星猫くるるHOSHINEKO KURURU

カードアース

シックス編 第七章前編

シックス編 第七章前編

「みなさん、メリークリスマス。シックスです。十二月二十五日、クリスマスのセック、やっていきたいと思います」

 今夜のギルドハウスは、一年でいちばん飾られていた。

 準備配信からして楽しかった。大ツリーはうちの最大身長(俺)が土台を組み、てっぺんの星はうちの唯一の飛行要員(マイ)が設置した。設置のとき三回落として、三回目に星ごと落ちてきたのはご愛敬である。アーネさんのリースが扉に、セシリアさんの特製オーナメント(登録証つき)が枝々に、検証の人の「電飾の点滅間隔の最適化」が壁面に施されて、うちの巣は小さな聖夜の砦になった。

 なったのだが。

「……なあ、サナナ。今夜、同接、少なくないか」

「言うな。数えるな。見るな」

 いつもの七割。理由は、考えるまでもなかった。今日は十二月二十五日。世間には、配信より優先されるものが、いろいろとある夜なのだ。

『すまん、今夜は家族と過ごしてる(観てるけど)』

『デートの待ち時間から観てる』

『裏切り者どもめ』

『俺は今年もここだが?』

「いいんだ」と俺はカメラに向かって言った。「行ってこい。世間を楽しんでこい。——俺たちは、ここにいるぞ。年中無休だ」

 いい台詞のつもりだった。隣で、サナナがぼそりと言った。

「むしろオレのチキンが冷めちゃうんだが?」

『え』

『チキンあるのかよ』

『配信者側にチキンがあって視聴者が観てるの、逆では?』

「あるよ。イブに買った(ゲーム内の)やつの残り。お前らの相手してるせいで、二日連続で冷めてる」

『チキン食ってこい』

『チキンを温めろ』

『チキン待遇改善デモ』

 コメント欄に「チキンを温めろ」が連呼される中、アーネさんがそっと席を立ち、サナナのチキンを温め直して戻ってきた。聖夜の奇跡である。サナナは配信中にもかかわらずチキンにかぶりつき、「うまい(味はしない)」という宇宙一虚しい食レポを残した。

『てか、お前らはなんでクリスマスに配信してんだよ』

 もっともな逆襲コメントが流れた。俺たちは、順番に答えることになった。

 まず、マイ。

「あたしは、いま彼氏いないから! いないの! 募集もしてないから! アイドルは恋愛禁止だから!」

 聞かれていないことまで三つ答えた。アイドル志望の鑑かがみである。

 次に、アーネさん。

「わたし? ふふ。——みんなが、いるからよ」

 完璧な答えだった。コメント欄が『それはそう』『優勝』で埋まった。

 俺。

「俺はハーレムがあるからな」

 事実を述べたのだが、『字面が最悪』『ギルド名で損してる』と怒られた。ギルド名で損をするのは、今年、何度目だろう。

 最後に、サナナ。

「…………オレは、チキンがあるから」

『チキンと過ごす聖夜』

『さっき冷めてたやつと?』

「温め直したから、いいんだよ」

 サナナはそれだけ言って、コメントの流れを次の話題へ送った。編集者というのは、話題の切りどころまで編集できるのだった。

 ——前半の企画は、恒例にしたい(初回だが)サンタ抽選会だった。

「リスナープレゼント企画! 抽選で当たった方に、ハーレムから心を込めた贈り物!」

『太っ腹!』

『何が当たるの?』

「景品はこちら! ——ポーション、三個!」

『渋っっっ』

『駄菓子屋の当たりくじか?』

『心を込めるにも限度がある』

「うちの経費なめないで!」とマイが仁王立ちした。「豆一袋三十銅の世界で生きてるの、うちは! ポーション三個は大盤振る舞いなの!」

『経費担当の圧』

『そういえば豆をケチった女』

「ケチじゃない、経済観念!」

 なお抽選の結果、ポーション三個は毎回一番乗りの常連さんに当たり、『家宝にします』という受賞コメントで会場は温まった。渋い景品は、渋いほど愛されるらしい。覚えておこう。

 ——後半は、年末総集編である。

 サナナが一年かけて編集してきた動画から、名場面を上映する企画だ。会場のスクリーンに、一年ぶんの俺たちが、順番に映っていく。

 一月。知らない部屋で目を覚まし、初セックで転びかける俺。

「懐かしいな。歩き方がロボットだ」

「この回、素材四時間ぶん。使えたの八分。編集三時間」

 二月。豆を一粒ずつ投げるマイと、無慈悲なBAN。

「『新成人、豆を渋る』は今年うち最高の再生数だ。……編集二時間。BANのタイミングに効果音つけたの、オレの職人技な」

 三月、コメント欄を寝かせるアーネさん。四月、購買で全敗する俺(『あの頃も』の声だけ、なぜか音量が絞ってあった。編集者の権限である)。六月、二十三人の花嫁の整列二十分は、三十秒の早回しになっていた。「ここの編集が一番大変だった。全員の顔が映る瞬間を探すの」。七月、白紙の短冊。八月、砂浜の耕地化。九月、腹巻きの没収。十月、首なし騎士の落下する首。十一月、人魚の湯と、手だけ極楽。

 CE3の総集編は、ただの録画を並べる作業ではない。サナナは編集室で、サーバに残った体感ログを開き、俺が見ていなかった角度にカメラを置き、配信許可のない通行人を自動でぼかし、コメント欄を平面動画用に焼き直す。リスナーは外の動画サイトでそれを見る。けれど、作っているサナナは、一歩もこの世界の外へ出ない。

 それから、これは総集編で初めて聞いたのだが、外の動画サイトへ出せるのは平面の映像までで、感覚ごと味わいたい派は、この世界の中のアーカイブで再生する。で、その感覚つきの側には、映像と別の苦労があるらしい。

「映像はぶつ切りでいいけど、感覚はぶつ切りにできないんだよ。触ってる場面を急に切ると、触ってた物だけ消える感じが残って気持ち悪い。だから感覚のほうだけ、先にフェードで抜く。温泉の回とか、湯の温度を切るタイミング、コンマ何秒単位で調整してる。あと匂い。匂いは消すのに時間がかかるから、次の場面の頭に前の場面の焼きそばが残らないよう、換気の間を計算する。移動の多い回は酔い止めの処理も入れる」

「聞いてるだけで酔ってきた」

「だろ。映像の編集は目の仕事、感覚の編集は身体の仕事なんだよ」

『編集長の職人語りしょくにんがたり、いいぞ』

『何も考えず見ててごめん』

『それが一番の褒め言葉なんだよなあ』

 上映が進むほど、コメント欄が妙な流れになっていった。

『これ全部、編集されてたんだな』

『言われてみれば、毎回動画になるの早かった』

『サナナ、いつ寝てるんだ?』

『残業って毎回言ってたの、ネタじゃなかったのか』

 ネタじゃなかったのだ。俺は、それを知っている。だから、今夜を選んだ。

「——はい、総集編はここまで。で、最後にもう一本だけ、動画がある」

「? 聞いてないぞ。素材は全部オレが管理して——」

「お前の管理外で作ったからな。……再生」

 スクリーンに映ったのは、下手くそな動画だった。

 カットの繋ぎは不自然で、字幕の位置はずれていて、効果音は三種類しかない。俺が、一か月かけて、こっそり編集を覚えて作った一本。タイトルは『シックスログの裏側——サナナの一年』。

 中身は、こうだ。配信の録画の隅に、いつも映り込んでいたやつ。BANを秒で処理する手元。俺が転ぶ前に半歩出ている足。マイの豆の補充を先回りして買ってある画面。誰も見ていないところでコメントの荒れを摘んで、誰も気づかないうちに機材の設定を直して、配信が終わったあと、一人だけ残って「アーカイブ確認中」の表示を灯している——そういう場面ばかりを、一年ぶん、つないだ動画。

 最後に、リスナーから募集した感謝のコメントが、雪みたいに流れた。募集は先週、サナナの見ていない場所(存在しないと思われていた「サナナ抜きの連絡網」)で済ませてあった。

『いつも綺麗な動画をありがとう』

『BANの速さに守られてました』

『チキン、ゆっくり食べてください』

『シックスログの半分はサナナでできてます』

 サナナは、スクリーンの前で、微動だにしなかった。

 やがて、絞り出すように言った。

「……編集が、下手すぎる」

「悪かったな。初心者だ」

「字幕が三回、オレの顔にかぶってる。効果音の音量が揃ってない。あと、その、……なんだ」

 サナナはミイラの時みたいに顔の下半分を(今日は包帯がないのでマフラーで)埋めて、くぐもった声で言った。

「…………カットしろ、こんなの」

「ライブだぞ」

「〜〜〜っ、知ってるよ!!」

『言質取られた側』

『四月の意趣返しいしゅがえしだ』

『尊い(年間大賞)』

 仕上げに、俺はギルドハウスの奥の扉を開けた。

 先月から衣装係と検証の人、それからアーネさんに手伝ってもらって、こっそり増築していた部屋だ。衣装係は机と椅子の見た目を整え、検証の人は遮音設定とログ再生の負荷を測り、アーネさんは光の入り方と家具の距離を見た。
「机は、壁にぴったりつけないほうがいいわねえ。帰ってきたとき、椅子の背が先に見えるでしょう?」
 言われるまで、俺には何が違うのか分からなかった。けれど椅子を少し斜めに置き、窓ぎわに低い棚を足し、入口から作業机までの歩幅を二歩ぶん空けると、ただの編集室が、急に「帰る部屋」になった。CE3の建築編集モードは、壁紙を貼るだけの機能ではない。足音の反射、窓の向こうに見える港の角度、座ったときコメント通知が視界のどこに浮くかまで、ぜんぶ部屋の一部として触れる。アーネさんは、そういうものを見る目が、妙に確かだった。
 防音(という設定)の壁、大きな作業机、三面の画面、資料棚。それから——チキンを温め直せる小さな台所と、仮眠用のベッドと、港の見える窓。いままでサナナは、共有スペースの端に仮設の編集ウィンドウを何枚も浮かべて、通行人の足音とコメント通知の中で作業していた。仮設席に座ると、外からはサナナのアバターがぼんやり「編集中」の札を出して固まって見える。その内側で、本人はこの一年の砂浜や温泉や豆まきのログを巻き戻している。ここは、その全部を閉じて、ひとつの部屋にした場所だった。扉には木の看板が下がっている。

『サナナの部屋(勝手に入ると BAN)』

「……オレの?」

「お前のだ。あの仮設編集席、ずっと気になってた。……一年、こぼれ球ぜんぶ拾ってもらったからな。来年のぶんの、前払いだ」

 サナナは部屋にゆっくり入って、机に触って、画面に触って、台所を見て、ベッドを見て、窓の外の港を見て、看板をもう一回読んで、それから、妙に掠れた声で言った。

「……おい。これ、編集室っていうか。——住めるだろ、これ」

「住めばいいだろ。どうせお前、毎日ここにいるんだから。部屋くらい、あったほうがいい」

 俺としては、当たり前のことを言ったつもりだった。毎日いるやつには、帰る部屋が要る。それだけの理屈だ。理屈のどこにも、おかしいところはないはずだ。

 サナナは、しばらく黙った。長い沈黙だった。あいつの編集なら、三秒でカットされる長さの。

「……来年も、こき使う気か」

「そのつもりだが。嫌か」

「————嫌じゃ、ないけど」

 マフラーの上の耳が、ツリーの電飾より赤かった。

 ——お開きの間際、サナナは新しい部屋の、真新しい椅子に座ったまま、ぽつりと言った。

「なあ。……来年も、こんなふうに、やってられんのかな。うちら」

「?」

「いや。……何でもねえ。ほら、締めろ締めろ、チキンが三回目の冷めに入る」

 何でもない、の言い方が、いつもの「何でもない」と半音だけ違った気がした。気がしただけかもしれない。俺は聖夜の締めの口上を述べ、コメント欄は『よいお年を』で流れ、ツリーの星(マイが三回落としたやつ)は、最後まで機嫌よく光っていた。

 来週は、元旦。一年の締めくくりと、始まりのセックである。