S036 四番の乾燥機

AI が作成 / 人間が未査読 / コンセプト・ターゲット無し / 体裁が未整備 / キャラクターデザイン無し
3,099字・約7分
四番の乾燥機に百円を入れると、そのまま足元へ落ちてきた。
澄は眠い目で床を探した。硬貨は洗濯籠の下で止まっていた。拾ってもう一度入れようとして、投入口に貼られた紙に気づいた。故障中。太い文字なのに、今まで見えていなかった。
「昨日からです」
ベンチの端で、灰色の作業着を畳んでいる男が言った。澄は頷き、濡れたシーツを籠へ戻した。ほかの三台は回っている。表示はそれぞれ十八分、二十二分、二十九分。時計を見ても、家で寝られる時間は増えなかった。
引っ越して十日だった。病院の調理室で夜から朝まで働き、帰り道にあるこの店で洗濯をする。部屋の洗濯機置き場はまだ空いている。新しい機械を買うまでのつなぎのつもりで通い始めたが、休みの日は段ボールを開けるだけで終わっていた。
籠を膝へ載せると、濡れた重さが腿にかかった。
男は作業着の袖口を引っ張り、小さな穴を光に透かしていた。店の蛍光灯の下では、穴の周りに残った糸までよく見えた。男がこちらを向いたので、澄は乾燥機の丸窓へ目を移した。
「籠、下で平気ですよ。今朝、床を拭いてたから」
澄は礼を言って足元へ置いた。膝に四角い湿りが残った。
男の持ち物は布の袋一つだった。畳み終えた作業着を入れず、袋から針と糸を出した。澄は驚いて見てしまい、今度は視線を戻せなかった。
「縫うんですか」
「穴が空いたので」
それはそうだ。澄は少し笑った。男も、答えになっていなかったと気づいたように笑った。
「向かいの制服工場にいます。千田です。これは仕事じゃないけど、道具を持ってると、つい」
澄が名乗ると、千田は一度だけ名前を繰り返した。それ以上、仕事や住所は聞かなかった。糸の先を切り、針へ通し、袖を膝の上へ広げた。
丸窓の中で、赤いタオルが持ち上がっては落ちた。澄は昨日、調理室で割った卵の数を思い出しかけた。途中で分からなくなり、もう数えなかった。
「それ、まだ乾かしてないんですか」
千田の袖は少し濃い色をしていた。
「脱水したところです。乾いてからだと、忘れるから」
「縮んだりしません?」
「縫い方によります。強く引くと、ここが寄る」
千田は二針だけ進めた部分を指で押した。布の目が引きつれていないことを、澄にも分かるように示した。
澄は自分の籠から枕カバーを引き出した。端の縫い目が三センチほど開いていた。洗うたび枕の角が出るが、使えなくはないので、そのままにしていた。人に見せるつもりはなかった。千田の針があまり自然に動くので、つられて手が出た。
「これも、閉じられますか」
千田はカバーを受け取らず、端を少し持った。
「布は破れてない。糸が切れただけですね」
「縫っていただけたら、お金を」
「縫えるところまで、ご自分でやってみます?」
澄は時計を見た。十八分だった表示は十一分になっていた。帰宅して寝ることだけを考えていたのに、今から別のことを始めるのが少しおかしかった。
「下手ですよ」
「内側ですから」
千田は短い糸を切った。長すぎると絡む。針は一本しかないので、作業着の穴を先に閉じてから、糸を通し直して渡してくれた。澄が尖ったほうを避けてつまむと、千田は自分の袋を膝へ敷いた。
「落とすと探しにくいので、この上で」
澄は枕カバーを裏返した。いつも外から指で押し込めていた縫い代が、濡れた細い帯になって現れた。千田に言われたとおり布を揃え、残っている縫い目を二針ぶん戻って針を入れる。
指先に抵抗があり、引くと糸が通った。
最初の一針は大きすぎた。次は小さくなりすぎて、ほとんど同じ所へ戻ってきた。澄がほどこうとすると、千田は首を横に振った。
「閉じてます。そのままで」
「工場でも、そう言うんですか」
「工場では言いません」
澄は笑い、針を持つ手を止めた。笑いながら縫うのは難しい。
乾燥機が一台止まった。澄が顔を上げると、入口の扉が開き、自転車を停めた女性が入ってきた。女性は乾いた服を取り出し、「お先に」と籠を抱えて去った。温まったドラムの匂いがしばらく残った。
空いた一番へシーツを入れた。枕カバーだけが膝に残った。
「先に全部入れればよかった」と澄は言った。
「次のに一緒に入れますか。私の、色は出ないから」
澄は一瞬、返事をしなかった。洗濯物を一緒にするのは、ひどく近しいことに思えた。千田はすぐに「嫌なら、別で」と付け加えた。
「嫌というより、いいのかなって」
「枕カバー一枚なら、重さも変わりません」
澄は頷いた。受け取ってよい親切の大きさを、重さで言ってもらえたのがありがたかった。
引っ越しの日、同僚が車を出そうかと言ってくれたのを断っていた。大きい荷物はないし、迷惑をかけたくなかった。実際には小さい箱も十個集まると重く、配達の人が帰ったあと、澄は玄関で一箱を椅子にして休んだ。休んでいるうちに箱の上面が凹み、中に入れた食器のことを思い出して立ち上がった。
その話をすると、千田は「皿は」とだけ聞いた。
「割れてませんでした」
「じゃあ、よかった」
人を頼ったほうがいいとも、これから何でも言えばいいとも言わなかった。澄は次の針目を少し小さくできた。
千田の袋も、底の一角が違う布で継いであった。よく見ると縫い目は真っすぐではない。尋ねると、孫が家庭科で覚えて直したのだという。
「工場の人でも、これはほどかないんですね」
「物が落ちなければ、うちの袋は合格です」
針を進めながら、部屋にまだカーテンがないことを話した。窓の寸法を測って買いに行ったのに、丈と幅を逆にメモしていて帰ってきた。千田はそれを笑わず、「幅は二枚の合計ですか」と聞いた。澄はそこも分からないと答えた。
千田は新しい紙を探さず、故障中の札の余白を使おうとして、やめた。
「店のですね、これ」
澄が鞄からレシートを出した。千田は裏に小さな窓を描いた。測る所に矢印を三つ付け、床へ擦らない長さを一緒に考えた。紙を返す前に、買い物の内容が表に見えることに気づいて、裏向きにしたまま渡してくれた。
二番が止まる頃には、枕カバーの穴は閉じていた。千田は糸の始末だけ、空中で指を動かして教えた。澄は二度やり直し、小さな結び目を作った。鋏で余りを切ると、なぜか切った糸のほうをしばらく握っていた。
針を返し、枕カバーを作業着と一緒に入れた。澄が百円を出すと、千田は自分の作業着の厚い襟を示した。
「どうせ、これの分だけ回すので」
澄は硬貨をしまった。代わりに自動販売機を指して、何か飲むかと聞いた。千田は砂糖の入らない温かいお茶を選んだ。澄は冷たい水にした。店内は乾燥機の熱で、外よりずっと暖かかった。
それから十分ほど、二人はあまり喋らなかった。千田は針を小さなケースに戻し、蓋が閉まったか二度指で押した。澄はレシートの窓を眺めていた。窓の外には何も描かれていない。それでも、寸法だけのメモより自分の部屋に近く見えた。
乾いた枕カバーは、作業着の間から軽く出てきた。縫った場所は少し波打っていた。千田は何も言わなかった。澄も、もう直し方を尋ねなかった。
帰宅すると、シーツを敷くより先に枕へカバーをかけた。角が出ない。それだけのことを確認し、窓の採寸をしてから眠った。
翌週、四番の乾燥機から故障中の札が消えていた。誰も使っていないので、澄は扉を開け、中が空なのを確かめた。百円玉は今度は戻ってこなかった。
ベンチには誰もいなかった。澄は籠を横へ置きかけて、足元へ下ろした。千田が来るかどうかは知らない。来たら、カーテンを買えたと話そうと思った。
入口の扉が鳴ったのは、その三分後だった。入ってきたのは、大きな毛布を抱えた知らない女性だった。
澄は隣の座面に置いていた鞄も、膝へ移した。
「ここ、空いてます」
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