S039 最後の一票

AI が作成 / 人間が未査読 / コンセプト・ターゲット無し / 体裁が未整備 / キャラクターデザイン無し
3,068字・約7分
十三枚目を机へ置いた時、私は数を間違えたのだと思った。
投票者は十二人。受付の名前も十二、渡した投票用紙も十二枚だった。だが箱から出た票は、何度並べ直しても十三枚ある。「坂の猫」が七票、「朝の湯気」が六票。一枚余分なだけで、一位の扱いが変わってしまう。
「発表、まだ待ってもらえますか」
私が言うと、喫茶店主の比奈さんは、優勝者用に用意した珈琲券をカウンターの引き出しへ戻した。
町の写真会は、その喫茶店を借りて月に一度開かれる。今月は十二人が一枚ずつ持ち寄り、気に入った写真へ一票を入れた。写真に撮影者の名前は付けない。投票が終わってから明かすので、毎回、どの写真が誰のものかという予想でも盛り上がる。
私は会計係の古賀で、受付と開票も担当していた。比奈さんは場所と飲み物を出すだけで、投票には参加しない。十三人目の誰かを忘れた、という簡単な答えはなかった。
「一人二枚、取ったんじゃない?」
誰かが言い、室内が少し静かになった。紙は受付で私が一枚ずつ渡した。出席を付け、渡す。十二回しかしていない。予備は受付の下の封筒にあり、残り枚数も合っていた。
私は十三枚を、写真名ごとに分けて置いた。白い紙には写真の番号を書く丸い枠が印刷され、その下に「折って箱へ」とある。筆跡はそれぞれ違うが、数字だけで書き手を当てることはできない。そういう投票にしたのだった。
念のため、二枚貼りついている紙や、途中で裂けた票がないかも見た。すべて一枚の紙で、番号のない票もない。参加者は窓際で待っていたが、互いの手元を見る人が増えていた。誰かが鞄からレシートを出しただけで、隣の人の目が動いた。
私は数えた票を伏せたままにはせず、全員から見える机へ広げ直した。余分な一枚を隠していると思われるのも嫌だったが、それ以上に、ただ待っている時間が人を疑う時間へ変わっていくのが嫌だった。
「無効にして、もう一回やればいい」
「でも今、途中の票数を聞いちゃったし」
参加者の声が重なった。「坂の猫」を撮った人が、冗談めかして手を上げかけ、まだ名乗る時間ではなかったと思い直して下ろした。その動きを見た人も、見なかったふりをした。
比奈さんが水のグラスを置いた。
「先に、この箱の朝からの様子を教えて」
投票箱は店のビスケットの空き箱だった。蓋へ細長い口を開け、私が厚紙で内側を補強した。朝十時、私と比奈さんで箱を用意した。私は見本の票に数字の三を書き、半分に折り、口へ入れてみた。紙が引っかからないかの確認だった。
その後、私は蓋を開けて見本を取り出したつもりだった。
「つもり?」
「取り出しました。ここへ置いたのを覚えています」
受付机の左端を指した。そこには今、印刷の余りの紙と、使わなかった名札が積んであった。
比奈さんは箱の中を見た。蓋の裏には補強の厚紙があり、片側をテープで留めてある。作る途中、口の位置を調整するため、私は厚紙を一度剥がした。その端が少し反っていた。
「見本は、ほかの票と区別できる?」
私は首を振りかけた。見本にも同じ用紙を使ったはずだ。だが白い紙を十三枚並べると、一枚だけ折り方が違うことに気づいた。
ほとんどは横半分、二枚は縦半分。一枚だけ、四つ折りの跡がある。
「これ、私かもしれません」
私はその票を指した。番号は三。「坂の猫」だった。
「入れる時、半分って言わなかった?」
比奈さんの言うとおりだった。朝の見本は半分に折った。口の幅より狭くしてしまったら、引っかかるかどうかを試せない。記憶が、見つけたい答えのほうへ曲がろうとしていた。
「四つ折りは私」と、一人が静かに言った。「隣の人に見えないように」
私は謝った。見えなくするために折った票を、誰のものか尋ねるところだった。
比奈さんはその票を元へ戻した。
「誰の字かは、最後まで聞かないで済ませたいね」
私は受付机の紙を一枚ずつ確かめた。名札、会計のメモ、余りの用紙。見本だと思って取り出した紙もあった。半分に折られ、内側に数字の三が書いてある。ただし裏面には、今月の珈琲豆の注文表が印刷されていた。
比奈さんが眉を上げた。
「それ、私が最初に入れた紙」
私はようやく思い出した。箱を作っている途中、比奈さんが不要な注文表を切って、口の位置を試したのだ。その時の数字の三は、紙を三センチずらす目印だった。あとで私が正式な投票用紙でも試した。二枚を入れ、一枚しか出していなかった可能性がある。
「最初、箱を空にしたつもりで」
「空だったかどうかを見たのは、蓋を外す前? 外したあと?」
私は、蓋を外して箱の底を覗いた手順を答えた。底には何もなかった。だが蓋の裏は見ていない。
比奈さんが余りの紙を半分に折り、箱へ入れた。いつもより口の奥へ差し込み、箱を少し傾ける。紙は底へ落ちず、蓋の補強板と蓋本体の隙間へ潜り込んだ。蓋を持ち上げても、紙はそこに挟まって付いてきた。
「あとから票が当たったり、箱を揺らしたりすれば、落ちるね」
仕組みは分かった。しかし、それだけでは十三枚のうちどれが見本か決まらない。三と書かれた七枚のどれかを勝手に除けば、間違った一枚を捨てることになる。
比奈さんは十三枚の端を揃えた。二列に分けてから、また戻した。
「紙は、どう切ったの」
私は一枚の印刷用紙から六枚取ったと答えた。印刷したのは三枚、十八票ぶん。二枚は昨日、店の裁断機で切った。残りの一枚は今朝、印刷のかすれを確かめるために持ってきて、端の一票だけ鋏で切った。
「その一票を見本に?」
「そうです。残りは五つ、まだ繋がっています」
私は受付の下から、階段形に欠けた大きい紙を出した。十二人へ渡したのは、昨日切った十二枚。その数は、受付前に揃えてある。余りが五票あるから一枚足りないとは思わず、今朝使った一枚を見本として回収済みだと考えていた。
机の端へ、その繋がった紙を置いた。比奈さんは三と書かれた票だけを横へ並べた。六枚の切り口は直線だった。一枚だけ、片側の途中に浅いくぼみがあり、その先がわずかに斜めになっている。
鋏を持ち替えた場所だった。
票の端を、残りの紙の切り口へ近づける。くぼみと小さな出っ張りが合った。印刷された薄い横罫も、切り口の両側で繋がった。数字の三は、私の字に見えた。けれど、それを根拠にする必要はもうなかった。
私は参加者に、二枚の紙を順番に見てもらった。紙を切った時刻と、正式な十二枚を渡した手順も説明した。比奈さんは見本票の脇に小さな札を置き、「除外候補」と書いた。全員が確認するまで、得票の束からは離さなかった。
「じゃあ、六対六なんだね」
最後に見た参加者が言った。
私は頷いた。「坂の猫」から見本一枚を除くと、両方が六票になる。余計な票は誰かを二位にしたのではなく、同率だった二枚の写真に順番を付けていた。
比奈さんは引き出しを開け、珈琲券をもう一枚出した。店の負担が増えたので私が払うと言うと、それは会計のあとで話そうと言われた。
二人の撮影者が名乗った。「坂の猫」は犬を飼っている人、「朝の湯気」は普段コーヒーを飲まない人の写真だった。予想を外した声が上がり、いつもの写真会の音に戻っていった。
私は見本票の表へ、大きく斜線を引いた。比奈さんが止めるかと思ったが、何も言わなかった。もう、この票の役目は終わっている。
片づけの時、投票箱を次の月にも使うか尋ねられた。
「使います。蓋の裏を直して、空だと二人で確かめてから」
比奈さんは頷き、箱を棚へ載せた。
「来月の見本は、何番にする?」
私は受付机に残った、裏が注文表の紙を手に取った。
「字にします。見本って」
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