聞いた。

　その音が、まだ襖の向こうにいるうちに、私の左手が上がった。

　私は驚いて、右手で押さえた。押さえたが、左手は襖のほうを向いたままだった。

　襖が開いた。

「起きとるか」

　彼が入ってきた。

　私の左手が、彼のほうへ伸びた。

　私は――そのとき、押さえなかった。

　彼はその手を見て、笑った。

「お、なんだ」

　彼は私の左手を、自分の手で包んだ。大きな手だった。指の腹が硬い。

　私はそのまま、しばらく彼に手を握られていた。

　その夜、私は考えた。

　この手は、私の手だ。私が使っている。でも、この手には、私の都合ではない動きがある。星へ伸びる。この人の足音へ伸びる。

　あの子は、いない。

　いないはずだ。私はこの身体に一年余りいて、頭の中で誰かの声を聞いたことは一度もない。夢に別人が出てきたこともない。

　いないのに、手が伸びる。

　＊

　その少しあと、私は母の前で一度だけ、左手を押さえた。

　昼間だった。母が私を膝に乗せて、髪を梳いていた。

　窓の外を、恭介が通った。

　私の左手が上がった。

　私は右手で、それを押さえた。押さえて、母のほうを向いて、言った。

「かあ」

　母の手が止まった。

「……いま」

「かあ」

　母は櫛を置いて、私の顔を両手で挟んだ。

「もう一度」

「かあ」

　母は、笑った。

　この一年余りで、母がいちばんはっきり笑った顔だった。目のまわりに皺が寄って、口が開いて、歯が見えた。二十五歳の母の、こんな顔を、私は初めて見た。

「かあ、ね。かあさん」

「かあ」

「上手ね」

　母は私を抱きしめた。強く抱きしめた。私の耳が母の鎖骨に当たって痛かった。

　私は母の肩越しに、庭を見ていた。

　いま自分がやったことを、私はごまかさずに確かめた。

　私は、母を安心させるために、左手を押さえて「かあ」と言った。父へ伸びた手を隠して、母のほうへ言葉を渡した。母の機嫌がよければ、この家は静かで、私は話を聞きやすい。

　打算だった。

　同時に、母が笑ったのを見て、私も嬉しかった。それも本当だった。

　私はこの一つのことについて、自分に言い訳をしない。私が母と同じだとか、私が母を欺いた極悪人だとか、そういう大きな話ではない。ただ、私はこの日、そういうことをした。

　＊

　一歳の秋の終わりに、恭介が舟を作った。

　手のひらに乗るくらいの、木の舟だった。船体を彫って、帆を紙で作って、爪楊枝の帆柱を立ててある。

「見とれよ」

　彼は庭の盥に水を張った。私は縁側に座らされて、それを見ていた。お絹が後ろにいた。

　彼は舟を水に置いた。

　舟は、置いた瞬間に横倒しになって、沈んだ。

　帆の紙が水を吸って、白いものが盥の底へ沈んでいった。

　沈黙があった。

「……あー」

　彼が声を出した。

　お絹が吹き出した。

「旦那様、船をお作りになる方が」

「言うな」

　彼は盥に手を突っ込んで、舟を拾い上げた。ぐったりした紙の帆が垂れた。

「錘が要る。底に鉛を入れんといかん。分かっとったんだ。分かっとったが、鉛を削るのが面倒でな」

　彼は濡れた舟を持ったまま、私を見た。

「瑠璃花。父さんの計算が悪かった」

　私は笑った。

　声を出して笑った。この身体で、たぶん初めて、腹から笑った。笑いすぎて縁側から落ちそうになって、お絹に支えられた。

「あ、笑っとる。笑うか。父さんの失敗を笑うか」

　彼も笑っていた。

　その日、彼は縁側で鉛を削った。削って、舟の底に埋めて、もう一度浮かべた。今度は浮いた。浮いたが、帆が水を吸って重くなっているので、ゆっくり傾いた。

「明日、紙を張り替える」

「とう」

「ん」

「とう」

「はい、はい」

　夕方の風が出て、盥の水面が揺れた。傾いた舟が、ゆっくり回った。

　これは、私が役に立ったから与えられた時間ではなかった。

　前の人生で、私はこの家の「良い子」を八年やった。良い子でいると、生活が楽になり、人が優しくなる。私はその交換に慣れすぎていた。

　この午後、私は何もしていない。彼の失敗を笑っていただけだ。

　それでも、この午後は起きた。

　私は、母にはこの話をしなかった。まだ話せる口でもなかったが、話せたとしても、しなかったと思う。母に話すと、母は「まあ」と言うだろう。言ったあとで、たぶん何かもう一つ言う。

　言われたくなかった。

　＊

　一歳の秋から冬にかけて、お絹が私に言葉を教えた。

　彼女の教え方は、物を持ってきて名前を言う、というだけだった。柄杓。笊。桶。手拭。庭の石。庭の木。

「これは、なんでございましょう」

「いし」

「そう。こちらは」

「いし」

「これも石でございますね。では、こちらは」

「き」

「木でございます。上手」

　彼女は手を叩いた。

　ある日、彼女が茶碗を落として割った。

　欠片が畳に散った。彼女は「ああ」と声を出して、すぐに拾い始めた。

　私は、そこへ這って行こうとした。

「お嬢様、いけません！」

　彼女は私を片手で押し戻して、片手で欠片を集めた。

「割れたものは、触ってはいけません」

「われた」

「はい。割れました」

「おきぬ、いたい？」

　彼女は手を止めた。

「……いいえ、痛くございません」

　彼女は指を見せた。少し切れていた。

「ちょっとだけ」

「ちょっとだけ」

「はい」

　彼女は笑った。

　その夜、私は彼女の指に巻かれた布を見ていた。

　四歳の八月十五日の夕方、この人は、台所へ行くように言われて、行った。前の人生の十八の夜に、この人は「わたくしは、あの晩、台所へ参りました」と言って泣いた。

　行ったのは、この人が弱いからではない。この人には、そのとき、誰も何も頼まなかったからだ。

　今度のあの夏には、この人に、母の匙を止めてもらえないだろうか。

　私は、それをこの冬に考え始めた。

　＊

　年が明けて、一月の末に、本家の奥様が倒れた。

　本家から来た佐伯が母に告げるのを、私は隣の部屋で聞いた。

「今朝、お廊下で。すぐに岩井先生が来られたそうですが」

「……そう」

「旦那様が、おそばを離れられないと」

「そう」

　母は、それ以上何も訊かなかった。

　その夜、母は、私の寝床の横に座った。私は一歳九か月で、もう揺りかごには入らない。母の部屋の続きの間に、床を取られていた。

　私は目を閉じていた。

「百合子さまが、お倒れになったの」

　母は言った。

「宗一郎さまが、ずっとおそばにいらっしゃるのですって」

　しばらく、母は黙っていた。

「……いけないわね」

　何がいけないのか、母は言わなかった。

　私は目を閉じたまま、手を握っていた。

　この人はいま、自分の中に浮かんだものを、自分で叱っている。浮かんだことは本当で、叱っていることも本当だった。

　二歳の五月に、蘆田先生が戻った。

　お絹が台所で、女中頭から聞いてきた。

「本家の奥様を診られて、もっと早くに分かっていれば、とおっしゃったそうで。先生、お顔の色が変わっておいでだったと」

「まあ」

「発たずにいて、冬のうちに一度でも診ていれば、と」

　お絹は、私を抱いたまま、それを聞いていた。

　発たずにいて。

　私は、あの人が発つ日に、あの人の袖を掴んでいた。

　＊

　二歳の六月、母子の健康検査があった。

　蘆田先生が来て、母と私を診た。血を採るというので、私は身構えた。二歳の身体で針を刺されるのが痛いのは分かっていたが、それより、何の検査かが分かっていた。

　先生の後ろに、七つの慎がいた。

「息子です。見学させております」

「大きくなられて」と母が言った。

　慎は白い前掛けのようなものをつけて、綿と瓶の載った盆を持っていた。手が緊張していて、盆が少し傾いていた。眼鏡が、鼻の上で少しずれていた。

　先生は、一年前より痩せていた。

　私の腕から血が採られた。痛かった。私は泣いた。二歳の身体は、痛ければ泣く。それでよかった。

　慎が綿を差し出した。彼は、押さえるところを間違えて、針の跡より少し下を押さえた。先生が黙って位置を直した。慎の耳が赤くなった。

　片づけのあいだに、先生が母に言った。

「去年、発つ日に、このお嬢様に袖を引かれましてね」

「よく覚えておいでで」

「ええ」

　先生は、鞄の留め金をかけようとしていた。その手が、少し止まった。

　それから、留め金をかけた。

「では、結果は来週」

　先生はそれ以上、何も言わなかった。

　翌週、結果が来た。

　母が紙を見ていた。私は畳の上で積み木を積んでいた。積み木は五個までしか積めない。手の震えのせいだ。

　母は紙を長く見ていた。

　それから、女中頭を呼んだ。

「これは、私が預かります」

「はい」

「蘆田先生には、結構ですとお伝えして」

「はい」

　母は紙を折って、袂に入れた。

　その日の夕方、恭介が帰ってきた。

「検査、どうでした」

「異状ありません」

「そりゃよかった」

　彼はそれで納得した。手を洗いに行った。

　母は、紙を出さなかった。

　私は積み木を六個目で崩しながら、それを見ていた。

　前の人生で父が見せられた紙には、この子はAB型とあった。恭介はO型、母はA型。十八歳の夜に、父自身から聞いた。今回の紙は、母の指に隠れて読めなかった。

　いま、この家で、その紙は母の袂の中にある。

　前の人生では、四歳の九月に、その検査結果が父へ突きつけられた。今度もそうなるとは限らない。そうさせないために、私はここにいる。

　＊

　二歳の夏に、二つのことがあった。

　一つは、庭でのことだった。

　夕方、恭介が縁側に座っていた。私はその横で、石を並べていた。石を大きさの順に並べるのが、そのころの私の遊びだった。二歳の指では、これがけっこう難しい。

「瑠璃花」

「とう」

「あのな」

　彼は庭を見ていた。

「お前が生まれる前な、父さんは、月を数えたんだ」

　私は石を置いた。

「奥様が、身重だと分かった月から数えて、いつ生まれるかを数えた。数えて、数えて、それでな」

　彼は言葉を切った。

「途中でやめた」

　蝉が鳴いていた。

「数えるのをやめた。それだけだ」

　彼は何も言わなかった。

　二歳の私には、その意味が分かった。

　彼は数えた。数えて、合わなかった。合わないことに気づいて、それ以上数えるのをやめた。

　この人は、知りたくなかったのだ。知らなければ、この子は自分の子だ。知ってしまえば、この子は自分の子でなくなるかもしれない。だから、途中でやめた。

　数えかけてやめるのは、私にも覚えのあることだった。

　私は石を置いて、彼のほうへ這って行った。這って、彼の胸に額を寄せた。

　彼は、しばらく動かなかった。それから、私の背中に手を置いた。

「すまんな」

　彼は誰に謝ったのか、言わなかった。

　＊

　もう一つは、その数日後だった。

　母が私を膝に乗せて、髪を撫でながら、いつもの話をしていた。

　私が眠たげにしていると、母はこの話をした。生まれた夜から、何十回も。揺りかごが寝床に変わっても、母は同じ話をした。

「瑠璃。あなたはね、本家の子です。あなたのお父様は、宗一郎さま。瑠璃というのは、本家の船の名前で――」

　母の指が、私の髪の分け目を行ったり来たりしていた。

「百合子さまは、冬を越せないかもしれないのですって。蘆田先生が、そうおっしゃったそうよ」

　母の指が止まって、また動いた。

「そうしたら、宗一郎さまは……」

　その先を、母は言わなかった。

　その日、私は疲れていた。昼寝を逃していた。母の膝は温かくて、髪を撫でる指の周期は、恭介の揺れと同じくらい眠気を呼んだ。

　口が、勝手に動いた。

「るり、ほんけ」

　母の手が止まった。

　止まって、二秒くらい何も起きなかった。

　私は自分が何を言ったか気づいて、身体を固くした。

　母は、私を膝から下ろした。

　下ろして、正面に座らせて、私の顔を見た。

「いま、なんて言ったの」

「……」

「瑠璃」

「まんま」

　私はそう言った。

　母は動かなかった。

「まんま」

　母は、しばらく私を見ていた。

　それから、立ち上がって、部屋を出た。

　私は畳の上に一人で座っていた。

　――やばっ。

　あと二年しかないのに。

　二年と、ひと月と少し。四歳の八月十五日まで。そのあいだに、私はやらなければならないことが山ほどある。そのいちばん最初の道具を、いま、自分の口で壊した。

　母は今日から、私が眠っていても喋らなくなる。母にとって、この部屋はもう安全な部屋ではない。

　それから、私は母の顔を思い出した。

　膝から下ろして、正面から私を見た顔。あれは怒っている顔ではなかった。

　怖がっている顔だった。

　母が怖いのは、「ほんけ」ではない。

　分家の娘が大人の真似をして「本家」と言っても、客は笑うだけだ。母が怖いのは、その次の言葉だ。

　あなたのお父様は、宗一郎さま。

　母はその言葉を、生まれた夜から二年、この子の耳のそばで言い続けてきた。眠っていると思って。何も分からないと思って。この子が「ほんけ」を覚えていたのなら、それも覚えているかもしれない。

　この子がいつか、恭介の前でそれを言ったら。客の前で言ったら。伯父の前で言ったら。本家の、死にかけている奥様の枕元で言ったら。

　母の夢は、そこで終わる。宗一郎が母を選ぶ日は来なくなる。母は分家の不義の女になり、この子は分家の不義の子になる。

　母はまだ、何も企んでいない。湖も舟屋も、母の頭の中にはない。

　隠したいのは、娘の父親が誰かということだけだった。

　それだけのために、母はこれから何かをする。

　その夜、母の部屋の灯りは遅くまで消えなかった。

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