S072 予報を貸す町

AI が作成 / 人間が未査読 / コンセプト・ターゲット無し / キャラクターデザイン無し / 体裁が未整備
6,673字・約14分
S072-1 S1 晴天の二字
葉折の町では、誰でも一日に一度、翌日の指定した一時間の天気を今日へ借りられた。借りる人は開始時刻と十メートル四方の場所を記し、その場所だけに一時間続けて翌日の天気を移す。途中で止めて残りを取っておくことはできなかった。
借りた天気は消費ではなく交換だった。翌日の同じ時刻、同じ十メートル四方には、借りた今日の天気がそのまま来る。晴れを借りたら、今日そこに降るはずだった雨を明日のその場所で引き受けることになった。
借りる権利は他人へ渡せず、一人の一回を分けて使うこともできなかった。複数の区画を隣り合わせにしても間の道へ天気は広がらず、町全体の天気は変わらない。三人が借りても、乾くのは三つの区画の、それぞれ一時間だけだった。
祭りの掲示から、晴天の二字が流れ落ちた。
予報係の澪は軒から腕を伸ばしたが、紙を外すより先に、天の字の下半分が手首へ貼りついた。開幕は十六時。まだ二時間あった。早まった雨は、広場の小さな舞台に置かれた腰掛けを、客の来ないうちから順に暗くしていた。
紙を抱えて集会所へ戻ると、連が梨の箱の覆い布を畳んでいた。六箱は台車に載ったまま、屋根の下にあった。依都は弦楽器の袋を椅子へ掛け、澪の手首を見た。
「天気が先に入場したね」
依都が言うと、澪は濡れた紙を机に広げた。祭りの題と時刻は残っていた。晴天とだけ書いたのは自分だった。町の空を借りるつもりはなくても、字のほうは町いっぱいに張り出していた。
「これ、捨てないで直す。四時に始めるのは変えない」
「梨も六箱、出す。持ってきたものは自分で戻すよ」
連は布の角を揃えて言った。雨を見て引き返すために、ここまで運んだのではない。その言葉を聞いても、澪は晴れの予定をそのまま押し通す気にはなれなかった。帳面を濡らさないよう机の奥へ寄せ、空いたところへ三枚の申込紙を並べた。
三人とも貸出の仕組みは前から知っていた。明日の十六時から十九時までが晴れなのも、今日の祭りの時間に雨が続くのも知っていた。集会所へ移せば雨に濡れずに過ごせる。知らなかったのは規則ではなく、自分たちがどの一時間を、どこに置けば満足して終えられるかだった。
「開幕の曲と、六時の終わりの曲は弾く。それは約束したとおり」
依都は楽器の袋の口を指で押さえた。
澪は最初の申込紙を机の乾いた側へ置いた。
開始時刻の欄に十六時と書いた。地図の舞台を囲む四角には、小さな舞台と客が立つ場所までが収まった。借主の欄へ自分の名を書きかけて、一度鉛筆を上げた。紙の上で晴れている場所へ、今なら雨の音も、人の足も、何でも入れられそうだった。
「まず開幕は、ここにしたい」
澪は二人へ四角を向けた。依都は舞台の端に指を置き、連はそれより少し手前の客の場所を見た。二人がうなずいたので、澪は名の最後の一画を書いた。まだ盤には入れない。残り二枚が白いままで、濡れた掲示の端から、水が一滴ずつ机の下へ落ちていた。
S072-2 S2 明日の雨の置き場
十四時半、澪は今日の予定表を地図の左に、明日の欄を右に置いた。左側へ鉛筆を運ぶのは軽かった。右側へ移すと、書く手が同じ手だということを妙にはっきり感じた。十六時の晴れと並べる文字は、楽器でも梨でもなく、雨だった。
「晴れの欄だけ先に埋めると、話が済んだように見えるね」
澪が言うと、連は机の端の水を布で拭いた。布の乾いた面がなくなる前に折り直し、地図から離して置いた。
「明日の箱の帰り道も、今日のうちに書いておこう」
依都は最初の申込紙の隣に、自分が弾く二つの時刻を指で示した。十六時と十八時。その間をどうするかは、まだ決まっていなかった。ただし、どの案でも明日の晴れがそのまま残ることにはならない。
澪は地図の余白に、翌日の三つの雨を書き込んだ。
十六時、舞台。十七時、入口。十八時、舞台。後ろの二つには小さく仮と付けた。地図の四角を青く塗る代わりに、時刻を一つずつ書いた。同じ舞台でも二つの雨のあいだには一時間の晴れがある。紙の上で重ねてしまうと、その一時間まで失ったように見えた。
連は右側の入口を見て、梨の箱ではなく、自分の明日の予定を話した。
「棚の片付けは午前に済ませる。午後は休みにしてあったけど、十六時には来られる。腰掛けを運んで、それから空箱を引き取る」
澪は手伝いを頼むより先に、休みという言葉を聞いていた。連の果樹園へ雨が移るのではない。それでも、入口に来るための時間は果樹園から出さなければならなかった。
「晴れを借りるのは一時間でも、予定を動かすのは一時間で済まないね」
「済まない。だから今日、六箱をちゃんと出したい」
連の声は穏やかだったが、澪には値引きの言葉には聞こえなかった。明日の休みを祭りの晴れと交換することは、貸出盤の働きではない。連が自分で決めようとしていることだった。
依都は明日の十八時に書かれた舞台の文字を見た。
「そこで練習するつもりだった。明日は集会所で弾くよ。音が違うから同じ練習にはならないけど、二人にも聞いてもらえる」
澪は二人が出した予定を、雨の欄の下に小さく記した。棚仕事は午前、腰掛け、空箱、屋内の曲。こうして書くと、貸出の裏側に人の名前が残った。盤へ紙を差すだけでは現れない文字だった。
濡れた掲示を新しい紙で隠すのはやめた。澪は晴天の跡の隣へ、開幕と終曲は広場、間は集会所、と書き足すための余白を探した。全部乾くとは書けない。それなら、雨を通るところまで案内する必要があった。二人はその紙を押さえてくれたが、まだ文字は書かなかった。十七時に入口を選ぶかどうかが、白い申込紙二枚の上に残っていた。
S072-3 S3 乾かない道
十五時、三人は軒から舞台を見た。入口から広場へ続く道の石は光っていた。澪が地図で引いた線には濡れる厚みがなかったが、そこを実際に歩けば、靴の縁に雨が届く。舞台を一時間ずつ延ばす案なら、客はその道を往復しなくても済む。その代わり、六箱を運び入れる入口は濡れたままになる。
依都は舞台と入口のあいだを、指でゆっくりなぞった。
「三人分あっても、この道まで三時間乾くわけじゃない。私の六時は舞台に置きたい。連の五時まで舞台に置くと、梨を入れる場所がなくなるね」
誰かの見落としを正す口調ではなかった。知られた線を指で確かめ、そこに客と台車を置き直す言い方だった。澪は舞台だけを三時間続けて借りた地図を想像した。曲の途中で雨を見ることはない。けれど連は、屋根の端で布をかけたり外したりしながら、自分たちの曲を聞くことになる。
「私の五時は、入口にしたい」
連は白い紙を取った。
「箱を開けるところが乾けば、棚に入れやすい。道は布で覆って運べる。戻る箱もここにまとめておけば、明日迷わない」
連が話すあいだ、澪は依都の返事を待った。依都は袋から楽器を出さず、椅子を入口から少し奥へ動かしてみた。棚と壁の間に、人が立って聞ける場所があった。
「五時はここで弾く。外へ聞かせる音じゃなくて、梨を受け取る人のそばで鳴る音になる」
「一時間の休憩にしなくてもいい?」
「休符はあっていい。でも祭りを空白にはしたくない」
澪は屋内の時刻を予定表へ加えた。晴れの時間だけを祭りと呼べば、雨の一時間は人が待つためだけの時間になる。梨を出す連の手と、依都の音があるなら、そこも客が居てよい場所だった。
三人は机へ戻った。連は十七時、入口の四角、自分の名を記した。依都は十八時、舞台の四角、自分の名を書いた。澪の紙と並べると、開始時刻だけが一時間ずつ先へ進み、場所は行って戻っていた。
澪は明日の欄の仮を二つ消した。連の休みを消すことはできず、依都の屋外練習も欄に戻らない。鉛筆の消し跡はそれを軽くしてはくれなかった。だから手伝いの文字は残し、雨と一緒に見えるようにした。
三枚を据付の貸出盤へ入れるとき、澪は自分の紙だけを持った。連と依都も、それぞれの名を確かめてから差し込んだ。役所の窓口に立つ日なら澪が全部を預かることもあったが、今日は三人で祭りを作っていた。手は三つ必要で、名前も三つ残った。
掲示へ書き足した案内を、澪は元の位置へ戻した。字のにじんだところは隠さなかった。紙の下に雨が落ち、軒の外に細い線を作っていた。乾いた舞台へ行くにも、その線を一度越えなければならなかった。
S072-4 S4 雨の中の休符
十六時の針が重なったとき、舞台の床から雨の音が消えた。空全体が明るくなるのではなかった。区画の外では腰掛けの陰へ雨が落ち続け、そのすぐ隣で、木の床に柔らかい光が載った。澪は地図の線ではなく、その境目を見て、借りた一時間の開始を帳面へ記した。
依都は楽器を抱えて舞台に上がった。最初の一音は、周りの雨の細かい音より低かった。澪には、雨を止めたというより、その真ん中に聞く場所を置いたように思えた。客は道で閉じた傘を区画の端で畳み、光の中で頭を上げた。
連は客の後ろに立っていた。台車はまだ集会所の屋根の下だ。六箱を置いて聞きに来た連の両手が空いているのを見て、澪は開幕の時刻を守ったことに、初めて少し安心した。案内したとおりに人が来ても、始まる音までは帳面から出せなかった。
曲が終わるたび、依都は弦から手を離して客を見た。乾いた場所の外で雨音が続くので、拍手が途切れても静かにはならなかった。客はその音も聞き、次の曲が来ると楽器へ顔を戻した。
十七時の少し前、澪は入口へ先に戻った。連が台車に布をかけ、四隅を箱の下へ折り込んでいた。舞台へ戻って終わりを告げると、依都は最後の音を短く切らず、弦の震えが落ち着くまで待った。晴れを延長できないことは、終わりを急がせる理由にはしなかった。
やがて床の端に、一滴目が落ちた。客が傘を開いた。澪は道へ出て、集会所の入口を指した。同時に入口の四角から雨が消えたのを、連が確かめた。
「こっちは始まった。布を外すのは着いてからでいい」
連と澪は台車を押した。道は雨のままで、車輪が石の継ぎ目を越すたび、覆い布に溜まった水が横へ流れた。依都は楽器を袋に入れ、客と同じように傘の下を歩いた。晴れの場所から晴れの場所へ行くにも、濡れる足取りが必要だった。
入口で連は布を外した。箱を一つ開け、梨を屋内の棚へ出した。澪は次の箱を渡し、空いた箱を積み重ねた。六つ数えてから、連は台車を壁へ寄せた。腕を曲げていた時間が終わり、連の肩がゆっくり下がった。
依都は奥の椅子に座って弾き始めた。舞台の音よりも、弦を押さえ直す指の音が近かった。客が梨を受け取るときの礼と、短い曲の切れ目が重なった。澪も一切れ受け取り、入口の明るさを見ながらかじった。雨から帰った人の袖はすぐには乾かなかったが、ここではその袖を隠す必要がなかった。
連は空箱を棚へ置き、六つあることをもう一度確かめた。明日の入口の雨を澪へ確かめると、澪は十七時、と答えた。今日の箱が空になるほど、明日の仕事は数えやすくなった。祭りを続ける音のそばで、片付けの形が少しずつ出来ていた。
S072-5 S5 一時間の終曲
十八時の前に、依都は楽器を袋へ戻した。客は梨の時間が終わったのを見て、傘を手にした。連は六つの空箱へ覆い布をかけた。外へ出すためではなく、明日まで屋内の棚に残しておくためだった。
澪は舞台へ歩いた。濡れた道は昼と同じ道だったのに、往復した足のぶんだけ短く感じられた。依都が隣を歩き、連が少し後ろから、集会所に忘れ物がないか振り返った。澪は時刻を見て、区画の内側へ一歩入った。
十八時、今度は依都の名で光が戻った。入口の晴れが終わったので、集会所の軒先では水がまた細く垂れた。二つの場所が同時に乾くわけではない。そのことを確かめてから、澪は客へ手を振った。
客の靴は濡れ、畳んだ傘の先から水が落ちた。舞台の床は乾いている。それぞれの足元が違うまま、皆が同じ曲を待っていた。連は腰掛けの端へ座り、澪に隣を空けた。
「六箱、出せたね」
澪が言うと、連は両手を膝へ置いた。
「帰りは明日。でも、今日出す約束は済んだ」
依都は舞台で楽器の弦に触れた。客が話す声は小さくなり、雨の音が残った。開幕と同じ場所なのに、澪は先ほどより細い音まで聞いた。屋内で弾く手を近くから見たあとでは、指が動くたびに、音の前にある動きも思い浮かんだ。
終曲は明るく始まって、途中で一度、低い弦だけになった。澪はそのあいだに、今日の晴れの残りを数えたくなった。けれど時計へ目を向けるのをやめ、連と同じように両手を膝に置いた。曲を聞いている客に、係が先に帰り支度を始めて見せることはしたくなかった。
最後の音が消えると、依都は楽器を膝から離して礼をした。澪は立ち、今日の祭りが終わったことを告げた。客が区画を出て傘を開くたび、晴れの中の人数が減った。十九時の針へ届く前に、舞台の上に残ったのは三人だった。
依都が袋の口を閉じ、連が腰掛けを軒へ寄せた。十九時、床に雨が戻った。澪は帳面の今日の欄に終了と書いた。祭りを続けたことと、天気を借りた時間が終わったことを、一つの丸で済ませず別々に記した。
「明日、四時にここで」
連が言った。
「六時は集会所で弾く。明日の曲まで、今日の終曲に入れないでね」
依都の言葉に、澪は笑って帳面の頁をめくった。明日の欄はまだ閉じられなかった。今日の客がいなくなっても、三人がここへ戻る約束は残っていた。
掲示を外すと、晴天の二字の跡は乾きかけていた。書き足した道順は読めた。澪はその紙を畳まず、集会所の机へ運んだ。祭りを晴天で行った記録にはならない。晴れの一時間を三つ置き、そのあいだを雨の道でつないだ記録にはなった。紙の端の波打ちも、今夜はそのまま残してよかった。
S072-6 S6 返したあとの空
翌日の十六時、舞台の十メートル四方に雨が来た。周りの広場には日が当たっていた。澪は帳面を胸へ抱え、昨日自分の名を書いた紙の区画を見た。借りた雨ではなく、交換で戻った昨日の雨だった。明るい広場からここだけを見れば、今日も祭りを開くには惜しい空き場所だった。
連は約束の時刻に来た。果樹園の棚は午前に片付けたという。休みを取り戻したとは言わず、軒の腰掛けを持つために腕まくりをした。依都も楽器の袋を集会所に置き、舞台へ来た。
「片方、持って」
連が澪へ声をかけた。二人で腰掛けを上げると、依都が前を歩いて集会所の入口を空けた。雨の区画を一歩出れば、道は晴れていた。昨日と反対に、澪の袖だけがしばらく雨を覚えていた。
集会所に腰掛けを下ろし、澪は十六時の欄へ開始を書いた。連は空箱の棚を見上げて六つ数えた。昨日、梨を取り出すときにした数え方と同じだったが、今日は受け取る客がいない。依都は箱を下ろす場所を空け、曲の前に手を使った。
十七時、舞台の雨が止んだ。入口に雨が来た。澪は軒から二つの場所を見比べ、時刻を帳面へ記した。台車を入口の手前へ寄せてから、三人で六箱を棚から下ろした。入口を通るあいだだけ布をかけ、出たところで外す。連が入口へ運び、澪が屋内で受け、依都が次の箱を手前へ寄せた。
乾いた箱の角も、雨に触れた布も、昨日と別の道具ではなかった。昨日は梨のためにこの手間を減らした。今日は空箱に同じ手間をかける。その違いを誰も損と呼び直さなかった。連は最後の箱を載せると、台車を集会所の奥へ戻し、布を広げた。
「これで六つ。帰るときは全部持っていく」
澪はうなずいた。昨日の約束の残りが、箱の数と同じくらいはっきり閉じた。明日の雨まで書いたときには、長く見えた一日の終わりだった。
十八時、入口の雨が止み、舞台にもう一度雨が来た。依都はそこで練習する代わりに、集会所の椅子へ座った。広場へ向けて開いていた窓を、そのままにした。外には晴れた道と雨の舞台が見えた。澪と連は腰掛けに並んだ。
「今日は、二人に聞いてもらう曲」
依都はそう言って、昨日の終曲とは違う短い曲を弾いた。屋外なら遠くへ消える音が、棚と壁のあいだに留まった。澪はそれを代わりの晴れとは思わなかった。依都は練習する場所を失い、連は午後の休みを使った。それでも、ここへ来る約束を守った三人の時間には、雨の返却とは別の音があった。
十九時、最後の雨が止んだ。依都はもう弾き終えていた。澪が窓で舞台を確かめると、乾く途中の床に夕方の光が載っていた。帳面の三つの雨の欄へ、一つずつ終了を書いた。今日の晴れの欄には何も申し込んでいない。これから出る道の空は、そのまま使ってよかった。
連が六箱の台車を押し、依都が楽器の袋を肩へ掛けた。濡れて波打った掲示紙を澪は机の上へ残した。片付いた祭りの紙として、明日からも読めるところに置いた。
澪は帳面を閉じ、借りていない空の下へ、二人と並んで出た。
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