星猫くるるHOSHINEKO KURURU

カードアース

シックス編 第四章前編

シックス編 第四章前編

「みなさんこんにちは、シックスです。六月六日——シックスの日のセックを、やっていきたいと思います」

「六が二つ重なるおめでたい日、つまり、うちのギルドの記念日だ」とサナナ。

『どういう理屈?』

『シックス+シックスの日か』

『セックとは心の持ちようだからな』

『信者が増えてる』

 ちなみにギルド「ハーレム」は、この半年でずいぶん人が増えた。常連リスナーの加入組——節分の鬼役だった検証の人を筆頭に、いまや在籍二十名を超える。ハーレムという名前の圧に負けず加入してくれた勇者たちである。

「で、記念日の企画はこれだ。——全員、花嫁」

「先月の予告から一か月、俺はずっと考えてたんだが」と俺は言った。「全員って、どこまでだ」

「全員は全員だ。ハーレムなんだから、全員が花嫁だろ。男も含む」

『字義どおりで草』

『鬼役さんも?』

『鬼役さんも花嫁』

 というわけで、衣装の手配から話は始まった。

 ——この世界には、「仕立て屋」という遊び方がある。

 プレイヤーが自分で衣装をデザインして、審査を通して登録し、店を開ける仕組みだ。聞けば、前の時代のゲームから続く文化らしい。壁に飾られた「登録証」の額が、その系譜の証なのだそうだ。ただ、この時代の衣装は、見た目だけの登録では済まない。布の重さ、裾が脚に当たる感じ、風をはらんだときの引っぱられ方——着心地まで込みで、一着なのだという。街の職人通りには、そういうプレイヤー仕立て屋の看板がずらりと並んでいて、腕のいい店は予約が数か月待ちだという。

 俺たちが訪ねたのは、サナナが調べてきた、通りの奥の小さな工房だった。

「いらっしゃいませ。……これはまた、大所帯ですね」

 出てきたのは、上品なお姉さんだった。柔らかく笑ってはいるのに、視線は職人のそれで、入ってきた全員の肩幅と歩き方を一瞬で測っているように見えた。明るい色の髪に、瑠璃色の髪留めがひとつ、静かに光っている。頭上の名前は、セシリア。工房の壁には、ドレスの設計図がびっしりと貼られている。

「ご注文は?」

「花嫁衣装を、二十三着」

「二十三着ですか」

 セシリアさんは、驚くというより、面白がる顔をした。

「にぎやかな結婚式ですこと」

「結婚式じゃなくて、記念日です。全員が花嫁になる日なので」

「……ふふ。理屈はよく分かりませんけど、素敵ね。お引き受けします」

 採寸が始まった。ゲームの中の採寸は、本当は数字を読むだけで済むらしいのだが、セシリアさんは一人ひとりの肩や袖に、ちゃんと手を添えて確かめていった。俺の番になって、袖のあたりに触れたとき、その手が、ふと止まった。

「……あなた、布の重さが、分かる方ね?」

「え?」

「いま、袖に触れたとき、腕が布の側に合わせて動いたもの。画面で見ている方は、こうはならないの。——体感の方でしょう。それも、手だけじゃなくて」

「……よく分かるな」

「採寸は嘘をつきません。仕立て屋ですもの」

 セシリアさんは、にっこり笑って、それ以上は何も聞かなかった。この人は、人の身体を見る職人なのだ。気づいても踏み込まない線引きまで、仕事のうちらしかった。

「なら、あなたのドレスは、裾を少し重めにしましょうね。重さが分かる人には、重さがごちそうだから」

『重さがごちそう』

『名言だ』

『服の味付けの話をしている』

 コメント欄の言うとおりだった。この人は布の形だけでなく、布の感じを仕立てている。料理人が味を作るように。

 ——ただ一人、注文の列で首を振った奴がいた。

 マイだった。

「あたし、白いのは、いい」

「お? 花嫁ドレス、嫌なのか」とサナナ。

「嫌っていうか。……白って、誰かのものになる色じゃん。あたし、まだ、誰のものにもならないし。なるとしても、まず自分のものだし」

『名言?』

『新成人の主張』

「……なるほど」

 セシリアさんは、マイの顔をしばらく見て、それから設計図の束から一枚を抜いた。

「じゃあ、あなたはこれにしましょう。黒。総レースの、黒」

「……! いいの? 記念日に黒」

「黒はね、誰のものにもならない色よ。まだ、の色。とても良い色。——丈はどうする? 動きやすくする? あなた、じっとしてない子でしょう」

「わかる!?」

「ええ。服を見ると、だいたい分かります。——翼の付け根、見せてくださいな。総レースは翼穴の始末が命なんです。あなたの翼、畳んだときと広げたときで、付け根の幅がずいぶん違うでしょう」

「え、なんで分かるの!? あたしまだ翼うまく畳めなくて——」

「服は、身体の履歴書ですから」

 ——そして、シックスの日、当日。

 お披露目は、街の大聖堂前の広場を借りて行われた。二十三着の花嫁が、次々に登場する絵は、壮観というか、事件だった。

 アーネさんは、マーメイドラインの白。マーフォークがマーメイドドレスを着るという、本人いわく「一度やってみたかったのよねえ」の完全優勝。

 検証の人はじめ男性陣は、堂々の花嫁姿で、なぜか全員やたら姿勢が良かった。『花嫁(重装)』『ブーケの持ち方が盾』とコメントが流れた。

 俺は、白のドレスだった。筋骨隆々の花嫁である。

『番長の花嫁』

『いや、花嫁の番長』

『守りたい、この花嫁に守られたい』

「俺への敬意は今日もないが、今日はいい。記念日だからな」

 マイは、黒の総レースのゴスロリドレスで、翼と合わせると小さな夜みたいだった。本人は満足げに三回転して、コメント欄の『似合う』を全部保存すると宣言した。

 そして、サナナ。

 白無垢に、角隠しだった。

 ……これが、様になってしまったのである。赤い髪が白い布に隠れて、伏し目の横顔だけが出ていると、いつもの仁王立ちにおうだちの気配が消えて、ただ、静かにきれいだった。広場が一瞬、変に静かになったくらいだ。

「……なんだよ。笑うなら笑え」

「いや」

 俺は、素で言ってしまった。

「——きれいだな」

 サナナが、角隠しの下で固まった。コメント欄が『言った』『素で言った』『俺(素)が出たぞ』と沸騰した。しまった、と思ったが、遅い。師匠の教えに従い、俺ははぐらかしの構えに入ろうとして——

「〜〜〜っ、当たり前だろ! 誰が着てると思ってんだ!」

 サナナの立ち直りのほうが早かった。角隠しのまま仁王立ちに戻ったので、静かな美人は三十秒で終了した。皆がほっとした。ああいうサナナは、うちのサナナではない。

 ——集合写真は、地獄だった。

 二十三人の花嫁を五段に整列させるのに、二十分かかった。背の順で並べば翼が邪魔になり、翼をたたむと裾を踏み、裾を直すと誰かのブーケが誰かの角隠しに刺さる。アーネさんの「はい、そこの花嫁さん、半歩右よう」という誘導だけが頼りだった。撮影は、一秒だった。

 その一秒の直前に、セシリアさんが通りかかった。納品の確認に来たのだという。サナナが「せっかくだから先生も!」と呼び込み、俺は流れで、例の台詞を言った。

「セシリアさん。ハーレムに入ってくれ」

『出た』

『通算四回目』

『仕立て屋さんまで』

「急なお誘いですね」

 セシリアさんは、口元に手を当てて笑った。

「わたくし、愛する旦那様がいますのよ? ……でも、面白い巣ね、ここ。衣装係としてなら、入りましょうか」

『既婚花嫁』

『最強の肩書き』

 こうして、ハーレムに仕立て屋が加わった。あとで聞いたら、セシリアさんはうちの配信を前から少し見ていたらしい。「家の者がね、メイドの回で笑っていたものだから」とのことだった。家の人がいるのか。俺たちは、それ以上は聞かなかった。マイはそのとき、なぜか翼の先で口元を隠していた。何の仕草かは分からなかったし、聞くことでもない気がして、俺は流した。

 写真のあと、セシリアさんは黒いドレスのマイを目で追って、俺にだけ聞こえる声で言った。

「あの子、いい顔で黒を着るわね。……あの子は、誰かのお嫁さんになるより先に、やりたいことを見つける顔よ。あなた、それを邪魔しないであげてね」

「邪魔なんて、しないが」

「なら結構。——噂をすれば」

 振り向くと、マイがいなかった。

 正確には、広場の端で、ちょうど翼を広げるところだった。ギルドチャットに、短い文字が残っていた。

『ソロクエ見つけたから行ってくる! 黒のうちに! すぐ戻る!』

「おい、記念日だぞ、まだ配信中——って、もう飛んでるし」

「黒のうちに、って何よ」とサナナ。

「白じゃない今日のうちに、ってことだろ。……まあ、あいつらしいか」

 小さな夜みたいなドレスが、初夏の空に吸い込まれていく。着地の下手さは、もうすっかり直っていた。行き先を聞きそびれたことが、ほんの少しだけ、引っかかった。

「なあ、サナナ。あいつの行き先って、ログで分かったりは」

「配信中の公開ログと、本人が共有を許してる範囲なら、たどりようはある。マイは仲間内に居場所を開けてる側だから、たぶん、追える。……追わないけどな」

「だな」

「配信の外のあいつは、あいつのもんだ。うちはそういう店だ」

 それで、この話は終わりにした。追える世界で追わないのは、追えない世界で待つより、少しだけ覚悟が要る。

「えー、シックスの日のセックでした。花嫁は二十三人、いや、二十四人。ギルドに衣装係が入りました。来月は七夕です。それでは——」

「戻ったら説教な、あいつ」と角隠しのサナナが言い、

「戻ったら、裾を直します」と衣装係が笑い、

『マイちゃん、気をつけてー』とコメントが流れて、配信は終わった。

 ——「すぐ戻る」の続きを、俺はこの晩、確かめなかった。