星猫くるるHOSHINEKO KURURU

カードアース

シックス編 第五章後編

シックス編 第五章後編

「みなさんこんばんは、シックスです。九月九日、重陽のセック——月見バーガーの回を、やっていきたいと思います」

「今回はガチの節句だ」とサナナが胸を張った。「九月九日、重陽の節句。菊の節句とも言う。伝統だ」

「なのに、なんで月見バーガーなんだ」

「九月はバーガー屋が月見を出す季節だからだ」

「菊は」

「菊は食いでがない」

『伝統どこいった』

『重陽(バーガー)』

『菊の立場』

 ちなみに菊の立場は、アーネさんが救済した。会場のテーブルには、アーネさんの活けた菊が品よく飾られ、菊の花びらを浮かべた盃(中身はぶどうジュース)まで用意されていた。菊は食いでがなくても、絵にはなる。

 月見バーガーは、街のバーガー屋(プレイヤー経営)とのコラボで、黄身がぷるぷるの特製が人数ぶん届いていた。かぶりつくと、黄身がとろりと崩れて、肉の脂と混ざる。うまい。腹に、ずしりと来る。

「はい、体感勢の食レポいただきました。……で、今夜はもう一個、目玉があるぞ。開封の儀だ」

 サナナが取り出したのは、白い箱だった。中身は、つばのない帽子みたいな輪っか。

 ——シックス・センス。

 発売されたばかりの、新型のデバイスである。曰く、六つめの感覚。曰く、五感では受け取れない情報を「勘」として知覚する装置。ネットの評判は「意味が分からん」と「世界が変わる」に真っ二つで、値段は眼鏡三本ぶん。つまり、配信向けだった。

 箱の横には、小さく注意書きがあった。これは心を読む装置ではありません。公開情報、許可された体感ログ、周辺の行動予測、装着者本人の視聴データを、感覚に変換するものです。——そう書かれている。書かれているのだが、「公開情報を勘として渡す」と言われても、正直、読む前より分からない。

「これを被ると、どうなるんだ?」

「知らん。だから開封配信なんだろ。ほれ、装着」

 俺は輪っかを頭に嵌めた。

 ……最初の一分は、何も起きなかった。何も起きないな、と思った瞬間——来た。

 言葉にするのが難しい。音じゃない。映像でもない。頭のすみっこに、短い文が「置かれる」感じ。読んだ覚えがないのに、もう読み終わっている感じ。

『(左後ろ、マイ、接近)』

「うわっ、マイ、後ろにいるな!? いま!」

「え!? なんで分かんの!? 完全に気配消してたのに!」

「分かるんだよ。頭に、書いてあった」

『こわい』

『第六感じゃん、ガチの』

『欲しくなってきた』

 それから三十分、俺は千里眼の気分を味わった。コメントの流れが速くなる三秒前に「来るぞ」と分かる。サナナが振るサイコロの目が、振る前にうっすら「見える」(体感六割)。アーネさんの淹れるお茶が、いつ吹きこぼれるか分かる(これは百発百中だった)。

 問題は、会話だった。

「なあシックス、次の企画なんだけど——」

「ハロウィンだろ。いいと思う」

「まだ言ってねえ!」

「頭に置かれたんだよ、もう」

「オレの発言を先読みして返事すんな! 会話が成立しねえだろ!」

『会話のネタバレ』

『先読み返事、嫌すぎる』

「あと、なんかたまに……お前の、その、言ってないやつまで、置かれそうになるんだが」

 サナナの動きが、止まった。

「……おい。それ、どこまで見える」

「見えそうになった瞬間に、輪っかの角度を変えてる。見てない。たぶん、ログと表情と、さっきからの会話の予測なんだろうけど」

「…………そうか」

「人の願いは、星だけが読めばいい。……心の声も、たぶん、同じだ」

「〜〜っ、当たり前だ! 読んだら殺す!」

 輪っかを外して、俺はもうひとつ、正直な感想を言った。

「あとな。これ、便利なんだが……途中から、どこまでが俺の勘なのか分からなくなる。マイが後ろにいるのに気づいたの、あれは俺か? 輪っかか?」

「両方だろ」

「両方って何だ」

「気づいたのは輪っかで、振り向いたのはお前だ。……深く考えるな。眼鏡かけてるやつに『見えたのはお前か眼鏡か』って聞かないだろ」

『眼鏡理論』

『でも眼鏡は会話の先読みまではしない』

『それはそう』

 コメント欄の言うとおり、である。眼鏡と呼ぶには、この輪っかは、少しだけ賢すぎた。

『えらい』

『読まない男、シックス』

『でもちょっと読んでほしかった(二回目)』

 後半は、この輪っかを使った「第六感かくれんぼ」で盛り上がった。鬼のシックスが輪っか越しの「勘」だけで、会場に隠れた三人+参加リスナーを探す遊びである。参加者は位置情報を輪っかへ渡すことに同意済みだ。結論、隠れる側まで輪っかを被ると勝負にならないことが分かり(『(右、樽の中、検証の人)』まで置かれる)、この遊びは輪っか一個限定というルールができた。

 コメント欄に、紫色の公式マークのついた一件が流れたのは、その最中だった。

『たのしそう! それね、わたしの世界の感覚に、ちょっとだけ似てます——くるる』

「クルルニャだ」

『本物?』

『公式マークついてる』

「……そうか。あの子は、味も、手触りも、この輪っかみたいに『置かれる』側で受け取ってるのか」

 六つめの感覚は、あの子にとっては、たぶん一つめなのだ。俺たちが輪っかで珍しがっている入口の向こうに、あの子はずっと住んでいる。そう思うと、この「勘」の妙なあたたかさ——情報のくせに、なぜか少しあたたかいのだ——の意味が、分かるような、分からないような気がした。

 ——さて。ここまでが、今夜の明るい話。

 ここからは、そうでもない話を、しなければならない。

 配信の締めぎわ、近況コーナーで、マイが翼を広げて宣言したのだ。

「聞いて聞いて! あたし、この一か月で——六キロ痩せました!!」

『おお?』

『何があった』

「アイドルへの道、一歩前進! ふふん、企業秘密はこれ!」

 マイが掲げてみせたのは、腹巻きだった。もこもこした、なんの変哲もない見た目の腹巻き。ただし、ゲームの外の——現実の身体に巻く道具だという。

「『まんぷく帯』! 有志の人が作ったやつ! これ巻いてゲームでごはん食べるとね、お腹まで、いっぱいになるの! 体感勢の満腹が、あなたにも——って宣伝の、あれ!」

 サナナが箱の説明書きを取り上げて、読み上げた。

「『本品は満腹感を発生させる機器ではありません。腹部リラクゼーションとマインドフルネスを支援するウェルネス機器です』。……で、非公式アプリを入れると満腹になる、と。建前と本音が同じ箱に入ってるタイプのやつだな、これ」

「細かいことはいいの! 効くんだから!」

 俺は、月見バーガーを持ったまま、固まった。

 体感勢の満腹を、あなたにも。

 ……それは、どう聞いても、俺のことだった。俺が毎月、うまいうまいと腹を鳴らしてきた、この配信のことだった。

「マイちゃん」

 アーネさんが、お茶を注ぎながら、いつものやわらかさで言った。

「六キロは、ずいぶんねえ。……ちゃんと、ごはんは食べているの?」

「食べてる食べてる! ゲームで!」

「現実の、ごはんは?」

「んー? 平気平気、ちゃんと食べてるよ。クルルニャちゃんも好きな、こんにゃくゼリー。意外とお腹たまるんだよ?」

 からりと、マイは言った。からりと言われたことのほうが、ずしりと重かった。アーネさんは、それ以上は何も言わなかった。ただ、注いだお茶をマイの前に、そっと置いた。

 俺は、自分の腹のあたりを見下ろした。俺の満腹は、病院の管理の下にある。食事の時間が近づけば向こうで勝手に弱まるし、栄養の数字は常に誰かが見ている。見張られているから、許されている。マイの腹巻きには、その見張りが、ない。効き目だけが同じで、安全だけが違う。……そういうものが、いちばん、売れるのだ。

 ——配信後の、オフの話である。

 衣装係のセシリアさんから、ギルドの連絡帳に、短い文が来た。『マイちゃん、今度の衣装の採寸だけ、先にさせてね』。ハロウィンの衣装かな、と誰も気に留めなかった。

 採寸のあと、工房から出てきたマイは、しゅんとしていた。あとで本人から聞いた顛末は、こうだ。

「……セシリアさんに、ばれた。『先月の採寸と、合わないわ』って。登録した身体の寸法は変わらないのに、動きで分かるんだって。服の重さに、負けてるって。……それでね、言われたの」

 マイは、セシリアさんの声色を、下手くそに真似た。

「『あのね、マイちゃん。ゲームのごはんは、味方よ。おいしいし、楽しいし、太らない。でもね——ごはんの代わりになるものは、この世に、ひとつもないの。あなたの翼は、あなたが食べたもので出来てるのよ。飛べなくなってからじゃ、遅いの』……って」

「……いいこと言うな、うちの衣装係」

「あと、腹巻き没収された。『これは衣装係として、デザインが許せません』って。それは絶対あとづけの理由だと思う」

 そこまで読んでいたギルドの連絡帳が、すぐに動いた。

『没収www』

『デザインで没収は草』

『でもいい人だ』

 数日後、運営から告知が出た。

『【注意喚起】非公式の周辺機器についてのお願い——満腹感を再現するとうたう非公式デバイスの利用により、現実の食事量が低下する事例が報告されています。仮想の食事は、現実の食事の代わりにはなりません。当社は今後、身体へ働きかける機器について、本人がいつでも止められること、強さに上限があること、身体の状態を見守る仕組みと一緒に使われることを条件とする、関連機器のガイドラインを策定します』

 まんぷく帯は、それから少しずつ、話題の外へ消えていった。マイの体重は——アーネさんの「一緒におやつ食べましょうね」攻勢と、セシリアさんの定期採寸(という名の検診)によって、ゆっくり戻っていった、と後から聞いた。

 ——最後に、俺の話を少しだけ。

 その晩、俺は自分のチャンネルの、七草の回を見返した。画面の中の俺が、粥をすすって、うまい、と言っている。腹に落ちる、と言っている。あの正直な感想が、めぐりめぐって、誰かの「食べない」の道具の宣伝文句になった。

「……なあ、サナナ。俺の配信、やめたほうがいい部分、あったかな」

「ない」

 サナナの返事は、珍しく即答だった。

「お前の『うまい』は、飯を、うまそうにしただけだ。飯を敵にしたのは、腹巻きのほうだろ。……お前が背負うのは、そこじゃねえよ。お前が背負うのは、来月のハロウィンの企画だ」

「……そうか。そうだな」

「そうだ。で、ハロウィンの企画なんだけど——」

「仮装だろ。頭に置かれた」

「輪っか外して会議しろ!!」

 来月は、ハロウィンである。