# 天導ルリカは生まれるのを止めた

作者：公式配布ページの作者欄を参照（この下書きでは名義表記を省略）

原稿版：1.0／テキスト版：2026-10-27 JST／未公開下書き。
本文と「この本について」を収録。挿絵・巻末資料・あとがきは含みません。

公式配布ページ：https://huggingface.co/datasets/currnya/rurika

本文やキャラデザを AI に渡して、別の展開や挿絵づくりを楽しめます。作ったものを公開するときは、公式配布ページの利用条件と二次創作の手引きをご確認ください。

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# 第十一章　期限

　その日は、十一月の半ばに来た。

　昼過ぎに、母は湯屋へ出かけた。門の閉まる音を、私は自分の部屋で聞いた。

　廊下には、たみがいた。

　私が部屋を出ると、たみは立ち上がらなかった。膝の上の洗濯物を畳みながら、庭のほうを向いていた。遠くのものが、よく見えない人の向き方だった。私はその背中の横を通った。たみの手は、一度も止まらなかった。

　二月に、たみは「遠くのものが、よく見えません」と言った。見ないことにする、という申し出だった。私はそれを九か月しまっておいて、この日に使った。

　母の居間に、文箱がある。黒漆の、蓋に蒔絵のある箱だ。母はそこに大事なものを入れている。

　私は廊下を這っていった。三歳の私は歩けるが、廊下を歩くと足音が響く。這うほうが静かだ。

　母の居間に入った。文箱は違い棚の下の、引出しの中にある。

　引出しは重かった。

　三歳の腕では、開かなかった。

　私は両手で取っ手を掴んで、身体ごと後ろへ引いた。二センチ動いた。もう一度引いた。また二センチ。四回目で、手が滑って、私は尻もちをついた。

　息が上がっていた。汗が出ていた。

　五回目で、手が入るくらい開いた。

　文箱を引き出した。重い。畳に置いた。

　蓋を開けた。

　中に、紙が何通か入っていた。私は一番上を取った。

　この世界の崩し字は、前の人生の八年で少しずつ読めるようになった。読み方は覚えている。けれど、薄暗い棚の下で小さな紙を繰る指がもどかしく、廊下の音がするたびに字の続きを見失った。

　二通目に、それがあった。

　――藤乃へ。

　――私たちの子に、名を考えた。

　――男の子なら勝手にせよ、女の子なら瑠璃としたい。瑠璃丸の瑠璃だ。

　私は、その紙を掴んだ。

　十八歳の誕生日の朝に読んだのは、写しだった。いま、私は原本を持っている。

　続きには、銀の星を注文したことも書いてあった。瑠璃、とこの名が選ばれたときの紙だ。

　私はその一通を胸に抱えて、文箱を戻し、引出しを閉めようとした。

　閉まらなかった。

　開けるより、閉めるほうが重かった。私は畳に足を突っ張って、両手で押した。半分閉まったところで、腕が震えて力が抜けた。

　時間がなかった。

　私はそのまま部屋を出た。引出しは、五センチほど開いたままになった。

　自分の部屋に戻って、私は紙を布団の下に隠した。

　手が震えていた。

　＊

　夕方、恭介が帰ってきた。

「今日は何だ」

　彼は玄関で靴を脱ぎながら言った。

　縁側の二つの棚には、半年ぶんの石と花とボタンが並んでいた。父は今日も、そのどれかだと思っていた。

　私は両手で紙を持っていた。

「あげる」

「お、なんだ、紙か。……絵か？」

「ちがう」

　彼は受け取った。

　受け取って、玄関の上がり口に立ったまま、それを広げた。

　彼の顔から、表情が消えた。

　私は、その顔を見ていた。

　彼は手紙を最後まで読んだ。それから、最初へ戻って、二度読み返した。「私たちの子」の一行で、紙を持つ指が止まった。

　そのあいだ、私はずっとそこに立っていた。

　彼は紙を下ろした。

「瑠璃花」

「うん」

「これは、どこから持ってきた」

「……はこ」

「箱」

「かあさまの、へや」

　彼はしゃがんだ。しゃがんで、私と目の高さを合わせた。

　叱られると思った。

　彼は、叱らなかった。

　彼は、私の脇の下に手を入れて、抱き上げた。抱き上げて、上がり口に座って、自分の膝の上に私を置いた。

　それから、紙をもう一度、膝の横で開いた。

「……瑠璃、か」

　彼は言った。

「女の子なら瑠璃、と書いてある」

　私は彼の膝の上で、じっとしていた。

「わしは、あの晩」

　彼の声が、掠れた。

「あの晩、この手紙のとおりに名前がついた。わしはそれに、花を足したいと言うた」

「うん」

「わしは、この子はわしの子だと思うとった」

　彼の腕が、私の腹のあたりで少し締まった。

「思うとった、というのは、嘘だな」

　彼は言い直した。

「分からんかった。分からんかったが、わしの子だと思うことにしとった。それで、名前をつけたいと言うた」

　私は何も言えなかった。

　三歳の口では言えない、ということではない。三十年を超える口があっても、この人に言うことは何もなかった。

　彼はしばらく黙っていた。

　それから、立ち上がった。

「これは、返しに行く」

「え」

「元の場所へ返す。奥様の物だ。お前が取ってきた物は、返さんといかん」

　彼は私を下ろした。

「一緒に来い」

　彼は母の居間へ行って、引出しを開けて、文箱を出して、手紙を戻した。戻して、引出しをきちんと閉めた。閉めると、隙間がなくなった。

　これで、母が湯屋から戻っても、引出しには何の跡も残らない。父がそこまで考えて閉めたのかどうかは、分からなかった。

　それから、彼は私の手を引いて、自分の部屋へ戻った。

　座って、私を膝に乗せた。

　彼は、泣いていた。

　声を出さずに、目のところだけが濡れていた。彼は袖でそれを拭いた。拭いても、また濡れた。

　私は、何もできなかった。

　この人の役に立つことを、私は何ひとつ言えなかった。ちがう、あなたの子だよ、とは言えない。この人はもう読んでしまった。あなたは悪くない、とも言えない。それは慰めにもならない。

　私は、彼の膝の上にいた。それだけだった。

　しばらくして、彼が言った。

「瑠璃花」

「うん」

「お前は、お前だ」

　私は顔を上げた。

「誰の子だとか、そういうのは、わしにはよう分からん。分からんが、お前は、わしがとうと呼ばれとる相手だ」

　彼は鼻をすすった。

「それだけは、間違いない」

　私は、彼の胸に額を押しつけた。

　この人は、いま、母と宗一郎のあいだに子があるかもしれないという手紙を読んだ。見ないようにしていた疑いを、もう避けられなくなった。知って、そのうえで、さっきと同じ名前で私を呼んだ。

　七夜に「瑠璃花」と呼んだときと、今夜「瑠璃花」と呼ぶときで、この人の声は変わっていなかった。

　私はそれを、強く受け取った。

　たぶん、必要以上に強く受け取った。この人が呼んでいるのはこの身体の子で、私はその声を横から聞いているだけだ。それは分かっている。

　分かっていて、私はその夜、彼の膝の上で眠るまで、一言も喋らなかった。

　＊

　十一月の終わりに、本家へ連れて行かれた。

　母と、女中が一人ついた。馬車で四十分ほどの距離だった。門をくぐって、玄関で草履を脱いで、廊下を歩いた。

　途中の仏間の前で、母が少し足を緩めた。襖の奥に、新しい位牌と、女の人の写真があった。色の白い、痩せた人が、少し笑って写っていた。笑うと目尻が下がる人だった。

　百合子さんだ。

　去年の冬に亡くなった。一歳の私が蘆田先生の袖をつかんで離さなかったのは、この人のためだった。先生は発って、戻ったときには手遅れだった。

　母は写真に向かって、ほんの少し頭を下げた。それから、また歩き出した。

　廊下の突き当たりに、あの部屋があった。

　襖が開いていた。この人生で、あの襖が開いているのを見るのは初めてだった。

　壁いっぱいに星図が貼ってある。北の空と、南の空と、海図。赤い糸で航路が引いてあって、折れ目に印がある。

　その下に、真鍮の時計が並んでいる。

　私は、母の手を離した。

　離して、部屋の中へ歩いていった。

「瑠璃」

　母が呼んだ。私は止まらなかった。

　壁の前に立って、上を見上げた。

　三歳の身長からだと、時計の列は頭のずっと上にある。十八歳の目で見たときとは、まったく違う光景だった。

　音は、同じだった。

　いくつもの秒針がわずかにずれて刻む音。屋根を叩く雨のような音。

「おや」

　声がした。

「気に入ったか」

　宗一郎が入ってきた。三十一歳。痩せて背が高く、こめかみの髪に、もう白いものが混じっていた。

　私はこの人を、生まれてから数えるほどしか見ていない。生きて動いているところを見るのは、いつも少し慣れない。前の人生の私にとって、この人は仏間の写真だった。

　彼は私の横に来て、しゃがんだ。

「これはな、船に載せる時計だ。海の上では、時計が狂うと場所が分からなくなる。だから、船屋は時計を集める」

「いくつ」

「四十三」

　私は思わず彼を見た。

「数えたことがある」と彼は言った。「若いころ、暇な冬に数えた」

　彼は立って、壁のいちばん端の時計を指した。

「動いているのは、そのうち十九だけだ」

　私は口を開けた。

　同じだ。十五年後も、動いているのは十九だ。

「なぜ、ぜんぶ動かさないの」

「直せる者がいない。ぜんまいを巻ける者はいるが、狂ったのを直せる者はもういない。祖父の代に一人いたそうだ」

「なおさないの」

「直したいと思っている。思っているうちに、十年経った」

　彼はそう言って、笑った。

　この人は、決めない人だ。

　私はそれを、母から聞いた。前の人生の十二歳の夏に、珈琲を飲みながら。百合子さまが亡くなっても、あの人は私を選ばなかった、と母は言った。

　実物のこの人は、確かに決めない。時計を直すのを十年先延ばしにしている。病身の奥様を、子ができなくても離縁しなかった。奥様が亡くなってからは、静子さんとの話を、親族会に急かされながら先延ばしにしている。

　来月、それが決まる。この人が自分で決めるのではない。家が決めて、この人が頷く。そして、母に求められて、決めなくても効く紙を書く。

　彼は私を抱き上げて、いちばん高い時計を見せてくれた。

「これは、瑠璃丸に載っていたやつだ」

「るりまる」

「そうだ。お前の名前の船だ」

　そのとき、玄関のほうで声がした。

「旦那様、静子様がお見えです」

　宗一郎の腕が、少し固くなった。

　彼は私を下ろした。

「藤乃」

　母が廊下から入ってきた。

「静子さんが来た。この子を、頼む」

　母は私の手を取った。

　その手つきに、何も乱暴なところはなかった。母はいつも通りだった。ただ、母の指が、私の手首を掴む位置が、いつもより上だった。

　久我静子という人が玄関から入ってきた。二十歳だった。若い。背が高くて、髪をきっちり結っていて、風呂敷包みを自分で持っていた。

「宗一郎さん。お約束のもの、お持ちしました」

「ああ、すまん」

「ずいぶんお待たせしてしまって」

「いや、待たせているのはこちらだ」

　二人はそう言い合って、笑った。

　その笑い方に、含みはなかった。この人は、この人でこの縁談を待っている。待っているが、待っているだけの人ではない。彼女は自分で包みを持って、自分で来た。

　私は、この人の顔を見ていた。

　この人が、あと十一か月で、この家に入る。入れば、来月書かれる紙は、母の望む意味を失う。宗一郎が死んでも、嫡出の子が先に立つ家になる。

　十一か月。

　湖は、その前にある。

　私は、母に手を取られたまま、廊下の奥へ身を乗り出した。

「しずこさん」

　静子が私を見下ろした。

「あら。こんにちは」

「およめさん？」

　廊下が、静かになった。

　宗一郎が、咳をした。静子は少し目を大きくして、それから、口元を押さえて笑った。

「まあ。どなたに聞いたのかしら」

「はやく、きて」

　私は言った。

「はやく、およめさんに、きて」

「気の早いお嬢さんだこと」

　静子は屈んで、私の頭に手を置いた。手が大きかった。

「まだ何も決まっておりませんのよ。それに、決まっても、すぐにというわけにはまいりません。百合子さまのこともございますし」

　静子は宗一郎を見た。宗一郎は、困った顔で笑っていた。

　大人の婚礼の日取りは、三歳の子の「はやく」では動かない。

　分かっていた。分かっていて、言った。婚礼が夏より前に来れば、あの紙は何の役にも立たなくなる。母には、宗一郎を死なせる理由がなくなる。私の手の届くところで、湖をなくせる道は、それしか見えなかった。

　そして、それを言った私の手首を、母が掴んでいた。

　私は振り返った。

　母は、笑っていなかった。怒ってもいなかった。何も言わずに、静子の手が私の頭から離れるのを見ていた。

　母は、揺りかごの横で、この人がいつか自分を選んでくれる日の話をしていた人だ。百合子さんが亡くなって、やっと、と思った人だ。その人の前で、私はいま、別の女の人に「はやく、およめさんに、きて」と言った。

　言ってから、それが母の耳にどう入ったかを考えた。遅かった。

　私は、もう一つだけ言った。静子さんと、その後ろの宗一郎に向かって。

「みずうみ、こないで」

　静子が「まあ」と言った。

「みんな、みずうみ、こないで」

「湖が怖いのね」

「かわいそうに、水を怖がるんです」と母が言った。

　母は私の手を引いた。強く引いた。

　馬車の中で、母は何も言わなかった。

　私は、窓の外を流れる塀を見ていた。

　母は、まだ何も決めていない。

　前の人生の十八の夜に知ったとおりなら、母が蘆田医院で薬を受け取り始めるのは、四歳の四月だ。いまの母には、まだ計画がない。この人は、宗一郎が自分を選ばなかったことを、これから一か月かけて、はっきり知らされる人だ。

　その人の耳に、私はいま、湖と言った。およめさん、と言った。

　どちらも、母にとっては、三歳の子の気味の悪い言葉のひとつだったかもしれない。そうではなかったかもしれない。母は、何も言わなかった。

　私に分かるのは、母が一度も私の手首を離さなかったということだけだった。

　＊

　十二月に、宗一郎と静子の婚約が決まった。

　式は翌年の十月と決まった。

　その話を、私は食卓で聞いた。本家から来た佐伯が母に日取りを伝えているのを、横で粥を食べながら聞いた。

　十月。

　私は匙を止めた。

　知っていた。

　知っていたことが、そのとおりに来た。婚約は、三村の封書の中で見た紙の日付と同じ十二月。式は、十二の夏に母から聞いたとおりの十月だった。答え合わせは、合っていた。

　合っていて、少しも嬉しくなかった。

　宗一郎が結婚すれば、正妻が来る。正妻に子ができれば、この子の順位は下がる。死んだときに効く紙は、宗一郎に妻も嫡出の子もいないうちに宗一郎が死んだときだけ、この子を本家のただ一人の子にする。静子さんが来たあとでは、そうはいかない。

　式は十月。その前の夏に、湖がある。

　前の人生で、私はこの計算を、十八の誕生日の朝に、三村の封書を読みながらした。今度は、三歳の暮れに、粥を食べながらしている。

　同じ答えが出た。

　＊

　翌朝、母が玄関で、佐伯に封書を渡していた。佐伯は昨夜、日取りを伝えたあと、そのまま泊まっていた。

　父はもう造船所へ出たあとだった。私はお絹に手を引かれて、父を見送りに出たまま、上がり口に立っていた。

「本家へ。宗一郎さまに、直接お渡しして」

「かしこまりました」

　佐伯は封書を両手で受け取った。

　表書きが見えた。

　宗一郎様。

　その字を、私は知っていた。少し右へ流れる払いまで、知っていた。十八の誕生日に、三村の封書の中で、同じ字を見た。

　中身も知っている。

　――せめて、亡くなったときに効く紙を、この子にください。

　――私はもう待ちません。

　私は、上がり口から飛び降りた。

「お嬢様！」

　お絹の手が離れた。私は佐伯の袖を掴んだ。

「だめ」

「お嬢様？」

「それ、だめ」

　私は封書に手を伸ばした。三歳の手は、佐伯の胸の高さまで届かなかった。袖を引いて、引いて、佐伯の腕が下がったところで、指の先が封書の角に触れた。

　封書の角が、少し折れた。

「瑠璃」

　母の手が、私の手の上に重なった。

　冷たい手だった。力は入っていなかった。それでも、三歳の指は、その手の下で動かなくなった。

「放しなさい」

「だめ」

「放しなさい」

　母は、私の指を一本ずつ、封書から外した。

　佐伯は困った顔をしていた。彼は封書の折れた角を膝の上で伸ばして、懐に入れた。

「行ってまいります」

「お願いね」

　佐伯は出て行った。

　門の閉まる音がした。

　私は、上がり口の下の土間に立っていた。足袋のまま土間に降りていた。足の裏が冷たかった。

　母は、私を見下ろしていた。

　長く見ていた。

　それから、お絹に「足を拭いてやって」と言って、奥へ入った。

　＊

　あの手紙を止めても、何も変わらなかったのだと思う。

　その日の午後、私は縁側で、そのことを考えた。

　封書を破っても、母はもう一通書く。同じ字で、同じ文で。あの手紙は、紙ではなかった。母がもう決めたことだった。私が止めようとしたのは、紙のほうだけだった。

　では、母が決めるのを止められたか。

　止めたければ、宗一郎に母を選ばせるか、母に選ばれないことを受け入れさせるしかない。どちらも、三歳の子が決めていいことではなかった。三十年分の私が決めていいことでもない。

　婚約を止めることもできない。止めるべきでもない。静子さんは、自分で包みを持って、自分で来る人だ。宗一郎は、家のために、やっと一つ決めた。

　だから、私にできたのは、婚約が決まる前に、父にあの手紙を読ませることだけだった。

　一歳のときと、同じだった。袖をつかんでも、人は発つ。手紙は届く。

　――やっぱ無理じゃん、三歳で。

　口に出さずに、そう思った。思ってから、自分の声の軽さに少し救われて、それから、救われたことが嫌になった。

　＊

　十二月の終わりに、佐伯が三村の事務所の封筒を届けに来た。

　母は茶の間の戸口で受け取り、封を切った。私はお絹に抱かれて、隣の部屋から出てきたところだった。

「花の字まで、そのまま」

　母は紙を見たまま、小さく言った。

　私は息を止めた。母が顔を上げた。すぐに紙を折り、封筒に戻した。

　母は何も言わず、自分の居間へ行った。

　昼寝の布団に入っても、私は目を閉じられなかった。

　十八歳の誕生日に、三村の封書の中で読んだ紙には、こう書いてあった。

　――余、天導宗一郎、天導瑠璃を余の実子として認知す。

　瑠璃、だった。

　届いたのがあの紙の写しなら、いまは、瑠璃花になっている。

　止められなかった紙の中で、その一字が変わったらしい。父が七夜に足した一字だ。

　私は、それを、しばらく考えていた。

　この世界は、私のために作り直されてはいない。婚約は同じ月に来た。あの紙も、また十二月に書かれたのだろう。母の手紙は、たぶん同じ文だった。目につく違いは、父が一字足したことと、その日から後に人が書く紙に、その字が入ることだけだ。

　その地味さが、今日は、ありがたくなかった。

　その夜、母が私の部屋の戸口に来た。

　襖を開けて、そこに立っていた。

　私は布団に座っていた。目が合った。

　母は、何も言わなかった。

　一分か、二分か、母はそこに立っていた。

　それから、襖を閉めて、行った。

　私は布団に潜って、目を閉じた。

　あの戸口の母は、何を確かめに来たのだろう。私がまだ起きているかどうかか。封書の角を折った子の顔に、何かが残っていないかどうかか。

　私は、自分の顔が何も残していないことを祈った。祈って、それから、祈る相手がいないことを思い出した。三行は、呼んでも出ない。帰り道も、相談相手もない。

　三歳の身体で、見張りのついた部屋で、あと八か月。私はそれを、ここで過ごすしかなかった。

　＊

　年の暮れに、恭介が木の船を持ってきた。

　二年ほど前に盥で沈んだ舟とは、まるで違うものだった。

　長さは腕の半分くらい。船体が滑らかに削ってあって、船首が少し反っている。帆柱は三本。帆は薄い布で、糸で縫ってある。船体の横に、細い刀で字が彫ってあった。

「るりまる」

　私は読んだ。人前でも、平仮名なら少しずつ読んでみせるようにしていた。

「読めるのか」

「よめる」

「そうか」

　彼は嬉しそうだった。

「本物の瑠璃丸を、わしは見たことがある。若いころ、残してあった船体の修理に入った。船底の板を三枚替えた」

「うかぶ？」

「浮かぶ。底に鉛を入れた。今度は計算した」

　私たちは台所から盥を借りて、水を張って、浮かべた。

　浮かんだ。

　傾かなかった。

「おお」

「うかんだ」

「浮かんだな」

　彼は腕を組んで、しばらく見ていた。

　私は水に指を入れて、船を押した。船は盥の縁まで行って、跳ね返って戻ってきた。

「とう」

「ん」

「これ、もらっていい」

「お前のだ。名前が彫ってあるだろう」

「るりまる」

「そうだ」

　私は船を持ち上げて、水を切って、抱えた。冷たかった。

　その夜、私は布団の中で、木の船を横に置いて考えていた。

　この人は、手紙を読んだ。この子が自分の血の子ではないかもしれないと知った。知って、それでも、船に「るりまる」と彫った。宗一郎の船の名前を、自分の手で彫った。

　私は、決めた。

　血がどうであれ、この人は父だ。

　これを、私は事件の前に決めておきたかった。

　もし、来年の夏に何かが起きて、そのあとでこの人が何かをしてくれたとしても、私はきっとそれを恩として受け取ってしまう。恩の交換で家族になるのは、私の悪い癖だ。前の人生の十歳のとき、フミの湯呑の破片を拾って、あと何回か手伝えば父の居場所を教えてもらえるだろうかと考えた、あの癖だ。

　だから、何も起きていない年末の夜に、決める。

　布団の中で、私の左手が動いた。

　彼が部屋を出て、廊下を歩いていく音がした。その音のほうへ、左手が伸びた。

　私は、押さえなかった。

　伸ばしたままにした。手は、しばらく空中にあって、それから、力が抜けて落ちた。

　枕元の棚には、銀の星がある。裏に「瑠璃へ」と彫ってある。

　船の名前は瑠璃丸。刻印は瑠璃。呼ばれる名は瑠璃花。

　三つとも、いま、この部屋にある。

　＊

　冬のあいだ、私は父と数を数える遊びをした。

　彼が仕事場から持ち帰った木の端切れを、床に並べる。十個ずつ束にして、十の束を十作る。百になる。

「百だ」

「ひゃく」

「船の板は、これの何倍要ると思う」

「しらない」

「わしも数えたことがない」

　彼は本当に数えたことがないらしかった。二人で数え始めて、三十で飽きた。

　そういう夜が、その冬に何回かあった。

　母は、その部屋に入ってこなかった。廊下を通ることはあった。通るとき、足音が少し遅くなるのが分かった。

　＊

　正月に、本家で人が集まった。

　静子が来ていた。彼女は台所を手伝って、母と並んで働いていた。母は静子に丁寧だった。とても丁寧だった。

　昼過ぎに、座敷で誰かが言った。

「夏は、湖へ行かれるので」

「ええ」と静子が答えた。「今年は私も伺うつもりです」

　私は、母の顔を見た。

　母は、湯呑を持っていた。

　母の指が、湯呑の縁で止まった。ほんの一瞬だった。それから、母は湯呑を口へ運んだ。

　私はそれを見た。

　ただの嫉妬だったのかもしれない。十一月に、三歳の娘が言った「みずうみ」を思い出したのかもしれない。

　私に見えたのは、母の指が一瞬止まったということだけだった。

　その晩、家に帰ってから、私は恭介に言った。

「とう」

「ん」

「なつ、みずうみ、いや」

　彼は、私を見た。

　前とは、少し違う目だった。十一月に手紙を読んだ人の目だった。

「まだ言うか」

「いや」

「怖いか」

「こわい」

　彼は座って、私を膝に乗せた。

「何が怖い」

「みずうみで、だれか、しぬ」

　彼は黙った。

　長く黙った。

「誰か、というのは」

「わかんない」

「誰かが、そう言うたのか」

「ちがう」

　彼は、私の頭に手を置いた。

「分かった」

　彼はそう言った。

「分かった。覚えとく」

　覚えとく、と彼は言った。

　それだけだ。彼は次の日に何かを調べたりしなかった。母に問い質したりもしなかった。三歳の子が湖を怖がっている、という話を、彼は自分の中に置いただけだった。

　それでも、前とは違った。去年の春、彼は「大丈夫だ」と言った。今度は「覚えとく」と言った。

　私は、その違いを大事だと思った。大事だと言えるほどの違いではないのかもしれない。それでも、何も変わらなかったわけではなかった。

　＊

　三月の終わり、母が来た。

　夜だった。見張りのたみは廊下にいた。母は入ってきて、襖を閉めた。

　母は、私の布団の横に座った。

　灯りは小さかった。

「瑠璃」

「かあさま」

「起きていたのね」

「うん」

　母は、しばらく黙っていた。

　それから、こう言った。

「あなたは、誰」

　私は、母の顔を見た。

　母の顔には、怒りはなかった。責めてもいなかった。母は、本当に訊いていた。

「あなたは、私が抱いた子です」

　母は言った。

「三分、息をしなかった。産婆が諦めかけた。私は、この子は死ぬのだと思いました。そのとき、あなたが泣いた」

　母の手が、布団の上に置かれた。

「戻ってきた、と私は言いました」

　私は動かなかった。

「私は、あなたに乳をやりました。夜中に何度も起きました。歩いたのも見ました。かあ、と呼ばれました」

「うん」

「あなたは、私が眠っていると思って話したことを、覚えていました」

　母の声は、震えていなかった。

「二つのとき、あなたは、るり、ほんけ、と言いました。私は、あの言葉を、あなたの前で何十回も言いました。眠っている子の前で。あなたは、それを覚えていた」

「……」

「三つの子が、湖で人が死ぬと言いました。静子さんに、早くお嫁に来てと言いました」

　母は私を見ていた。

「私が宗一郎さまに手紙を書いた朝、あなたは佐伯の袖を掴んで、だめ、と言いました。あの手紙に何が書いてあるか、私は誰にも話していません」

　母の手が、布団の上で、少しだけ握られた。

「あなたは、誰」

　私は、答えなかった。

　答えられなかった、のではない。答えなかった。

　母がいま怖がっているのは、幽霊ではない。前の子と比べているのでもない。母は、自分が四年近く抱いて育てた子が、自分の言葉を全部覚えていて、まだ起きていないことを口にし、誰にも見せていない手紙の中身を知っているかのように振る舞う、という事実だけを見ている。

　母は、その子に、直接訊いている。

　この問いに答えれば、私はこの家で何かを失う。何を失うかも分からない。

　私は、母の手を見ていた。布団の上に置かれた手。三年と十一か月、私を抱いた手。前の人生で、薬を六回買った手。

　来月、この手は、蘆田医院で最初の薬を受け取る。

「かあさま」

「はい」

「ねむい」

　母は、私を見ていた。

　それから、立ち上がった。

「そう」

　母は襖を開けて、出て行った。

　問いは、そのまま部屋に残った。

　＊

　その夜、私は眠らなかった。

　布団の中で、三つのことを並べた。

　一つ。この身体の左手。私の意思と関係なく、星へ伸びる。父の足音へ伸びる。

　二つ。前の人生の石盤。「パパは　かえってくる」。板の左側が擦れて曇っていた。あの子は左利きだった。私は右利きだ。

　三つ。私がこの身体に入った日。三分の無呼吸。

　この三つを、私はずっと別々に置いていた。

　並べると、一つの形になった。

　前の人生の十歳の朝、この身体の子は「……なければ、よかった」と言った。生まれてこなければよかった、と言ったのだと思う。母の話を聞いたあとで。

　その子の願いは、たぶん、どこかへ届いた。

　もし、あの子の拒んだ気持ちが、巻き戻すことでは消えなかったのなら。私が「はじめから」を選んで身体が生まれ直しても、生きる本人は来なかったのかもしれない。

　あの三分は、その空白だったのかもしれない。

　空いていた。

　空いていたところへ、私が入った。

　――違うかもしれない。

　私はすぐにそう思った。

　これは私の推理だ。誰かが教えてくれたのではない。星の間で見たあの三行は、そんなことを一言も表示していなかった。

　あの画面は、あの子のことを何も教えなかった。私の帰り道のことさえ、教えなかった。

　私は目を閉じて、あの三行を思い浮かべようとした。

　出なかった。前の人生の十歳の最初の夜と同じだった。あれは、私が呼んで出るものではない。

　――あの子は、どこ。

　誰にも訊けなかった。答える画面も、ここにはなかった。

　私は目を開けた。

　枕元の棚に、銀の星がある。

　私は左手を伸ばした。今度は、私が伸ばした。指先が棚に触れて、星の角に当たった。

　「いるなら」と、私は声に出さずに言った。

　「いるなら、この四年、ごめん」

　返事はなかった。

　この身体で言葉を選んで喋るのは、私だけだ。それでも、星へ伸びる左手や、父の足音に先に動く身体は残っている。本人が席を外していても、好きだったものの跡まで消えたわけではないのかもしれない。

　布団の中で、私は自分の左手を見ていた。

　この身体の子が生きていたら、この子は、たぶん、この四年を私と同じようには過ごさなかった。もっと素直に泣いて、もっと素直に笑って、母の言葉を覚えなかったかもしれない。静子さんに「およめさん」とは言わなかったし、佐伯の袖も掴まなかった。

　でも、この四年に起きたことのいくつかは、この子のものだ。

　七夜に「花」を足してもらったのは、この子だ。赤い靴を買ってもらったのは、この子だ。木の船に「るりまる」と彫ってもらったのも、この子だ。

　私は、それを横で聞いて、救われた。

　名前を呼ばれるたびに、私は嬉しかった。三歳の誕生日に「もういっかい」と言った。あれは、この子の名前だ。

　それでも、私は、あの嬉しさを嘘だったことにするつもりはない。

　私は本当に嬉しかった。それは起きたことだ。

　問題は、その先だ。

　私はいま、四歳になろうとしている。夏に事件がある。事件を止めたら、そのあと、私はどうするのか。

　私は、まだ答えを持っていなかった。

　持たないまま、朝が来た。

　四月二十日に、私は四歳になった。

　＊

　四歳になって最初に考えたのは、母に伯父のことを言うかどうかだった。

　母は、兄に裏切られる。

　前の人生の十七の秋に、一臣さんが自分の父の机から持ってきた下書きがあった。天導貞光の字で、親族会の三人に宛てた文面。「万一の事あらば後見の儀、当方にて」。日付は、事件の年の七月だった。

　宗一郎が死ねば、この子の後見人になるのは母ではない。伯父だ。伯父は、妹の計画を実行する手を貸しながら、そのあとの座を、妹の知らないところで自分のものにしていた。母が計画の見返りとして思い描いたものは、たぶん手に入らない。

　それを、いま、母に言えば。

　私は、四月から五月にかけて、そのことを何度も考えた。

　言えば、母は計画をやめるかもしれない。兄と組む理由がなくなる。この子を本家に据えたところで、後見《うしろみ》が兄なら、母の手には何も残らない。

　私は、この筋道を何度も頭の中でなぞった。

　なぞって、三つのことに気づいた。

　一つ目。母は、たぶん、それでもやめない。

　母が求めたのは、後見の座ではなかった。十二月の手紙に、母は「私はもう待ちません」と書いた。宗一郎が決めなかったことを、自分の手で決める。それが母の欲しいものなら、兄に裏切られると知っても、母は組む相手を替えるか、兄を出し抜く手を足すだけだ。計画そのものは、なくならない。

　二つ目。もし母が計画を変えたら、私は何も知らなくなる。

　私が持っている知識は、八月十五日の湖という一点だけだ。偽電報、投薬、舟屋、桟橋。母が別の方法に変えたら、その全部が使えなくなる。次に何が起きるか、私には分からなくなる。

　そして、四歳の子が「おじさまは、かあさまを、うしろみにしない」と言えば、母は三月の夜の問いを、もう一度、もっと強く持ってくる。あなたは誰。今度は、「ねむい」では逃げられない。

　私は、その怖さのほうが大きかった。

　三つ目は、自分に隠しておけないことだった。

　私は、母の孤独を使いたかった。

　母に「伯父様は、かあさまを裏切る」と教える。母は動揺する。母は誰かに縋りたくなる。そこで私が何かを言えば、母は聞くかもしれない。

　――そういう筋道を、私は考えていた。

　考えて、そこで自分が気持ち悪くなった。

　前の人生の十歳から、私は良い子の勘定をして暮らした。誰かの困りごとや寂しさを、自分の居場所を作るための手がかりに置き換える手つきだった。四歳になって、私はまた同じことをしようとしていた。

　私は言わなかった。

　これが正しい判断なのかは、分からなかった。言えば違うかもしれない。言わないから起きることがあるかもしれない。私は、この選択が正解だと自分に言い聞かせるつもりはなかった。

　私は、ただ、言わなかった。

　＊

　薬の配達は、四月に始まった。

　玄関の呼び鈴が鳴って、蘆田医院の小僧が包みを置いていく。母が受け取る。母は包みを袂に入れて、自分の居間へ持っていく。一度も、包みを解くところを誰にも見せなかった。

　私は、包みが届く回数を数えようとした。

　数えられなかった。

　四歳の子は、一日じゅう玄関の見える廊下の角に立っていられない。昼には寝かされる。寝かされまいとして起きていると、夕方に眠り込んで、お絹に抱いて運ばれる。夜は七時に布団に入れられる。湯に入れられているあいだに、呼び鈴が鳴ったこともあったと思う。廊下の角に長く立っていれば、たみが「お嬢様、そこは冷えます」と言って、部屋へ戻す。たみは目が悪いことになっているが、四歳の子が同じ角に毎日立っていれば、目の悪い人でも気がつく。

　私が自分の目で見た配達は、四月に一度、五月に一度、六月に一度だった。

　それが全部なのかどうか、私には分からなかった。

　前の人生の十七の秋に、慎さんが父親の医院の処方簿を見せてくれた。天導藤乃様のお名前で、薬が六回出ています、と。四月と五月に二度ずつ、六月、七月。

　六回のうち、私が見たのは三回だった。見なかった三回は、来なかったのか、私が眠っていたあいだに来たのか。

　包み紙を探したこともある。医院の名前の刷られた包み紙が一枚あれば、それは大人が見れば分かる物になる。母の居間の屑籠を、たみが縁側にいるあいだに覗いた。空だった。母は包み紙を、居間の火鉢で燃やしていた。灰の中に、紙の端の焦げたのが残っていた。指でつまみ上げようとして、灰が崩れて、私の指の先が黒くなっただけだった。

　その日の夕方、お絹が私の指を見て「まあ、火鉢をおいたなさいましたね」と笑った。私は笑い返した。灰の中の紙は、翌朝にはもう掃き出されていた。

　私は縁側で、黒さの落ちきらない指を見ていた。

　大人が自分の目で確かめられる物だけを渡す。三つになる前の春に、そう決めた。言葉を信じてもらえない子が渡せるのは、それだけだ。

　決めたのは、簡単だった。やるのは、難しかった。

　帳面は町の蘆田医院にある。四歳の足では、門の外へ一人で出ることもできない。出られたとしても、四歳の子が医院の帳面を見せてくださいと言えば、先生は笑って飴をくれるだけだ。字は読めても、この手では書けない。書けたとしても、四歳の子が書いた手紙は、それこそ気味の悪い子の証拠になる。言葉で言えば「また、あの子が」になる。言葉で言えば、母にも届く。

　十五の私は、自分の足で医院まで薬を取りに通えた。十七の私は、慎さんに帳面を持ってきてもらえた。四歳の私には、何もない手と、父がいるだけだった。

　物は、自分で取りに行けない。だから、父が自分で取りに行くように、道を一本だけ作ることにした。

　七月の初め、「今日は何だ」と言う父に、私は紙袋を一つ渡した。去年の夏に蘆田先生が来たとき、私の汗疹の薬が入っていた空き袋だった。表に「蘆田医院」と刷ってある。春から、博物館の棚のいちばん下の段の、石と石のあいだに挟んでおいたものだ。

「みずうみの、おくすり」

「湖へ持っていく薬か。そうだな、要るな」

　父は袋を裏返して、そう言った。

　診療所へ行けば、父は帳面のある部屋に立つ。前の人生の星の間で、処方簿が出されたとき、蘆田先生はその場で「私の落ち度です」と言った。そういう人の前に夫が来れば、先生は何か言うかもしれない。言わなければ、それまでだ。父が町の薬屋で済ませてしまえば、それも、それまでだ。

　私にできるのは、そこまでだった。

　その夜、私は布団の中で、紙袋を渡したときの父の顔を何度も思い出した。父は、袋の表の字を読んだだろうか。蘆田、と読んだだろうか。

　分からなかった。分からないまま、四日が過ぎた。

　＊

　五日目の夕方、恭介が帰ってきた。

　いつもより早かった。彼は着替えもせずに、私の部屋へ来た。

「瑠璃花」

「とう」

　彼はしゃがんだ。

「今日な、診療所へ行ってきた。蘆田先生のところだ」

　私は顔を上げた。

「お前が夏に湖へ行くだろう。子どもの旅行に持っていく薬をもらいたいと言うた。腹の薬とか、虫刺されのとか」

「うん」

「先生のほうから、奥様の眠り薬の量が多いのが気になると言われた。ご主人から言ってやってくれと。それで、帳面を見せてもろうた」

　彼は自分の膝を見ていた。

「奥様の名前で、薬が出とる。四月と、五月と、六月と、七月。四回だ」

　私は息を止めた。

「先生は、眠れんと言うので出したと言うとった」

　彼は顔を上げた。

「わしは、お前が湖で人が死ぬと言うたのを、覚えとる」

「とう」

「それと、これが、繋がるかどうかは分からん」

　彼は正直にそう言った。

「分からんが、わしは今夜、手紙を書く」

「だれに」

「小野さんだ。星見荘の。あの人は仕事が丁寧だ」

　彼は立って、私の手を引いた。

「見とれ。父さんは字が下手だ」

　彼は座敷の卓に紙を広げて、筆ではなく鉛筆で書いた。字は本当に下手だった。

　私は横に立って、それを見ていた。彼は読み上げながら書いた。

「小野弥吉様。……ええと、いつもお世話になっております。八月に伺います。……つきましては、二つ、お願いがございます」

　彼は舌を出して、鉛筆を舐めた。舐めたまま、しばらく書かなかった。

「湖で人が死ぬ、言うんなら、水のそばだ。水のそばで人が落ちるのは、足場からだ。わしに分かるのは、そこだけだ」

　彼は自分に言うように言って、また書いた。

「一つ。桟橋と、舟屋と、岸の石垣を、わたしが着く前に一度見ておいてください。子どもの乗りそうなところは、柱も板も手すりも、みな。腐りや、傷や、新しい痕がないか。着いてからも、日を置いて、もう一度」

「うん」

「二つ。夜に、水際のあたりを見ておいてください。人が出入りしていたら、覚えておいてください」

　彼は一度、鉛筆を止めた。

「……理由は、着いてから申し上げます。子どもの言うことで、わたしにも確かなことは分かりません。ただ、わたしは自分で確かめたいと思っております」

　彼は最後にそう書いた。

　私は、その紙を見ていた。

　彼は「誰が」を書かなかった。

　書けなかったのだと思う。彼が持っているのは、幼児の言葉と、診療所の帳面の四行と、十一月に読んだ手紙だけだ。その三つから、妻の名前を紙に書くことは、この人にはできない。

　でも、彼は自分の足で診療所へ行って、自分の目で帳面を見た。

　四回と言ったのは、私ではない。父が数えた。母が「また、あの子が」と言っても、父が自分で見た四行は、夢の話にはならない。

　去年の春に「大丈夫だ」と言った人が、正月に「覚えとく」と言い、七月に診療所へ行った。

　私はそれを見ていた。

　彼は封をして、宛名を書いて、私に渡した。

「明日、出す。お前が持ってろ」

　私は封筒を両手で持った。

　その夜、私は封筒を枕の下に入れて寝た。翌朝、彼が郵便局へ持って行った。

　＊

　四回、という数を、私は父が寝たあとも考えていた。

　私が見た三回は、四月と五月と六月の分だった。七月の一回は、私が見ていないうちに来ていた。帳面の四回は、私の見落としを埋めた。そして、前の人生の六回には、二回足りない。

　四月と五月の、二度目の分がない。

　医者の帳面に残る薬が、前の人生より少ない。母が今度は眠れているのなら、いい。でも、そういうことではないと思った。

　母は、二歳の私が「るり、ほんけ」と言った日から、先に手を打つ人になった。三歳の私が「みずうみ」と言い続け、静子さんに「およめさん」と言い、佐伯の袖を掴んだのを見た。三月の夜に「あなたは誰」と訊いた。自分の言葉を全部覚えている子がいる家で、医者の帳面に自分の名前を六回並べるだろうか。

　並べない。

　足りない分は、医者の帳面に残らない手から来ているのかもしれない、と思った。薬を手に入れられて、母の計画を知っていて、母と同じくらい帳面を嫌う人。

　伯父かもしれない、と私は思った。前の人生で母と組んでいたのも、伯父だった。

　確かめる方法はなかった。四歳の子が伯父の荷物を調べることはできない。

　分かったのは、処方の記録が前と違う、ということだけだった。手に入れ方が変わったのかもしれない。計画まで変わったのかもしれない。足りない分を伯父から受け取っているのなら、薬の量も使い方も、前と同じなのかもしれない。帳面の四行からは、どちらとも言えなかった。

　変わったのだとしたら、変えさせたのは、たぶん、私だ。

　私は、八月十五日という日付を知っている。偽電報を知っている。舟屋を知っている。

　知っているものが、そのまま来るとは限らない。

　今回、何が同じで何が違うかは、私が自分で確かめなければならない。

　＊

　七月の終わり、私はお絹を捕まえた。

　台所の裏で、彼女が豆を選っていた。私はその横に座った。

　前の人生で、お絹は八月十五日の晩に「台所へ行け」と言われて行き、戻ったら、この身体の子がいなかった。だから、この人に頼むことは一つでいい。その一言が来ても、離れないこと。

「おきぬ」

「はい、お嬢様」

「おねがい」

「なんでございましょう」

「みずうみで、ずっと、いっしょにいて」

　お絹は手を止めた。

「ずっと、と申しますと」

「ずっと。よるも」

「夜も、お嬢様のお側におりますよ」

「かあさまが、だいどころ、いって、って、いっても」

　お絹の手が、豆の上で止まった。

　彼女は、私を見た。

　彼女はしばらく黙って、それから、豆の笊を横へ置いた。

「お嬢様」

「うん」

「わたくしは、奥様に雇われております」

「うん」

「奥様が台所へ行けとおっしゃったら、行くのが仕事でございます」

「うん」

　お絹は、自分の手を見ていた。

「……お嬢様は、四つでいらっしゃいますね」

「よっつ」

「お嬢様が、糖蜜をお吐きになったのを、わたくしは覚えております」

　私は顔を上げた。

「四つの月のころでしたか。奥様が匙をお持ちになって、お嬢様が顔をお背けになった。あんなに甘いものを、赤ん坊が吐くというのは、めったにございません」

　彼女は、笊の縁を指で撫でた。

「あれから、わたくしは、ときどき考えるのです。あれは何だったのかと。考えて、考えるのをやめます。考えると、この家におれなくなりますので」

「おきぬ」

「はい」

「こわい？」

　お絹は、少し笑った。

「怖うございます」

　彼女は言った。

「怖いですけれど」

　彼女は笊を持ち上げて、豆を選り始めた。

「離れません」

「ほんと」

「わたくしは、お嬢様の側におります。台所へ行けと言われても、行きません。叱られたら、叱られます」

「ありがとう」

「四つのお子様に礼を言われるのは、初めてでございます」

　彼女は笑った。丸い顔の、目がなくなる笑い方だった。

　私はその顔を見ながら、自分がいま頼んだことの大きさを考えた。

　この人は二十二歳で、女中で、奥様に逆らえば暇を出される。私はそれを知っていて、四歳の口で「いっしょにいて」と頼んだ。四歳の子の頼みだから、この人は断れなかった。私はそれも、たぶん知っていた。

　大人が自分で確かめられる物を渡す、と私は決めた。お絹に渡したのは、物ではなかった。この人が四年前に自分の目で見た匙を、この人に思い出させただけだ。

　それが物より軽いのか重いのか、私には分からなかった。

　＊

　八月の初めに、分家の家から人が来た。

　十歳の一臣が、母親と一緒に来ていた。背の高い子で、眉がまっすぐだった。彼は座敷で退屈そうにしていて、庭に出て、私が木の船を持っているのを見つけた。

「それ、船？」

「うん」

「見せて」

　彼は座り込んで、船を手に取った。ひっくり返して、底を見た。

「鉛が入ってる」

「とうが、いれた」

「へえ」

　彼は帆柱を指で弾いた。

「これ、ぐらぐらするよ」

　本当だった。真ん中の帆柱の根元が、少し緩んでいた。

「直せる？」

「直せるよ」

　彼は自信満々に言って、庭の隅から小枝を拾ってきた。小枝を帆柱の穴に押し込もうとした。

　穴が広がった。

　帆柱が抜けた。

「あ」

「あ」

　私たちは二人で、抜けた帆柱を見た。

「ごめん」

「いい」

「僕、直せると思ったんだ」

「うん」

　彼は帆柱を持ったまま、しばらく困っていた。

　私は彼を見ていた。

　前の人生で、この人は十九歳の春に、十三歳の私から「一臣さん、私と駆け落ちしてください。私もちゃんと働くので。お菓子作りとか」と言われて、「……は？」と言った。十六の私と婚約して、十七の秋には自分の父の机から下書きを持ってきた。

　この十歳の子は、木の船の帆柱を抜いた。

　同じ手だ。指の形が同じだ。でも、この子は、あの人がしない間違いをする。

「ねえ」と彼は言った。

「うん」

「僕、君と結婚するんだって。父さんが言ってた」

　私は答えなかった。

「知ってる？」

「しってる」

「どう思う？」

　私は、庭の砂利を見ていた。

　この問いに、四歳らしい可愛い返事をすることはできる。「いや」でも「いいよ」でも、大人は笑う。

　でも、私はこの子に何かを約束させたくなかった。約束させて、それを十年かけて育てるようなことは、絶対にしたくなかった。

「おおきくなったら」

「え？」

「おおきくなったら、じぶんで、きめる」

　彼は目を丸くした。

「そうだね」

　彼はあっさりそう言った。

「そのほうがいいや」

　彼は帆柱を私に返して、庭を走っていった。

　私は帆柱を持って、縁側に座っていた。

　あの「……は？」は、もう起きない。

　駆け落ちを申し込んで断られた春も、婚約の日も、下書きを差し出す手も、あの人と私が前の人生の八年を重ねて、やっと起きたことだ。この世界では、私は四歳で、あの人は十歳で、あの八年は起きていない。

　断られたことまで惜しむのはおかしい、と自分でも思った。

　それでも、惜しんだ。

　誰にも言えないので、縁側で、一人で惜しんだ。

　＊

　八月の初旬に、何も起きない日が一日あった。

　朝から暑くて、庭の蝉がうるさくて、私は縁側で氷を舐めていた。氷は女中頭が町から持ち帰ったもので、鉋で削って、砂糖水をかけたものだった。

　お絹が洗濯物を干していた。夕立が来て、彼女は慌てて取り込んで、それから、恭介の靴下を干し直していた。

「旦那様の靴下は、いつも右だけ穴があきます」

「なんで」

「歩き方でしょうねえ。右足を引きずっておいでですから」

　夕方、恭介が帰ってきた。

　疲れていた。肩が落ちていて、玄関で座り込んだ。

「今日は何だ」

　彼は、いつもの台詞を言った。

「なんもない」

「なんもないか」

「うん」

「そうか。父さんも今日は何もできんかった」

　彼は靴を脱いで、上がってきた。

「船台の材が、寸法が違うて届いた。一日、突っ返す相談だけで終わった」

「たいへん」

「大変だ」

　夕食は、三人だった。母と、恭介と、私。

　母は静かだった。恭介は材の話を三回した。三回目のとき、母が「その話は聞きました」と言った。恭介は「そうでしたか」と言って、笑った。

　夕食のあと、彼は棚から靴の箱を下ろした。

「そういえば、あれだ」

　赤い靴だった。

「履いてみろ」

　私は履いた。

　まだ大きかったが、去年ほどではなかった。踵が浮かない。爪先に指一本ぶんの余りがある。

「お」

「はいる」

「入るな」

　彼は靴の中を指で押した。

「ちょっと待っとれ」

　彼は道具箱を持ってきて、靴の内側に薄い革を貼った。

「これで、踵が滑らん」

　私は立って、廊下を歩いた。

　脱げなかった。

　廊下の端まで歩いて、戻ってきた。

「あるける」

「歩けるな」

「とう」

「ん」

「みずうみからかえったら、ふねのところ、いきたい」

「船？」

「とうの、しごとのとこ」

　彼は驚いた顔をした。

「造船所か」

「うん」

「あんなもん、うるさいし、危ないぞ」

「いきたい」

　彼は少し考えて、それから、笑った。

「よし。帰ったら連れて行く。船台は上から見せる。下は危ないから、上からだ」

「うん」

「靴を履いて来い。あれなら足を守る」

「うん」

　私は嬉しくて、その夜は赤い靴を枕元に置いて寝た。

　湖から帰ったら、造船所に行く。

　私は、八月十五日の向こう側に、予定を一つ作った。

　＊

　八月十一日の夜、私は「行かない」と言ってみた。

　夕食のあとだった。母が席を立ったあとで、恭介に言った。

「みずうみ、いかない」

「行かんか」

「いかない。おうちにいる」

　彼は箸を置いた。

「お前一人で家におるか」

「おきぬと」

「奥様は行かれる」

「うん」

「父さんも行く」

「……」

　私は黙った。

　そこが行き止まりだった。

　私が家に残っても、湖では人が集まる。宗一郎が行く。母が行く。伯父も先に行く。父も行く。私が残れば、私は何も見られない。何も聞けない。伝えることもできない。

　それに、母が私を置いていくとは思えなかった。

「怖いか」

　彼が訊いた。

「こわい」

「うん」

　彼は、しばらく黙っていた。

「瑠璃花。父さんはな、湖では、お前から離れん」

「ほんと」

「本当だ。船台の仕事より、そっちが大事だ」

　彼は自分の膝を叩いた。

「もし父さんが離れんといかんことになったら、お絹さんにつける。お絹さんは、あれは頑固だ」

「うん」

　その夜、布団の中で、私は天井を見ていた。

　前の人生の私なら、ここであの三行を思い浮かべようとしたかもしれない。いまは、しなかった。出ないことは知っている。帰り道があるのかどうかも、知らない。

　それで、よかったと思った。帰り道が見えていたら、私はきっと、また選ばずに済むほうへ帰りたくなっていた。

　私は、この人たちがどうなるかを見たかった。それから、造船所へ行きたかった。

　その二つだった。

　＊

　八月十二日に、荷造りをした。

　行李が三つ。私のものは、着替えと、木の船と、赤い靴だった。

「船は置いていきなさい」と母が言った。

「もっていく」

「壊れます」

「もっていく」

　母は、それ以上言わなかった。

　出発の朝、母が私の髪を梳いた。

　久しぶりだった。母が私の髪に触れるのは、たぶん半年ぶりだった。

　櫛が、丁寧に動いた。母は髪を分けて、耳の後ろで留めた。

　それから、銀の星を出した。

「これをつけていきなさい」

「ほし」

「そう」

　母は、星を私の髪に留めた。

「本家の子ですから」

　母はそう言った。

　鏡の中の私は、四歳だった。髪に銀の星があった。前の人生の十八歳の夜、私は同じ星を挿して星の間へ降りた。あのときも、母がこれを留めた。

　母の手が、私の頭から離れた。

　玄関で、恭介が行李を縛っていた。彼は最後に、赤い靴を布に包んで、上に載せた。

「これは、着いたら出す」

「うん」

　母が留めた星と、父が荷に入れた赤い靴。

　私は、その二つに挟まれていた。

　馬車が来た。

　私は、この家の玄関を振り返った。

　この家に、私は帰ってきたい。

　事件を止めて、それから、ここへ帰ってきて、造船所へ行って、赤い靴を履いて、来年の春も、その次も、ここで暮らしたい。

　そう思っている自分を、私は否定しなかった。

　八月十三日の朝、私たちは帝都を出た。

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