カードアース
タクト編 第七章(2/2)
運営へ入ってから、戦域付術の古い調整記録も読んだ。北は三戦目に、精鋭十六人をメインキャラから付術師へ乗り換えさせていた。このまま上限を置かなければ、支援職は「誰を支えたいか」ではなく、何人をクリックし続けられるかだけを競う職になる。六十四人なら、八人で五百人を受け持てる。俺みたいな変人ひとりではなく、もともと支援が好きな八人に、ひとつずつ持ち場を渡せる。
筋の通った調整だった。客だった俺が読んでも、たぶん怒ったとは思う。十六人の精鋭召使いを報い、俺を八分割するための理屈だ、と。けれど、悪意で切られたわけではなかった。運営の意図がまともだったことと、俺が自分の遊び方を切られたことは、両方ほんとうだった。
これを言葉にすると、ひどく嫌味に聞こえることを、俺は知っている。だから、客だった頃の俺が聞いたら殴りかかってきそうなこの話を、俺は普段、抽斗にしまっている。
でも、あの夜は、舞のおかげで、続きまで考えられた。
接待だと見抜かれた瞬間、遊びは死ぬ。舞は「わざと」を見抜いて、怒った。当然だ。接待は、バレたら侮辱になる。
なら、バレない接待は? ——それでも、どこか嘘くさい。俺が九年間味わった達成感を「ぜんぶ演出でした」と言い切るのは、あの夜のギルドの馬鹿騒ぎに、失礼な気がする。
だから、俺の仮説はこうだ。
舞台は接待でいい。でも、汗は本物だ。
ドラゴンの倒し方をこちらが用意していても、床の赤を見て転がったのはプレイヤー自身だ。難易度を三回下げても、四回目の挑戦で夜を明かしたのは彼らだ。俺の九年も、そうだった。ヤエスのベンチも、辻バフの列も、あの最後の青い輪も——舞台の上のことだったとしても、あそこで俺が流した汗と、拾った縁は、本物だった。
接待の上の、本物の汗。運営の仕事は、たぶん、その二つを両方守ることだ。舞台の裏側は見せない。でも、汗を軽んじない。……五歳児との縁側リバーシから引き出す結論としては、我ながら上出来だと思ったが、この夜の思索を後日カミエさんに話したら、一言で返された。
「それ、CE1の頃の私たちの合言葉です。『手のひらの上でも、旅は旅』」
「先に言っててくださいよ」
「聞かれませんでしたので」
——最後に、暗いほうの報告書の話をする。
時計を、この章のいちばん深いところまで巻き戻す。二〇一一年、十二月。
カミエさんの定点観測は、この頃には、確信に変わっていた。
「二鯖関連スレッドの深夜帯の投稿。文体分散、書き込み間隔、話題の誘導パターン——CE1のときの『影』と、同じ癖です。ほぼ同一人物、あるいは同一の手法の継承者」
資料には、実例が並んでいた。
『俺はロロ派だったけど、もう無理』
三分後。
『俺も。昔は好きだったけどな』
二分後。
『俺も俺も。影のほうが現実見えてる』
さらに一分後。
『ロロ派は感情論しかない』
文体は違うように見える。語尾も変えてある。だが、話題の運びが同じだった。まず「自分も元は味方だった」と名乗り、次に失望を置き、最後に別の選択肢を自然に見せる。定型文ではない。手癖だ。絵描きの線と同じで、隠しても、曲がり角に残る。
「これ、板だけなら」
「板だけなら、うちは何もできません」
「ゲーム内は」
「同じ時間帯に、倉庫前、闘技場、掲示板横で、似た会話が発生しています。すべて別キャラクター。発言内容は規約違反ではありません。ただし、島の空気を一方向へ押しています」
見えているのに、触れない。カミエさんがそう言った意味が、数字の束になって俺の机に積まれていた。
「規約は」
「踏んでいません。ゲーム内のアカウントは複数確認していますが、多重取得自体は規約の範囲内。板は管轄外。……CE1と同じです。見えているのに、触れない」
「同じじゃない」と俺は言った。「今回は、檻の場所が分かってる。それに、こっちには、ヤエス以来の意地悪の引き出しがある」
俺はその十二月、一本の企画書を書きはじめた。表題は『新規サーバ開設および過疎サーバ活性化・移住優遇キャンペーン(案)』。表向きは、これから始める人のための生活サーバの新設と、人口の調整策。裏の意図は——もし、いつか、あの島の誰かが「島に居られなくなる」日が来たとき、逃げ道が、割引つきで開いていること。
檻の中の楽園で何かが起きたとき、運営にできるのは、火を消すことじゃない。出口の灯りを、先に点けておくことだ。
企画書は、まだ会議に出さない。抽斗の、接待論の隣にしまっておく。俺の抽斗は、そろそろ手狭になってきた。
——その十二月の、半ばだった。
カミエさんが、俺の席に一枚の印刷を置いた。板の、新しいスレッドだった。
『【悲報】二鯖関東の大手ギルドマスター、やらかす』
見覚えのある誘導の癖が、一行目から、匂った。
「始まりましたね」とカミエさんが言った。
「ああ。……出口の灯り、急ぐか」
本当の頭痛は、と、いつかの俺は書いた。訂正しよう。本当の頭痛は、頭痛の顔をして来ない。祭りの顔をして、板の底から、笑いながら上がってくる。