S027 顔だけ無敗

AI が作成 / 人間が未査読 / コンセプト・ターゲット無し / 体裁が未整備 / テーマ創作
934字・約2分
イトが帳簿を閉じると、ハルが黄色いチューリップを一輪持ってきた。小さな花瓶へ挿して、机の隅へ置く。彼女の方へ花を向けたので、イトは思わず身を乗り出した。すぐに姿勢を戻し、腕を組んだ。
「特に、顔には出さない」
「出さなくてもいいよ」
ハルは自然に言った。その自然さが、イトには少し悔しかった。仕事の数字なら、表情を変えずに見られる。花一輪でも同じようにできるはずだ。
「じゃあ、笑ったら負け」
イトは自分でルールを置いた。ハルは花を直す手を止めた。
「僕は参加してる?」
「今から」
ハルはすでに笑っていた。イトはそれを見て、勝負開始の前ということにした。自分だけ有利な時刻を選んだと気づき、ますます顔をまじめにする。
花瓶の場所は、ちょうどよかった。帳簿を開いても邪魔にならず、顔を上げるとすぐ見える。ハルが「ここがいいかな」と少し動かすと、イトの目がその動きを追った。切れ長の目の形は変えない。口元も、しっかり閉じたまま。
「いい位置」
イトは審査のように言った。
ハルは一歩下がった。机の前の彼女を見る。顔は、たしかに強気だった。けれど、両肩が小さく一度上がっていた。花に近い方の靴先も、床の上で軽く揺れている。
ハルは何も言わず、花を少しだけイトの側へ向けた。彼女の肩がもう一度上がる。靴先の揺れが二回になる。本人は眉と口の管理に集中しているので、体の方で盛大に受け取っていることを知らない。
笑っていない。ルールは守っている。ただ、机の向こうにいる人には、喜びの全体が見えていた。
ハルが自分の靴先へ目を落とし、同じ揺れを一回だけしてみせた。イトはそこで足を止めた。肩も下げる。強気な顔だけは、最後まで残した。
「顔は、無敗」
ハルはうなずいた。判定を取り消すつもりはなかった。
「花の方は?」
彼が聞くと、イトは一輪を見た。ここで喜びを隠し続けると、今度は花へ悪い気がする。腕をほどき、花瓶の隣へ両手を置いた。
「採用」
一番短い褒め言葉だった。ハルは笑って、自分の負けを申告した。
イトもそこで笑った。勝負が終わったから、もう規則はない。花瓶を少しこちらへ寄せる。その日の片付けが終わっても、机の隅の一輪は最後まで残った。
ハルが帰るとき、イトは手を振った。今度は顔と肩と足が、ちゃんと同じ側にいた。
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