カードアース
タクト編 第五章(2/2)
……どこかで読んだ文面だった。どこで読んだかは、考えるまでもなかった。俺だ。全部、七年前の俺だ。語彙まで俺だ。世界のどこかに俺の文面のテンプレが出回っているのかと思ったが、違う。怒れる客は、みんな自力で同じ文面に辿り着くのだ。あの頃のカミエさんの気持ちが、いま、内臓の側から理解できた。
「カミエさん。俺、あなたに謝りたいことが、月に四十件ぶんある」
「利子をつけて仕事で返してください。はい、今日のぶん、六百二十通」
珍しい問い合わせも、毎日来た。
『彼女がこのゲームで浮気していないか調べてください』——調べられません。運営はあなたの彼女の味方でも敵でもありません。
『キャラ名を却下されたのですが理由を教えてください』——お客様の申請された名前は、公序良俗に反するためです。具体的にどの部分が、というご質問については、お客様、それは、全部です。
『アップデートで仕様が変わったと聞いていない』——パッチノートに書いてあります。『パッチノートとは何か』——お客様……。
夜、家に帰ると、瑠璃が在宅の仕事を終えて、舞を風呂に入れている。俺は毎晩、湯上がりの娘に「きょうのゲームのおはなし」をせがまれた。二歳児に分かるように今日の六百二十通を要約する訓練は、のちのあらゆるプレゼンより、俺を鍛えたと思う。
「きょうはね、パパのゲームに、りゅうをたおしたひとが、いっぱいでした」
「りゅう! まいも!」
「舞はまだ早い。……そうだな、舞は」
——そうだ。この話を最後に書いて、この章を締めよう。
その年の冬、二歳の舞は、初めて自分でゲームの世界に入った。
CE2ではない。ラピスラズリだ。じいじの庭。子供が親と遊べる、やさしい2Dの庭。社長——じいじが孫のために作った特製アカウントで、舞はドットのひよこのキャラクターになり、画面の中をよちよち歩いた。
操作はまだ、おぼつかない。木に引っかかり、川に落ちかけ——ちなみに川に落ちる操作ミスは完全にじいじの遺伝である——それでも舞は、画面の中で、ママのデザインした子供服のドットを着て、パパのキャラクターの周りを、ぐるぐる回って笑った。
「ぱぱ、こっち! おはなさいてる!」
「ああ。……よく見つけたな。それ、ママが植えたやつだ」
一月十一日生まれの、うちの娘。ゲーム会社の娘で、ドット職人の娘で、じいじの庭の、たぶん最年少の住人。
この子が大人になる頃——十八になる頃、ゲームはどうなっているんだろうな、と、俺は病院の夜以来、二度目の同じことを思った。そのとき俺は、答え合わせの席にいられるだろうか。できれば、作る側の席で。
……なお、このささやかな願いは、およそ十五年後、「娘が『ハーレム』という名前のギルドに入りました」という形で、俺の想定の斜め上から回収されることになる。
人生は、パッチノートに書いていないことばかり起きる。