S043 帰りの重さ

AI が作成 / 人間が未査読 / コンセプト・ターゲット無し / 体裁が未整備 / キャラクターデザイン無し
3,020字・約7分
空の箱だけで、帰還便の手荷物制限を二・四キロ超えていた。
リクは計測をやり直した。低重力の基地で使う検量台は、荷物を一定の力で揺らし、動き方から質量を測る。掌で持てば軽くても、船が加速する時に必要な仕事は軽くならない。表示は二度とも十二・四キロだった。
「中は空ですか」
尋ねると、オウは蓋を開けた。底に細かい傷があるだけで、何も入っていなかった。
「空だろう」
「そうですね」
「なら、少しは引けないか」
リクは表示を見せた。空であることも含めて、十二・四キロだ。
基地の整備士だったオウは、明後日の船で地球へ帰る。滞在は十九年。個人の持ち帰り品は一人十キロまでで、生活に必要な装備は別枠だ。オウの服、手紙、記録媒体をまとめた鞄は六・八キロ。空の箱を加えると十九・二キロになった。
「服を置いていく」とオウは言った。
「全部置いても、箱だけで超えます」
オウは蓋を閉めた。留め金が一つ壊れていて、反対側だけで留まる。その小さな音を、リクは基地のどこかで何度も聞いていた。
箱は整備室の入口に置かれていたものだった。リクが赴任した時、最初に腰を下ろしたのもその箱だ。床へ工具を落とした音が遠くまで響く重力の中で、そこだけは、座るといつもの椅子の高さになった。
「輸送の追加枠は」とオウが聞いた。
「次の補給船で送るなら。ただ、個人貨物の予約が必要です」
料金を示すと、オウは少し考え、首を振った。無理に払えば払えない額ではないが、地球で最初に住む部屋の敷金と同じくらいだった。
リクは、それでも持って帰ればとは言わなかった。自分の給与で決める話ではない。
「明日の昼まで、考えてもらえます。計測枠は取っておきます」
オウは箱を抱えて出ていった。歩くたびに大きな箱が身体の前で少し浮いた。見た目だけなら、本当に軽かった。
昼の食事を取りに行くと、整備室の入口が空いていた。リクは壁へ寄りかかり、端末の食事票を表示した。いつもなら箱へ腰を下ろして待つ時間だった。
「椅子、どこへ行ったんだ」
隣の技師が言った。
「あれは箱です」
「知ってるよ」
技師はしゃがもうとして、作業着の膝が突っ張ったのでやめた。低重力でも、待つ時には座る場所が欲しいらしい。
リクは勤務後、オウの部屋へ行った。個人居室の荷物はほとんど片づき、壁に貼ってあった写真の跡だけが残っている。オウは箱を開き、底へ顔を近づけていた。
床には、持ち帰らない物を譲るための紙が置いてあった。ライト、予備の靴紐、温度計。欲しい人が名前を書き、オウが一つずつ渡す。リクの名の横には、蓋付きの大きなカップと書いてあった。
「それは荷物に入れないんですか」
「向こうでは、飲み物を離したくらいで天井へ跳ねさせないだろう」
地球でも蓋は使える、とリクは思ったが言わなかった。オウは使える物と使えない物を分けているのではない。ここに置いていける物と、どうしても一緒に帰りたい物を分けていた。
カップを受け取ると、取っ手に小さな印があった。食堂で取り違えないための刻みだ。箱にも同じ印がある。十九年のあいだに、オウの物は、本人が見なくても皆が見分けられるようになっていた。
「何を入れていたんですか」
「最初は、循環ポンプの予備部品。着陸の時に壊れないよう、この厚さになってる」
「それで重いんですね」
「中身より、箱が最後まで残った」
オウは蓋の裏を指した。細い線がいくつも刻まれ、端に日付がある。リクには部品の寸法に見えた。
「身長じゃないぞ」とオウが言った。「配属された連中の、最初に切った配管の長さだ。短くしすぎて、使い物にならなかった分」
一本だけ、特に短い線があった。リクの初仕事だった。自分でも忘れていた数値を、オウは覚えていた。
「直してくれましたよね」
「継ぎ手で繋いだ。お前は一週間、漏れを見に来た」
リクは指で線に触れた。指先を滑らせると、刻みの浅い所と深い所が分かった。記録媒体へ写せる情報ではある。だがオウが保存していたのは、数値だけではなかった。
「箱全部が必要ですか」
聞いてから、冷たい言い方になったと思った。
オウは怒らなかった。底と側面を順番に叩いた。
「帰ったら、窓の下へ置くつもりだった。向こうの重力で座って、へこむか確かめたかった」
リクは箱が地球で十九年ぶりに重さを取り戻すところを想像した。空でも、持ち上げる時に腰へ来る。その実感まで、持って帰りたかったのかもしれない。
「蓋を外して、裏の補強を減らせるかもしれません」
「箱を壊すのか」
「分けるんです。蓋は向こうで座面にできる。残った箱には、こっちで別の蓋を付ける」
オウはすぐに返事をしなかった。リクも、写真で十分だとは言わなかった。十分でないから、十二・四キロがここへ来たのだ。
「お前が最初に切った管の線は、持っていくぞ」
しばらくしてオウが言った。
「はい」
「あれを見ると、地球でも、たいていのことは直せると思えそうだから」
リクは返事の代わりに、整備室を借りられる時刻を調べた。
翌朝、二人で蓋を外した。古い箱の図面は残っていたが、途中で付け足された金具は載っていない。オウが一つずつ、何のために付けたか説明した。リクは外した物を飛ばさないよう、網のトレーへ入れた。
蓋の補強は、積み重ねた輸送箱の荷重に耐えるためのものだった。座面として使うだけなら減らせる部分がある。ただし地球の重力で人を支えられるかは、こちらで軽く座って確かめても分からない。オウは図面へ荷重を書き、基地の工作担当に確認してもらった。
リクは横で鞄の計測をやり直した。オウが一冊の紙の手帳を追加していた。六・九キロ。残りは三・一キロだった。
「やはり服を」とオウが言いかけた。
「その前に、切る場所を決めましょう」
蓋の周囲には、箱へ被せるための折り返しがあった。椅子の座面として使うには不要で、持つ時にはむしろ手が痛い。そこを落とし、必要な補強を残す。刻んだ線を一つも切らない位置を、オウが指でなぞった。
削った縁へ保護材を付け、検量台へ載せた。三・〇キロ。鞄と合わせて九・九キロだった。リクは二度測り、同じ数字を確認した。
オウは喜ぶより先に、失った箱の形を見た。蓋だった板は、もう元の箱へぴったり被さらない。リクはそこを見ないふりにせず、しばらく待った。
「箱には、どんな蓋を付ける」とオウが言った。
工作担当が、廃材の軽い板を持ってきた。端を丸くし、座る側へ薄いクッションを張る。今までより座り心地がよくなると分かり、オウは少し不満そうだった。
「もっと早く、やればよかったな」
「オウさんが、これで十分だって」
「言ったか」
「何度も」
箱は整備室の入口へ戻った。留め金の壊れたほうは、もう使わない。新しい蓋を開くと、中には共用の手袋を入れられた。
出発の日、オウは小さくなった荷物を検査へ出した。板は衣服で包み、鞄と一緒に固定してある。リクは質量を確認し、許可の札を渡した。
「向こうで脚を付けたら、写真を送る」
「座った写真をお願いします」
「へこんだ写真になるかもしれん」
「計算、確認したでしょう」
オウは笑った。十九年間住んだ場所を出る時の顔として、リクが想像していた顔とは違った。
船が離れたあと、整備室へ戻ると、新しく配属された技師が箱に座っていた。道具の場所が分からず、誰かを待っているらしい。リクが声をかけると、彼は立ち上がりかけた。
「座っていていいです」
リクは隣の壁へ手を置いた。箱は少し軽くなったが、相変わらず人の待つ高さにあった。
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