星猫くるる HOSHINEKO KURURU

CARDEARTH / READING

ヤエスで出会う三つの場面

出典:公開1.0(2026年9月3日)「タクト編 第一章」からの抜粋です。章全編ではありません。

四コマは上から下へ、三場面を原文の順に掲載しています。帯字幕は短い抜粋です。各画像の下には、その場面に対応する原文を省略せずに掲載しています。画像は選択すると拡大できます。

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タクト編 第一章

1.辻バフと無言のお礼

広場で支援魔法を配るタクト。常連の一礼と生肉のお礼。
四コマ・上から下へ。帯字幕にない本文は、下の原文抜粋で読めます。

原文抜粋

 道行く冒険者に、支援魔法をかける。

 反応はさまざまだ。ありがとうと礼を打ってくれる人。「すげえ、レベル五のヘイストだ」と褒めてくれる人。何も気づかず走り抜ける人。それから、俺の前に無言で正座する人。

 最後のやつは常連だ。毎晩この時間に来て、正座して、バフがかかると深々と一礼して狩場へ走っていく。名前は知っているが、口をきいたことは一度もない。

「どうぞ」

「(無言の一礼)」

 今日も儀式が済んだ。ここはヤエスの南口。カードアースの地図では、列島最大の都市ということになっている。石畳の広場に、駅舎じみた巨大な門。武器屋、防具屋、転送屋、倉庫番。露店の列は毎晩延びて、歩くだけで画面がカクつく。まだ開放されているのは関東圏だけだから、人の多さでは間違いなくこのゲームの中心だった。

 俺は広場の端のベンチを勝手に定位置にしている。

 言っておくが、善意のボランティアではない。

 カードアースの新職、付術師はバッファーだ。支援魔法で他人の能力を上げる。自分はローブ一枚、武器は飾り物みたいな細身の剣が一本。殴っても弱いし、殴られたらもっと弱い。戦闘の主役には一生なれない。

 だが、時魔法「ダッシュターボ」は別格だった。

 攻撃速度、回避速度、詠唱速度、移動速度、回復速度、生産速度。だいたい全部が、魔法レベル一につき五パーセント速くなる。俺のダッシュターボはレベル五。つまり二十五パーセント。四時間の狩りで五時間ぶんの経験値が入る計算だ。

 効果時間は二十分。ここで受けて、狩場まで走って、狩り始めてもまだ残っている長さだ。これが十分だったら、狩場に着いた瞬間に切れる、ただの徒歩強化で終わる。二十分という数字を決めた運営の人間は、たぶん廃人だ。分かっていらっしゃる。

 誤差だと思うだろう。

 誤差ではない。この世界の魔物は、倒すと消えて、しばらく経つとまた同じ場所に湧く。つまりどの狩場も、一定時間に狩れる数が決まっていて、皆でそれを取り合っている。狩り尽くした草むらの前で、廃人どもが突っ立って「湧き待ち」をする光景は、この世界の日常だ。おまけに討伐の権利は、より多くのダメージを与えた者に発生する。早い者勝ちですらない。強く殴ったやつの勝ちだ。同じ二十分で二割五分多く動けるということは、湧いた魔物を二割五分多く刈れるということで、毎晩同じ狩場でにらみ合っている連中にとって、それは人生の差になる。

 だから皆、付術師が欲しい。

 正確には、いつでも自分にバフをかけてくれる、自分専用の付術師が欲しい。だがバフは他人にかけるものだ。自分のメインキャラを強化したければ、付術師のサブキャラを作って、メインと「同時に」ログインさせるしかない。そして二人同時にログインするには、アカウントがもう一つ要る。月額三千円の、追加アカウントだ。

 月額課金の時代に、実質のアイテム課金である。運営はいい商売をしている。俺も払っている。払った以上は、元を取る。ヤエスで辻バフを配るのは、有望な新人を観察して、恩を売って、ギルドに勧誘するためだ。うちは少数精鋭──と言えば聞こえはいいが、要するに人数で負けている。なら質で勝つしかない。質を見分けるには、人がいちばん多い場所に座っているのが早い。

 バフを受けた女戦士が、無言で俺の足元に生肉を三つ置いていった。

 料理素材のドロップ品だ。彼女なりのお礼らしい。焼く手段は持っていないが、断る理由もないので拾っておく。倉庫がじわじわ肉で埋まっていく。

ここから次の場面へは原文の続きです。場面間に本文の省略はありません。

2.現実の着信と優先順位

ゲーム画面から現実の机と携帯へ。母からのメールを見て携帯を閉じる拓人。
四コマ・上から下へ。帯字幕にない本文は、下の原文抜粋で読めます。

原文抜粋

 ちなみに、この正座と生肉の光景は、どこかの攻略サイトの管理人日記で「ヤエス名物・辻バフ屋と信徒たち」としてスクリーンショットつきで紹介されているらしい。ゲームの中に俺の店があるわけではない。ゲームの外に、俺の記事があるのだ。攻略サイト、個人の日記、ギルドの掲示板。この世界の面白いことは、だいたい世界の外側に書かれる。文明はまだ、その段階である。

 あといちばん笑えるのは、バフが切れた瞬間に限って敵の群れへ突っ込んでいくやつだ。効果時間は頭上に出ないから、体感で管理するしかない。体感は、だいたい自信過剰にできている。

 ジャジャジャジャーン、と間の抜けた電子音が鳴った。

 ベートーベンの「運命」の冒頭部分。現実の音だ。机の上で折り畳み携帯が光っている。携帯の隣には、昼に取った出前の丼。返しそびれて、そろそろ二日目になる。母からメールが来ると、あの着メロが鳴るように設定してある。我ながらいい選曲だと思う。無視はしない。するつもりもない。ただ、好きな曲を割り当てる気にも、ならなかった。そのあたりの温度が、打ち込みの電子音で鳴る運命だった。

『あんた、ちゃんと大学行ってるの?』

 行っていない。

 俺は携帯を閉じた。いま返信すると長くなるし、返信している間に、次の廃人へバフを配り損ねる。優先順位の問題だ。世間はこれを堕落と呼ぶが、俺の中では合理と呼ばれている。

ここで原文を省略します。「世間はこれを堕落と呼ぶが、俺の中では合理と呼ばれている。」の後から、「──で。」の前まで、別キャラクター・ゲーム・休息の説明を収録していません。

3.最初の会話と回復の不在

魔物を連れたセシリアとタクト。長い返答の後、回復が来なかったことを話す。
四コマ・上から下へ。帯字幕にない本文は、下の原文抜粋で読めます。

原文抜粋

 広場の向こうから、魔物の群れが歩いてきた。

 正確には、魔物の群れを引き連れた女キャラクターが歩いてきた。頭上に名前が出ている。セシリア。ギルド無所属。大きな盾と片手剣。職は盾士、いわゆるタンクだ。レベルは──十。

 後ろの魔物はレベル三十二の犬どもが六匹。ヤエス周辺の街道に出る雑魚だが、レベル十にとっては雑魚ではない。噛まれたら三口で死ぬ。

 俗に言うMPKというやつだ。モンスターを引き連れてきて他人になすりつけ、間接的に殺す。プレイヤーを直接殴るとペナルティがあるから、魔物に代行させる。この世界の伝統芸能である。

 俺は立ち上がって、細剣を抜いた。

 初級の回復魔法をセシリアに投げる。魔物のヘイトがこちらへ流れ、爪と牙が俺のローブに集中した。見た目は惨事だが、ほとんど痛くない。レベル五十五が三十二の雑魚に殺されるほど、このゲームは平等にできていない。俺は薄い剣で、時間をかけて、一匹ずつ処理した。

「ありがとうございます」

 セシリアも後ろから剣で叩いている。ポコ。ポコ。魔物の体力は減らない。一桁のダメージが出て、半分は避けられている。

「は? なんでそんなレベルでヤエス来た?」

 返事が来たのは、二匹目を倒し終わった頃だった。

「わたし、戦闘がうまくできなくて、前にいたパーティーのみなさんにご迷惑をおかけしてしまって、それでも景色がきれいなので、いろんな街を見てみたくて、歩いていたら敵に追いかけられてしまいました」

 長い。

「チャットは短く打ちな」

「はい」

 返事だけは速かった。

 長文を打っている間、セシリアは棒立ちだった。ゲームとチャットを同時に処理できていない。回避も盾も止まる。なるほど、パーティーで死ぬわけだ。

 いや──待て。

「前のパーティーで、よく死んでた?」

「はい。三回に一回くらい死にます」

「その時、回復は飛んできてた?」

「かいふく」

「ヒーラー。白魔。緑色の光」

「……そういえば、あんまり見てないです」

 だろうな。

 タンクは殴られる係だ。殴られる係は、回復が来る前提で成立する。回復をサボられたタンクは、どれだけ上手くても死ぬ。つまりこいつが下手だから死んでいたというより、後ろがこいつを見捨てていた可能性のほうが高い。初心者の女キャラのタンクなんて、野良パーティーでは席の埋め草くらいにしか思われない。

 この世界は、そういう世界だ。

試読はここまで。「この世界は、そういう世界だ。」で抜粋を終えます。この後の会話・事件・勧誘・育成は未収録です。章の結末ではありません。

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正式配布の公開1.0を読む(Hugging Face)

登場人物を知る

人物紹介は、この抜粋より先の内容にも触れています。最初の場面の常連・女戦士と、三つ目の場面のセシリアは別人です。