CHARACTER
天導一臣
所属作品:天導ルリカ
本の頁をめくる長い指と、短い返事。天導一臣は、『天導ルリカは生まれるのを止めた』に登場する、瑠璃の六歳上の従兄です。天導家の分家に生まれ、父は貞光。背が高く、まっすぐな眉を持つ無口な青年で、一臣編の初めでは詰襟の学生服を着て、本家の廊下で読書をしています。話す言葉は少なくても、本を貸すときの置き場所や、質問への答え方には、相手を見る細やかさが表れます。
家の取り決めと、目の前の相手
瑠璃との婚約が家の取り決めとして語られる一臣。けれど、一臣編で二人の距離を近づけるのは、まず本についての会話です。第一章で十歳の瑠璃に「天導さん」と呼びかける姿には、年下の従妹にも大人と同じ呼び方をする律儀さがあります。部屋を出てきた彼女を叱らず、尋ねられると本を閉じ、少し考えてから答える。家の大人たちが話す扉の外で、二人は長椅子に並びます。家の中で与えられる立場と、直接言葉を交わす相手としての姿を、別々に見ていける人物です。
重い本を、手の届く高さへ
第一章で一臣が置いていくのは、革の背を持つ厚い『北方回航記』の上巻。北の海で船が氷に閉じこめられる話で、子ども向けの本ではありません。彼は、分からないところは飛ばしてよく、訊かれたら自分が答えると伝えます。本を渡すときも、瑠璃の膝に載せるのでなく、座ったまま手を伸ばせる低い棚へ。「重いから」という一言と置き場所が、長い励ましの代わりになります。読めるかどうかを先に決めず、読むための助けを差し出す場面です。
分からない、と言える人
第二章では、瑠璃がノートに書き写した航海の言葉を、一臣に尋ねます。彼は一つずつ答え、知らないものには「それは私も分からない」と言います。次に来たときには、調べた答えを紙に書いて持ってくる。細く右上がりの字と、「調べた」という短い言葉が残ります。年下の前で知ったふりをせず、次の会話までに調べてくる。その誠実さを、説明よりも紙一枚のやり取りから知ることができます。
頁を汚さない「本の菓子」
第三章の縁側では、ビスケットの粉や指の脂が本につくのを気にする一臣を、瑠璃が見ています。工夫して焼き直した菓子を渡すと、彼は読書を続けたまま食べ、皿が空になって初めて顔を上げます。「これは、本が汚れない」と確かめ、まだ名前のない菓子を「本の菓子」と呼ぶ。大げさな褒め言葉のない応答が、作った側には特別に響きます。本に集中する横顔と、相手の工夫を受け取る短い言葉に、一臣らしさが見える場面です。
作品を読む
作品ページの「物語を読む」から、読む入口をご案内します。1.0版のPDFを公開しています。一臣編では、本と菓子をめぐる会話から、瑠璃との距離をたどります。