カードアース
シックス編 第三章後編
シックス編 第三章後編
「みなさんこんにちは、シックスです。五月五日、こどもの日のセックをやっていきたいと思います」
「今日の企画はメイド喫茶だ」とサナナ。
『は?』
『こどもの日の要素は?』
『先月から聞こうと思ってたけど、セックの選定基準どうなってるの』
もっともな質問である。俺も打ち合わせで同じことを聞いた。サナナの回答は、こうだった。
「いいか。こどもの日ってのは、こどもを労う日だ。労うとは、奉仕するということだ。奉仕といえば、メイドだ。以上、論理的につながった」
『つながってない』
『二段目からもう怪しい』
「セックとは心の持ちようって、先生も言ってた」とマイ。
『先生は言ってない』
『悪用されるアーネ先生』
というわけで、メイド喫茶である。会場はギルドホーム(先月、少し広い物件に引っ越した。家賃はギルド金庫から出る。金庫の中身はほぼ俺の配信収益なので、実質俺が家主だが、誰もその話はしない)。
衣装のお披露目から、配信は始まった。
まず、マイ。クラシックな黒のロングメイド服に、白いカチューシャ。翼は背中の切れ込みから出す仕様である。
『似合う』
『正統派だ』
「でしょ。……言っとくけど、あたしはこどもの日を『祝われる側』じゃないから。十八歳、成人済みだから。労う側だから」
「はいはい」
「流すな!」
次に、アーネさん。同じ型のメイド服のはずなのに、着ると「メイド長」にしか見えなかった。歩き方と、お辞儀の角度のせいだと思う。
「お帰りなさいませ。ふふ、こういうの、一度やってみたかったのよねえ」
『メイド長だ』
『四百年くらい仕えてそう』
『新人メイドの憧れの人』
俺は、執事服だった。筋骨隆々に燕尾服である。
『番長が執事に』
『用心棒では?』
『闇カジノの警備』
「コメント欄は今日も俺への敬意がない」
そして、サナナ。
出てこなかった。控え室(という設定の隣の部屋)から、ドア越しに声だけがした。
「……やっぱオレ、ホール担当じゃなくて厨房でいいだろ」
「衣装、もう着てるんだろ。出てこい」
「着たけども! 着たけどもだな!」
三分の押し問答の末に出てきたサナナは、エプロンドレスのメイド服で、髪に不釣り合いなくらい大きなリボンをつけていた。そして仁王立ちだった。メイドは仁王立ちしない。
『スケバンメイドきた』
『可愛いのに強い』
『新種』
「うるさいぞ全員。……で? 何をすればいいんだ、これは」
「メイド喫茶ですから」とアーネ先生……アーネメイド長が、にこにこと基本を説いた。「いらっしゃったお客様に、こう言うのよ。——お帰りなさいませ、ご主人様」
「ご主人様」
サナナが復唱して、それから固まった。
「……誰がだ?」
「俺も最初それを思った」と俺は言った。「なあ、ご主人様って、誰のことだ? この家、俺の家だぞ」
「おふたりとも」メイド長は動じなかった。「ご主人様は、画面の前のあなた、よ」
『おっ』
『こっち見た』
『急に照れるからやめろ』
なるほど、配信のメイド喫茶では、リスナーが客なのだ。俺は納得して、カメラ(に相当する視点)に向かって言ってみた。
「お帰りなさいませ、ご主人様がた」
『執事が板についてる』
『店長かと思った』
「ほら、サナナちゃんも」
「……っ、お、おかえり」
「おかえり、のあと」
「お帰り……なさい、ませ……」
「ませ、のあと」
「〜〜〜っ、無理! 言えるか! なんだこの語尾!」
サナナは真っ赤になってリボンごと頭を抱えた。コメント欄は『照れメイド』『尊い(今月二回目)』『ご主人様(未遂)』で流れ、切り抜き班が今夜も仕事をする気配がした。
接客練習として、握手会ごっこもやった。
画面の向こうのリスナーとは握手できないので、代表して俺が握手される側になる。まずマイ。標準デバイスなので、見た目は握っているが、手の圧は分からない。本人は「握手って、表情が九割だから」と言い張り、やたら眩しい営業スマイルを決めた。
『アイドル適性ある』
『握手の感触ないのに握手会できるの強い』
次にアーネメイド長。こちらは感触の有無以前に、所作が完璧だった。手を取る角度、離すタイミング、目線。俺は一瞬、自分が本当に客になった気がして、無駄に背筋を伸ばした。
「最後に、サナナメイド」
「なぜ最後にする」
「トリだから」
「そういうのを言い訳と言う」
サナナは渋々、手袋型デバイスの手を差し出した。握る。指先と手のひらの一部にだけ、妙に生々しい圧が返ってきた。腕の温度も、袖の布も、その先の肩も、ほとんどない。なのに、指だけは確かにそこにいる。
「……変な感じだな」
「だろ。手だけ現実に近くて、手首から先は急にゲームになる。だから余計に、手を離すタイミングが分からなくなる」
『手袋勢のリアル』
『握手会に急にSFが来た』
「ちなみに」とサナナは握ったまま言った。「この状態で『ご主人様』を言えと言われると、逃げられないので無理です」
「逃げ道が感覚にあるのか」
「ある。すごくある」
ためしに、俺はサナナの手を、ぐ、と押してみた。俺の側には、押した手応えがある。サナナの側には——
「あー、うん。触られてるのは分かるけど、押されてない。オレの腕、下がらないもん。皮膚は騙せても、腕の重さまでは騙せないんだよな、手袋は」
「押し相撲は成立しないわけだ」
「成立しない。だから体感勢と腕相撲すると、こっちだけ無敵で、そっちだけ真剣になるという、世界一不毛な勝負になる」
『やってみてほしい(不毛なやつ)』
『来月の企画候補』
——営業(ごっこ)のあとは、柏餅の時間だった。
メイド長の手作り(丁寧なミニゲーム)の柏餅が、人数ぶん並ぶ。つやつやの餅に、大きな柏の葉。
ここで、あの論争が勃発した。
「いただきま……マイ、お前、葉っぱごといったな?」
「え? 食べるものでしょ、これ」
「剥くんだよ! 桜餅と間違えてるだろ! いや桜餅も葉は好みが分かれるが!」
「もう飲み込んじゃったんだけど!? ……べつに、味しないからいいもん。あたしのデバイス、味出ないし」
「俺のは出るぞ。ちなみに葉は」
俺は検証のため、二個目の柏餅を、あえて葉ごとかじってみた。
餅の甘さの向こうから、葉の青い渋みが、じわっと来た。筋っぽい繊維が歯に残る。忠実である。忠実すぎる。
「……渋い。あと、硬い。剥け。剥くのが正解だ」
『体感勢の食レポ、信頼できる』
『葉の渋みまで再現すんな運営』
『無駄に律儀な仕様』
「味が出るの、やっぱりずるいなあ」とマイが唇を尖らせた。「あたしも味のデバイス欲しい。おいしいって顔で食べたい」
「マイちゃんは、顔はもう、おいしそうに食べてるわよ」とメイド長。
「顔だけかあ」
剥いた柏餅は、素直にうまかった。こしあんの甘さが、緑茶(これも再現される)と合って、腹の底にことりと落ちる。俺の身体は今日も、この世界の飯と相性がいい。
——後半は、こどもの日の工作、折り紙イベントだった。
運営の季節イベントで、街の広場に大きな折り紙コーナーが出ている。指定の手順で紙を折ると、かぶれるサイズの兜が完成する仕組みだ。これがまた、触覚デバイス勢に人気の企画らしい。
「これな、指先の検証にちょうどいいんだよ」とサナナが手袋の指をわきわきさせた。「紙の折り目って、感触が細かいだろ。デバイスの性能がモロに出る」
やってみると、たしかに面白かった。
俺の指は、紙の角も、折り目の筋も、ぜんぶ拾う。サナナの手袋も、指先だけは俺と同じ解像度らしい。ただし。
「あー、くそ、手のひらの真ん中だけ感覚が薄い。手袋の縫い目の位置なんだよな、ちょうど。……あと白状すると、さっきから指先も鈍い。長丁場で手汗をかくと、感度が落ちるんだ、これ」
「直せないのか」
「校正し直せば戻る。三十秒かかる。折り紙の途中で三十秒の沈黙に耐えられるか?」
「配信的には無理だな」
「だろ。だから手袋勢は、汗と共に生きるんだよ」
「じゃあ、そこは俺が押さえる。お前は角を合わせろ」
流れで、一枚の紙を二人で折ることになった。俺が右半分、サナナが左半分。角を合わせ、折り目を押さえ、互いの指が紙の上でぶつかっては、どく。
「……おい、そこ、オレの指」
「紙かと思った」
「紙とオレの指を間違えるな」
『共同作業だ』
『けっこん!』
『気が早い』
「うるさい黙れ手が狂う!」
完成した兜は、左右で折りの深さが違う、不格好な一品になった。俺はそれを、いちばん近くにいた頭に、ぽすんと乗せた。
マイの頭だった。
「こどもの日、おめでとう」
「だーかーら! あたしは祝われる側じゃ——」
マイは怒って、翼を膨らませて、それから、ちらりと画面(の向こうの反応)を見た。
『似合う』
『若武者マイちゃん』
『かわいい』
「…………まあ、今日だけだから」
結局、脱がなかった。配信が終わるまで、ずっと。
——締めの挨拶の前に、メイド長がお茶を淹れ直しながら、しみじみ言った。
「にぎやかな、いいこどもの日でしたねえ。……大人ばかりで、こどもはひとりもいないのに」
「大人には、ごっこが必要なんだろ」と俺は先月の受け売りを返した。
「ふふ。よく覚えていました。花丸」
花丸をもらったところで、締めである。
「えー、シックスログ、こどもの日のセックでした。来月は六月六日——」
「シックスの日だ」とサナナが引き取った。「六が重なる日。つまり、うちのギルドの創立記念……的な、あれだ。企画はもう決めてある」
「聞いてないぞ。何をやるんだ」
「全員、花嫁衣装」
「は?」
『は?』
「詳細は来月! ご主人様がた、お帰りはお気をつけて!」
言い逃げだった。メイドは言い逃げしない。