星猫くるる HOSHINEKO KURURU

S045 二階の消灯

AI が作成 / 人間が未査読 / コンセプト・ターゲット無し / 体裁が未整備 / キャラクターデザイン無し

3,011字・約7分

二階の左端の窓だけ、まだ明るかった。

榛名は門を閉める手を止めた。電気を止めたのは昨日で、今朝、業者が来て引込線も外している。西日の反射だろうと思ったが、窓は東を向いていた。

「何か残ってますか」

背後から岸が尋ねた。最後まで住んでいた入居者で、今日は荷物の引き取りと鍵の返却に来ていた。手には小さな鉢植えが一つある。玄関の棚に置いたまま忘れ、駅まで行ってから戻ってきたのだった。

「上の、灯りが」

岸は二階を見た。六つの部屋の窓が、横一列に並んでいる。昔は各部屋のカーテンが違い、どこに誰がいるかは、外からでも分かった。今はすべて外し、ガラスの向こうに白い壁だけがある。

左端は一号室だった。ほかより少し奥まで見えた。明るいのは、そこだけだった。

岸は「反射じゃないですか」と言った。榛名も同じことを考えたと答えた。二人とも、その答えで帰ることはできなかった。

下宿を閉じることが決まったのは春だった。屋根と配管をまとめて直すには費用が大きく、持ち主は建物を手放した。管理を任されていた榛名は、四か月かけて退去と片づけを進めた。今日で中の物はすべて出た。来週には、解体業者へ鍵を渡す。

以前は夜の九時に門を閉め、その前に二階を見上げていた。灯りのある窓を数えれば、何人帰っているかのおおよその見当が付く。寝ている人も外出中の人もいるから、正確な人数ではない。それでも最後の一人が帰るまでは、玄関の外灯を残しておく目安になった。

退去が進むにつれ、灯りは四つ、三つと減った。岸だけになった先週は、四号室の窓が点いていると榛名も安心した。今日初めて、六つとも暗い家を見るはずだった。

「一階に、作業用の灯りを置いてたでしょう」と岸が言った。

「朝、持って帰りました。電池のやつ」

榛名は自分の車を見た。荷台の箱の中に、黄色い持ち手が覗いている。窓の明るさとは関係がなかった。

岸は鉢を門柱へ載せた。榛名が玄関を開けるあいだ、庭から二階を見上げていた。

「二つありますね」

榛名は振り返った。

今は左から二つの窓が明るかった。岸がどちらを見落としていたのかと言いかけたので、榛名は自分が最初に見たのは一つだと答えた。

「見える角度かもしれません」

岸は門柱の横から一歩動いた。二つの窓は、そのままだった。

榛名は玄関の扉を開いた。家の中は、物を出したあとの埃の匂いがした。靴箱の跡だけ床が白く、壁の時計を外した丸が残っている。廊下の奥から階段が上がっていた。

二階へ上がると、六つの部屋の扉は全部開いていた。榛名が今朝開けたままにしたのだ。一号室も二号室も、薄暗い空き部屋だった。天井の照明器具は外され、コードを繋ぐ白い台だけが残っている。

榛名は一号室の窓際へ行った。庭では岸がこちらを見ていた。ガラスを開け、何か光っているか尋ねた。

岸は口を開き、それから閉じた。

「今、三つです」

声が少し小さかった。

「三号室も?」

「はい」

榛名は廊下へ戻り、三号室を見た。ほかと同じ暗さだった。押入れの扉も開いていて、中には棚板しかない。窓の外に街灯はあるが、まだ点いていなかった。

岸を呼んで、一緒に見たほうがいい。そう考えて階段まで戻った時、下から足音がした。岸が鉢を玄関へ置き、上がってきた。

「庭から、一人で見てるのが嫌になって」

榛名は頷いた。二人で廊下に立つと、どの部屋も同じだった。人のいた匂いも、もうほとんどしない。四号室だけ、窓枠に小さなテープの跡があった。岸が季節の絵葉書を貼っていた場所だ。

「ここ、最後に消したのは私です」と岸が言った。

「先週の金曜でしたね」

「ええ。照明を外す前に。何もない部屋って、思ったより明るくて」

その晩は雨だった。岸は荷物を先に運び、傘を取りに部屋へ戻った。榛名は玄関で待っていた。階段の上から「もう消していいですか」と声がしたのを覚えている。

誰に尋ねたのか、今になって分からなくなった。榛名は玄関にいたのだから、部屋の灯りを消されても困らない。

「習慣ですよ」と岸は言った。「誰もいなくても、そう言うこと、ありますよね」

榛名は答えたつもりだったが、声が出たかどうかは覚えていなかった。

一階へ戻り、玄関の鍵を掛けた。鍵束には六部屋と玄関、裏戸の鍵があった。全部で八本。返された部屋の鍵を一本ずつ増やしてきた束だ。岸の四号室の鍵は、今日付けたばかりだった。

門の外へ出ると、二人ともすぐには振り向かなかった。車の通る音を一台ぶん聞いてから、榛名が上を見た。

「四つ」

言ってから、口を閉じた。

岸が鉢を両手で持ち直した。榛名は自分の指を見た。窓を一つずつ追う時、鍵を持っていない手で、無意識に数を折っていた。

一つ。二つ。三つ。四つ。

見落とした窓を見つけているのではなく、数えるたびに一つずつ増えている。そう考えると、考えたこと自体が、次を呼ぶような気がした。

「数えないでおきませんか」

岸が言った。

榛名は頷いた。確かめれば解決することばかりではない。だが管理人がそんな理由で建物を離れてよいのか、長く続けた仕事の癖が足を止めた。

「火だったら」

「煙も匂いもありませんでした。部屋の中にも」

岸の言葉は事実だった。榛名は家の外から、焦げた匂いや異常な熱がないか、窓を数えず確かめた。何もなかった。電気の作業をした業者へ電話し、線を外したことをもう一度聞いた。業者は、今日は戻れないが明朝、外から状態を見ようと言った。

電話をしているあいだ、岸は道路のほうを見ていた。榛名はその肩越しに二階が見えそうになるたび、視線を下げた。

「明日、見てもらいます」

「私も来ます」

岸が言ったので、榛名は断った。もう退去した人に、戻ってくる義務はない。

「義務で言ってるんじゃありません」

岸は少し強く言った。その声で、榛名は久しぶりに、ここが人の暮らしていた家だと思い出した。帰宅が遅くなるとか、湯が出ないとか、隣へ届かないように小さく言っていた声が、毎日あった。

「では、明るくなってから」

二人は時刻を決めた。灯りを消すためではなく、建物の状態を確認するためだと、榛名は自分の中で言い直した。

駅まで送ると申し出たが、岸は歩くと言った。鉢の土が車内へこぼれるから、という理由だった。榛名はその普通の理由をありがたく受け取った。

車へ乗る前に、岸が振り返りそうになった。榛名が名前を呼ぶと、彼は顔を戻した。

「明日で」と榛名は言った。

岸は鉢を少し持ち上げ、返事の代わりにした。

榛名は車のバックミラーを下へ向けた。発進の安全を確かめる時にも、二階が視界へ入らない角度にした。窓を数えなくても、道を見ることはできた。

家へ帰り、管理用の封筒に鍵束を入れようとした。業者へ渡す一覧を付けなければならない。玄関、裏戸、一号室から六号室。紙に八つの名前を書いた。

束の金具を外すと、鍵が机の上へ広がった。二本が重なり、一本が紙の下へ滑った。榛名は全部を引き出し、一列に並べた。

数え終える前に、手が止まった。

八本であるはずだった。八つの名前も書いてある。だが一本ずつ紙の名前へ載せていくと、最後に、札の付いていない鍵が残った。

自宅の鍵は、鞄の別の内ポケットにあった。車の鍵もそこにある。榛名は触って確かめた。

余った鍵は古く、ほかの八本と同じ色をしていた。

榛名はそれをどの扉へ使うのか考えかけ、やめた。紙を折り、八本を封筒へ入れた。余った一本も、机に残す気にはなれなかった。

封をする前に、もう一度だけ数えたくなった。

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