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タクト編 第七章(1/2)
タクト編 第七章
運営三年目ともなると、トラブルには「よくあるやつ」の棚ができる。
いわく、アップデート直後のサーバ落ち(定番)。いわく、レアドロップ率の表記ミス(気づいたのは獲得率を三万回ぶん記録していたプレイヤーで、うちの検証部より優秀だった)。いわく、結婚システムで「誓いの指輪」を装備したまま離婚し、元配偶者の危機に自動で駆けつけてしまい、新しい恋人と鉢合わせた男の悲劇(仕様です、としか言えなかった。指輪は外そう)。いわく、井戸に落ちて出られない(どの世界にもあるのか、井戸)。
先に断っておくと、この章の時計は、行ったり来たりする。運営の苦労話というのは、起きた順ではなく、種類の棚で並べたほうが読みやすいからだ。日付は、そのつど書く。読み違えないでほしい。
その棚に、三年目の春——二〇一三年の春、新しい大物が収蔵された。
名づけて——著作権騒動。
——発端から話そう。
CE2の衣装登録システムは、うちの看板機能に育っていた。プレイヤーが自分で衣装をデザインして、審査を通し、登録料を払って、ゲーム内で販売できる。登録料は一作品につき一万円。安くない。安くないのに、登録数は右肩上がりで、いまや街の仕立て屋通りは、公式デザインよりプレイヤー作のほうが賑わっている。ラピスの鉱脈は、こちらの大陸でも当たったのだ。
で、この「登録して守られる権利」を、プレイヤーたちは、いつからか、こう呼びはじめた。
著作権。
「登録料一万円で著作権ゲット」「あの衣装、著作権取ってないから真似され放題らしいぜ」「著作権持ちのデザイナー様」——気持ちは分かる。分かるが、これは正確には著作権ではない。ゲーム内の登録独占権であって、現実の法律の著作権とは別物だ。そして言葉というものは、間違ったまま定着すると、いつか必ず、事故を起こす。
事故は、二件同時に起きた。
一件目。ある登録衣装が、外部のアニメの衣装の、ほぼ丸写しだと発覚した。うちは規約どおり、登録を剥奪し、作品を削除した。返金は、しない。規約にそう書いてある。
当人は、怒鳴り込んできた。
『金を払って著作権を買ったのは俺だぞ。なんで俺の著作物を消すんだ』
二件目。人気デザイナーの衣装の「そっくりさん」を別のプレイヤーが登録しようとして、審査で弾かれた。こちらの言い分は、こうだ。
『元の服と、布の質感も配色も変えてある。自分の絵柄で描いたんだから、著作権は自分にある』
……問い合わせ窓口が、この手の抗弁で埋まった。曰く「先に登録したもん勝ちなら、俺は"セーラー服"を登録する。以後、全セーラー服から使用料を取る」。曰く「現実の俺の私服と同じデザインを他人が登録した。俺の人生への著作権侵害だ」。曰く「削除するならせめて供養しろ」。供養。供養とは。
「カミエさん。これ、放置すると、どうなりますか」
「言葉の定義を運営が握らないゲームは、荒れます。七年の実績で断言します」
俺たちは、対応を三段で打った。
第一段。告知文。俺が三日かけて書いた、たぶん俺の運営人生でいちばん読まれた文章だ。骨子はこうである。
『みなさんが「著作権」と呼んでいるものは、正確には「登録権」です。登録料の一万円は、権利の代金ではありません。あれは審査の費用です。あなたの作品が、他人の権利を踏んでいないか、誰かを傷つけないか、うちが人の目で確かめるための費用。つまりあの一万円は、あなたの作品が「堂々と売れるものである」ことの、証明書の発行手数料です。
そして、現実の著作権の話をします。現実の著作権は、登録料を払って買うものではありません。思想や感情を創作的に表現した著作物なら、登録なしで、形にした時点から保護されます。ノートの隅の落書きでも、創作的な表現なら同じです。けれど、ありふれた服の型や、まだ形になっていないアイデアまで、一人が独占できるわけではありません。逆に言えば——他人の作品の創作的な表現をほぼ丸写しにするなら、うちへの登録とは別に、現実の権利問題を検討しなければなりません。うちの審査は、あなたを法律から守る盾ではありません。むしろ、あなたが知らずに線を踏む前に止める、最後の柵です』
第二段。ゲーム内の呼称の変更。システム上の表記を「著作権」めいた曖昧な語からすべて「登録証」に改めた。言葉の定義は、運営が握る。カミエさんの言うとおりにした。
第三段。これが効いた。瑠璃の相談会である。
衣装システムの母は、月に一度、ゲーム内で「デザイナーのためのお茶会」を開いた。新人デザイナーの持ち込みを見て、これはどこまでが引用でどこからが写しか、実例で語る会だ。法律の講釈ではなく、作り手の言葉で。
「あのね、真似から入るのは、悪いことじゃないんです。わたしも最初は、憧れの服の、袖の形から真似しました。……でも、売るときは、自分の答えを混ぜてからにしましょう? 真似だけの服は、着た人が褒められたとき、あなたが嬉しくないですから」
相談会は、毎回なかなかの見世物になった。
ある新人は、外部作品そのままの赤いマントを持ち込んだ。本人は「色を少し変えれば別物です」と主張した。瑠璃は怒らなかった。代わりに、同じ赤を三十種類並べて見せた。
「色を変えるって、本当はこれくらい考えることです。夕焼けの赤なのか、血の赤なのか、林檎の赤なのか。あなたのキャラクターは、どういう赤を着たいんですか」
新人はしばらく黙って、「勝ったあと、ちょっとだけ泣きそうな赤」と言った。そこから一時間、会場の全員で赤を選んだ。最終的に出来上がったマントは、元ネタとは似ても似つかないものになり、しかも、前よりずっと良くなった。
別の日には、「猫耳は誰のものか」で議論になった。猫耳など、誰のものでもない。だが、耳の角度、毛の長さ、ぴくぴく動く速度まで同じなら、それはもう挨拶ではなく写経である。瑠璃は自分の古いラピス衣装を出して、耳の揺れ方を三種類見せた。
「同じ猫でも、甘える猫と、逃げる猫と、怒ってる猫で、耳は違います。あなたの耳は、何を考えていますか」
問い合わせ窓口では絶対に出てこない言葉だった。だが、効いた。プレイヤーたちは法律より先に、自分の服が何を考えているかを考えはじめた。運営告知で殴っただけなら、こうはならなかったと思う。
あなたが嬉しくないですから、は、規約のどの条文より効いた。騒動は半年がかりで凪ぎ、「登録証」の呼び名は定着し、そして面白いことに、この騒動を経た我が国のプレイヤーたちは、そこらのネットの民より著作権にうるさい集団に育った。転んだ分だけ、賢くなったのだ。全員で。
——さて、時計を巻き戻して、ゴブリンの話もしておかなければならない。二〇一一年の十一月の話だ。
例の「思考する魔物」イベント——ゴブリンAIの防衛戦。プレイヤー側から見た顛末は、どこかの島の誰かが見たとおりだ。運営側から見ると、あれは三重の頭痛だった。
頭痛その一。イベント設計が、人間の生活を舐めていた(七日七晩は俺の稟議ミスだ。反省文はカミエさんに提出済みである)。
頭痛その二。二鯖で、規約違反の全自動ボットが街を守ってしまった。
会議室は、重かった。
画面にはログが並んでいた。午前三時、同じ座標で、同じ詠唱を、同じ間隔で繰り返すキャラクターたち。人間が見れば一目で分かる。これは人間ではない。だが、その足元では、街の門が守られていた。ボットがいなければ、二鯖の街は落ちていた。
「規約違反です。処罰すべきです」
「処罰したら、イベントの成功条件を満たせなくなります」
「成功報酬を配るのは、違反者を肯定することになる」
「では、寝ずに守れなかった一般プレイヤーを罰するんですか」
誰も即答できなかった。こちらが七日七晩の防衛を要求した。その無茶に、プレイヤーは無茶で返した。正しさだけで裁くには、こちらの手が汚れていた。
カミエさんは、黙ってログを見ていた。画面の端に、ゴブリンAIの行動ログが出ている。AIはボットの単調な動きを学習し、別方向から弓を撃ち、回復の切れ目に突撃していた。街を焼くためのAIが、街を守るためのボットを攻略している。どちらがゲームらしいのか、考えはじめると、足場が溶ける。
「タクトさん」
「はい」
「次に同じことをさせない設計は、できますか」
「できます。同じ場所で同じことを続けたら、死ぬようにする」
「では、今回は」
カミエさんは、そこまで言って、俺に続きを渡した。決めるのは、お前だという顔だった。
恩赦の判断は、揉めた。会議は割れた。規約は規約だ、が正論で、正論は正しい。ただ、俺はあのとき、モニタの向こうの光景から目が離せなかった。いびきをかきながら、完璧な魔法で、誰かの街を守る人形たち。あれを裁いて、防衛失敗を宣告して、街を焼き直すのが「正しい運営」なのか。
「……接待だ」と、俺は会議で言った。「今回のは、うちの無茶に対して、客が知恵で返してきた。ここで規約の札を切ったら、次から誰も、うちの無茶に付き合ってくれなくなる。恩赦。ただし、次はない。次までに、こっちの設計で答える」
設計の答えが、頭痛その三——例の「意地悪」だ。同じ場所で同じ動きを繰り返すものの前には、強敵が湧く。単純なボットだけが死ぬ、意地の悪い篩。リリース後、ボットは静かに絶滅し、かわりに攻略掲示板へ「湧き回避の歩き方」なる新文化が生まれた。人間は、意地悪にすら遊びを見つける。この仕事の、いちばん好きなところだ。
その強敵には、いつの間にか「巡回先生」というあだ名がついた。放置狩りをしていると先生が来て、居眠りを叩き起こしてくれるからだという。先生は週に一度、妙に人気者になり、わざと同じ場所で狩り続けて先生を呼び、みんなで倒す「補習会」まで開催された。意地悪を入れたつもりが、イベントが一個増えた。運営とは、だいたいそういう仕事である。
——で、ここからが、この章の本題になる。時計はまた先へ飛んで、二〇一四年の一月——舞の五歳の誕生日の、すぐあとの話だ。
家で、五歳になったばかりの舞とリバーシをした。
舞はリバーシを覚えたてで、俺は、当然のように、手を抜いた。角をわざと空ける。挟めるのに挟まない。接戦を演出して、最後は二石差で舞が勝つ。娘は万歳をした。俺は満足した。よい父親の、よい休日だった。
二局目の途中で、舞が、ぱたりと手を止めた。
じっ、と盤を見て、それから俺を見て、五歳児は言った。
「パパ、いま、わざとだった」
「…………なんで分かった」
「わかるもん。パパ、よわいの、へたくそだもん」
弱いのが下手。強いやつが弱いふりをするのは、技術なのだ。俺の接待は、五歳に見抜かれる程度の腕だった。舞は頬をふくらませて、盤をつつき、宣言した。
「ほんきでやって。まいが、ほんきのパパに、かつの」
本気でやった。拮抗した盤面から俺が四隅を取って、舞は大敗して、大泣きして、それから翌週も翌々週も「もっかい」と言い続け、春には俺から角をひとつ取るようになった。
その春は、しばらくリバーシの春だった。
朝、食卓に盤がある。夜、帰宅すると盤がある。休日、俺が寝転ぶと、舞が盤を腹の上に置く。瑠璃は最初こそ笑っていたが、途中から「ここは置かないほうがいいですよ」と娘に助言するようになった。夫婦で五歳児を強くしてどうする。
舞は負けると泣いた。泣くが、盤は片付けない。涙を袖で拭いて、「ここ、なんでだめだったの」と聞く。俺が説明すると、次の局でそこを避ける。避けた結果、別の罠に落ちる。悔しがる。もう一回やる。人間の成長とは、負け方の種類が増えることなのだと、娘に教えられた。
ある晩、俺は本当に負けそうになった。手を抜いたわけではない。角の一つを渡して、取り返すつもりだった盤面が、瑠璃の助言ひとつで崩れた。
「いまの、瑠璃の助言は反則じゃないか」
「パパは大人なので、ふたり分でちょうどいいです」
「お前まで運営側の理屈を使うな」
結局その局は、俺が一石差で勝った。舞は泣かなかった。盤を見つめて、悔しそうに、けれど少しだけ笑っていた。
「つぎ、かつ」
接待されて勝つより、本気で負けそうになって負けるほうが、たぶん楽しい。少なくとも、その夜の舞は、泣いた日よりずっと長く盤を眺めていた。
——その夜、俺は、机の抽斗を開けた。
ずっとしまってあった、あの考えを、机の上に出した。
プレイヤーが「自力で成し遂げた」と思っていることは、ほとんど全部、こちらの接待で成り立っている。
初見で負けるドラゴンは、二度目に勝てるよう調整してある。ワールドファースト競争で「人類最速」を勝ち取ったあのレイドは、内部では難易度を三回下げたあとの姿だ。トッププレイヤーの完璧な装備計画は、そう組めるようにこちらが素材の出現率を敷いた上での「完璧」だ。会社の接待ゴルフで社長が勝つとき、社長は別に、ゴルフが上手いわけではない。ゲームの世界では、俺たちが、全員の社長を勝たせている。
三回下げたレイドの話は、今でもよく覚えている。
一回目は、床の予兆を濃くした。テスト版では薄い紫だったものを、誰がどう見ても死ぬ赤にした。二回目は、即死技の詠唱を一・五秒伸ばした。一・五秒は、運営会議では小数だが、プレイヤーにとっては「今の見えた!」になる。三回目は、ボス前の雑魚から出る消耗品を増やした。攻略組は「俺たちの物資管理が完璧だった」と言っていた。違う。こちらが、完璧に管理できる量にしたのだ。
それでも、初討伐の動画は泣けた。深夜三時、通話の向こうで誰かが椅子を蹴り、誰かが叫び、誰かが無言で泣いている。掲示板には「運営、ざまあ見ろ」と書かれていた。ざまあ見ろ、である。三回も下げた運営に向かって。
俺はその書き込みを見て、少し笑って、少しだけ救われた。こちらの手のひらの上であっても、あいつらは本気で走りきった。手のひらの上から、こちらを殴るくらいには。
九年間、俺は自分の腕で頂点に立ったと思っていた。あの防衛戦の夜も、あの効率も、あの栄光も。……その舞台の裏に、あの頃のカミエさんたちがいたのだ。俺の「自力」は、誰かの接待の上で踊っていた。