カードアース
シックス編 第六章前編
シックス編 第六章前編
「みなさんこんばんは……フランケン・シックスです。十月三十一日、ハロウィンのセックをやっていきたいと思います」
『似合いすぎる』
『番長がついに人間やめた』
『首のボルトが違和感ない』
今夜のシックスログは、全員仮装である。俺は緑の肌に首のボルト、つぎはぎの大男。もともとの体格のせいで、衣装係いわく「服がパツパツで、布が足りない感じがリアル」とのことだった。褒められてはいない気がする。
マイは小悪魔。もとから翼があるので、衣装は角と尻尾だけで完成した。「コスパ最強仮装」と本人は得意げだが、それはもう仮装なのか、という議論がコメント欄で三分続いた。
アーネさんは、大きなとんがり帽子の魔女。ほうきに横座りして、ふふ、と笑うだけで完成していた。例によって完全優勝である。
問題は、サナナだった。
全身を包帯で巻いたミイラ男——ならぬミイラ女で、顔はほぼ見えない。しかも今夜のサナナは、悪ノリでボイスチェンジャーの設定をいじってきていた。いつもの俺女の声ではなく、低い、がらがらの怪物ボイスである。
「ゴゴゴ……オレサマ、ミイラ。三千年ぶりに掘り起こされた」
『誰?』
『これ本当にサナナ?』
『中身別人だろ』
『サナナを返せ』
「オレサマ、サナナ。ホントウ」
『怪しい』
『本物なら「ご主人様」って言ってみろ』
「……ゴ、ゴシュジンサマ」
『言えてる!?』
『いや待て、本物のサナナは言えないはずだ』
『それだ! 偽物確定!』
「チガウ! ミイラだから言えたの! 包帯のおかげ! 顔が見えないと言えるの!」
素の声に戻って反論するミイラに、コメント欄は今夜一番の流速で沸いた。なるほど、匿名の効能である。顔が見えないと、言えないことが言える。……それは笑い話のうちは、笑い話なのだった。
——で、この「中身別人だろ」の流れから、今夜のメイン企画が生まれた。
その名も、入れ替わりドッキリ判定戦。
「ルールを説明する」と包帯の中からサナナ。「これからオレとマイが、衣装と声の設定をまるごと交換する。ミイラの中身がどっちか、リスナー諸君に当ててもらう。制限時間五分。質問はコメントで受け付ける」
「面白そうだけど、それ、当てられるものなのか?」
「さあな。確かめてみようぜ。この世界で『中身』がどこまで分かるのか」
『運営の本人証明マークは?』と、開始前のコメント欄が知恵を出した。
「あれはアカウントの持ち主の証明だ」とサナナ。「いまマイクの前に座ってるのが誰かまでは書いてない」
『じゃあ生声出せば?』
「ボイチェンの世界で声が証明になるか?」
『ライブなら本人だろ』
「ライブなのは配信であって、中身じゃない」
『詰みでは?』
「詰みだよ。だから面白いんだろ」
二人が衝立の裏に消えて、しばらくして、ミイラと小悪魔が出てきた。声も、ボイチェンの設定ごと交換してある。ミイラは高めの声で「はーい、マイでーす」と言い、小悪魔は低めの声で「オレサマ、サナナ」と言う。
コメント欄の質問攻めが始まった。
『ミイラさん、好きな食べ物は?』
「えー、焼きそばパン!」
『小悪魔さん、豆一袋の値段は?』
「三十銅。高い」
『どっちも予習してきてるな……』
『わからん』
『歩き方は? 二人とも歩いて』
二人が、会場をぐるりと歩いた。コメント欄の判定は、真っ二つに割れた。予習が完璧なのだ。互いの口癖も、過去の配信のネタも、完全に頭に入っている。五分の制限時間が迫って、判定は五分五分のまま——
「シックスはどっちだと思う?」と、ミイラが振ってきた。
俺は、二人を交互に見た。それから、答えた。
「ミイラがマイで、小悪魔がサナナだろ。見た瞬間から」
「「えっ」」
『即答!?』
『根拠は?』
「小悪魔のほうは、さっきから俺の左斜め前に立ってる。サナナの定位置だ。カメラ写りの計算までは、交換できてない。……あと、ミイラのほう、歩くとき翼の付け根をかばう癖が出てる。飛ぶやつの歩き方だ」
衝立の裏で答え合わせをした結果、全問正解であった。ミイラの中身のマイは「なにそれこわい」と包帯の中で唸り、小悪魔の中身のサナナは、角の位置を直すふりをして、しばらく黙っていた。
『名探偵』
『いや、これは名探偵っていうか……』
『毎日見てるやつの答えだ』
『尊い(今月分)』
「い、言っとくけどな!」と小悪魔が声を張った。「オレも、お前がフランケンの中で今、照れてんの、分かってるからな! ボルトの角度でな!」
「ボルトに感情は出ない」
「出てる!」
ちなみに、リスナー側で唯一、開始十秒で正解を書き込んでいたのが、例の「はやい人」だった。根拠を聞いたら『立ち位置』とだけ返ってきた。俺と同じ着眼である。……同じ着眼を、十秒でやるのか。
『はやい人、今日もはやい』
『中身AI説』
『人間だよ』
本人の返事も、はやかった。
中身というものは、確かめる方法がなくても、分かるときは分かるらしい。少なくとも、毎日いっしょに騒いでいる相手のことは。……我ながら、ずいぶん幸福な部類の結論だと思う。幸福すぎて、ちょっとだけ、指の先が冷えた。
——後半は、夜の街の練り歩き配信だった。
ハロウィンの夜、街は本気を出す。カボチャの灯りが軒先に並び、街路樹はオレンジの光を垂らし、通りは仮装の群れで埋まる。うちの配信も、その人波へ繰り出した。
ここで活躍するのが、配信モードである。
「見てのとおり、うちの画面だと、通行人の顔が全員カボチャに置き換わってる」と俺は解説した。「配信に他人を映さないための機能だ。名前も出ない」
『全員カボチャは絵面が怖い』
『ハロウィンだと機能と仮装の区別がつかんな』
『二重マスク』
実際、今夜の街は面白いことになっていた。システムのマスクの上に、本人の仮装が重なる。カボチャ顔のドラキュラ。カボチャ顔の魔法少女。カボチャ顔のカボチャ(本人もカボチャの仮装をしている人)。もはや誰が誰やら、本人たちにも分かっていないと思う。それでも街は、笑い声で満ちていた。誰だか分からないことが、今夜だけは、全員の遊びだった。
通りには、トリック・オア・トリートの小クエストも出ていた。仮装したまま店を回り、合い言葉を言うと菓子がもらえる。菓子は種類ごとに効果が違い、カボチャクッキーは五分だけジャンプ力が上がり、黒猫キャンディは足音が小さくなる。ゲームとしてはどうでもいい。だが、どうでもいい菓子を集めるために人は行列する。俺たちも並んだ。
最初の店で、マイが元気よく言った。
「トリック・オア・トリート!」
店主NPCは菓子をくれた。次にアーネさん。
「トリック・オア・トリート。ふふ」
店主NPCは、なぜか二個くれた。大人の色気へのボーナスだろうか。
俺の番。
「トリック・オア・トリート」
『脅迫感ある』
『お菓子を出さないと本当に何かされそう』
店主NPCは、無言で大袋をくれた。仕様なのか、俺が怖かったのかは分からない。
最後にサナナミイラ。
「ゴゴゴ……トリック・オア・トリート」
店主NPCが「ひっ」と小さく言った。NPCに怯え演技があるのか、本当に判定が入っているのか、検証の人がいないので分からない。サナナは菓子を受け取り、包帯の隙間からひとつを俺に投げた。
「ほら。フランケンには甘いものが必要だ」
「設定が分からん」
「オレも分からん」
分からないまま、カボチャ味の飴を食べた。俺には、ちゃんと甘かった。サナナには味がしないはずなのに、あいつは包帯の下で、やけに満足そうだった。
名物のお化け屋敷(教会の地下を借りた特設)にも入った。うちの検証の人が、今年はお化け役で参加しているという。
結論から言うと、お化け役が先に驚いた。
暗がりで待ち構えていた検証の人(ガチ甲冑の首なし騎士)の背後に、先回りしたマイが音もなく着地してしまい、振り向いた首なし騎士が「うわあっ!?」と叫んで兜を落とした。首なし騎士が首(兜)を落として素の頭が出るという、構造的に完璧なオチだった。
『お化けが悲鳴出すな』
『首なし(物理)』
『検証の人、今年も愛される』
——締めは、仮装コンテストである。
街の広場の投票制コンテストに、うちからは検証の人(首なし騎士・復元済み)がエントリーしていた。結果発表。検証の人、堂々の三位入賞。
なお、票の内訳を見たところ、投票時間の最後の三分間に、うちのギルドタグからの票が二十三票、綺麗に並んで入っていた。
「これ、組織票では?」
「応援と言え」とサナナ。「規約は読んだ。ギルド単位の投票を禁じる文言はない」
「抜け道職人がうちにもいた」
『平和な不正』
『愛のある票田』
『三位が一番いい賞な気もする』
表彰式の映り込みで一件だけ、配信モードの処理が漏れて、通行人の名前が一瞬映った。サナナがぼそりと「……編集案件。今夜も残業か」と包帯の奥で呟いたのを、俺は聞かなかったことにした。聞かなかったことにしたが、来月あたり、まとめて労おうとは思った。
「えー、ハロウィンのセックでした。仮面の下が誰だったのか、確かめる方法は、たぶん、ないんですが」
俺はカボチャの灯りの通りを背に、締めの口上を言った。
「——今夜が楽しかったのは、全員、本物です。来月は、温泉です」
『いいまとめ』
『温泉!?』
『ミイラは湯に入れるのか?』
ミイラが包帯の隙間から「ふやける」とだけ言った。