星猫くるるHOSHINEKO KURURU

カードアース

シックス編 第七章後編

シックス編 第七章後編

「みなさん、あけましておめでとうございます。シックスです。元旦のセック、やっていきたいと思います」

「あけおめだ。今年もハーレムをよろしく頼む」とサナナ。

『あけおめ!』

『今年もよろしく』

『元旦は流石に節句では? あ、違うか、節句ではないのか』

「元旦はセックだ。理由は」

「「「セックとは心の持ちようだから」」」

 俺とマイとコメント欄の声(文字)が揃った。一年やってきて、うちの視聴者はもう、暴論の唱和までできるようになった。教育の成果である。何の教育かは分からない。

 今日の会場は、山の上の神社インスタンス。全員、衣装係の晴れ着だ。俺は濃紺の着物(「体感の方は、帯の締まる感じも分かるでしょう」とのことで、実際、背筋が伸びた)、サナナは赤の着物に例の紅白の飾り紐、マイは振袖で、袖と翼の共存に設計の苦心が見えた。アーネさんは、なぜか巫女装束だった。

「アーネさんだけ、なんで運営側なんだ」

「ふふ。授与所じゅよじょに立ってみたかったのよねえ。——はい、みなさん、お参りは二礼二拍手一礼ですよう」

 板についていた。参拝客(一般プレイヤー)が普通に列を作って、普通にお守りを買っていた。うちの姉は、今日も職業不詳である。

 ——さて、初詣といえば、おみくじである。

 この神社のおみくじは、今年から新式だった。引いた人のこの一年の行動記録をもとに、自動でその人だけの文面を作ってくれるらしい。文明の進歩だ。進歩なのだが。

 まず、俺が引いた。

『大吉。ただし火曜を除く』

「なんで火曜」

『火曜に何があった?』

『過去の火曜を調べろ』

 サナナが調べた(こういうときの検索は速い)。去年の俺は、配信中の転倒十四回のうち、九回が火曜だった。データは、俺より俺の火曜を知っていた。

 サナナのおみくじ。

『中吉。編集を早く切り上げて寝ること。あなたの健康運は午前二時以降に急落します』

「おみくじに生活指導されてる」

「新しい編集室、遮音がいいから朝まで気づかないんだよな……」

『おみくじが労務管理してる』

『神様公認の残業警告』

 マイのおみくじには、見たことのない項目があった。

『翼運: 上昇。ただし着地運: 例年並み』

「着地運って何!? 例年並みって何!?」

「例年並み、つまり」

「言うな!」

 アーネさんのおみくじは『大安定』の三文字だけだった。大吉より上に聞こえるのが不思議だった。検証の人は『検証運: 検証してください』という禅問答を引き当て、三十分持ち帰って考え込んでいた。

 境内には、絵馬の自動補完コーナーもあった。

 願いごとの書き出しだけ入力すると、神社AIが「それっぽい願文」に整えてくれるという。便利なのか、余計なお世話なのか、試さずにはいられない。

 マイが「もっと飛べるように」と入力した。AIは、さらさらと筆文字を生成した。

『高く飛び、そして安全に着地できますように』

「着地を足すな!」

「大事だろ」と俺。

「大事だけど!」

 サナナは「寝たい」と入力した。

『健やかな眠りと、締切前の計画性に恵まれますように』

「説教が多い」

「おみくじと同じ神様だな」

 俺は少し迷って、「続けたい」と入力した。

 AIは一拍置いて、こう書いた。

『今日楽しいことが、明日も少し形を変えて続きますように』

 悪くない。悪くないどころか、だいぶ良かった。俺が黙っていると、サナナが横から覗き込んで、ふん、と鼻を鳴らした。

「AIのくせに、いいこと言うじゃねえか」

「神社のAIだからな」

「神社のAIってなんだよ」

 分からない。だが、願いごとを書くには十分だった。俺たちはその絵馬を、境内の端にかけた。隣には『検証が成功しますように』と書かれた検証の人の絵馬があり、なぜか下に小さく『検証してください』と追記されていた。神様からの返事かもしれない。

 ——境内の屋台で甘酒(俺だけ腹まであったかい)を飲んだあとは、書き初めである。

 社務所の縁側に、紙と筆が並ぶ。これがまた、触覚デバイスの検証案件だった。筆というのは、指先の圧の道具なのだ。

 結果を先に言うと、俺とサナナとマイは、下手だった。

 サナナ(手袋勢)は「とめ」が全部「はらい」になり、マイ(標準勢)は筆圧の概念がなくてかすれ、俺(全身勢)は逆に力が入りすぎて、一画目で紙が破れた。全身で感じられることと、繊細に動かせることは、別の才能らしい。書けたのは、日頃から手先の検証をしている検証の人(達筆)と、アーネさん(そもそも上手)だけだった。

「で、シックスは何を書いたんだ、その破れた紙に」

「これだ」

 俺は、三枚目でようやく破れなかった一枚を掲げた。

 続つづく。

「つづく?」

「続、だ。今年の抱負。……ほかに思いつかなかった。この配信を、続ける。セックを、続ける。以上」

『シンプル』

『白紙の短冊の人だ』

『でもわかる』

「お前らしいよ」とサナナが言った。サナナの書き初めは「寝」だった。おみくじに従うらしい。マイは「翼」(かすれて「习」みたいになっていた)、アーネさんは流麗な筆で「凪」と書いて、額に入れて授与所に飾った。ご神体みたいになっていた。

 ——年越しそば(年は越してるが気にしない)を食べて、後半は、年間リポートの発表会になった。

 運営の新機能で、配信と自分で保存した限定記録の「体感ログ」だけが数字でまとまるのだ。俺の一年は、こうだった。

・歩いた距離: 二,一四〇キロ(「東京から石垣島くらいだな」と検証の人)

・食事回数: 四一二回

・転倒: 一四回(うち火曜九回)

・「うまい」発言: 八四七回(うち、配信と公開候補の録画は一九六回)

『うまい多すぎ』

『二日に二回以上うまい言ってる』

『飯テロ配信者の鑑』

「八百四十七回……」と俺は数字を眺めた。「そんなに言ったか?」

「八百四十七は、オマエが自分で残した限定記録も入れた数だ」とサナナ。「そのうち、オレの編集室まで来たのは百九十六。それは全部聞いた。全部、音量そろえた」

 百九十六回の「うまい」を、全部聞いていた奴がいる。そのことのほうが、八百四十七という数字より、なんだかすごかった。

 ——それと、年始らしい話題がもうひとつあった。挨拶回りである。

 年が明けると、配信者の界隈では、互いのチャンネルへ新年の挨拶コメントを回る文化がある。うちにも朝から何十件も届いていた。その中に『あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします(※この挨拶は留守番人格がお届けしています。本人は寝ています)』という註釈つきが、いくつもあった。

「留守番人格?」

「本人の口調を覚えた代理だよ」とサナナ。「寝てる間とか、編集中とか、本人のかわりに挨拶したり、簡単な返事をしたりする。いまどきの配信者はだいたい飼ってる」

「うちは?」

「飼ってない。うちの挨拶は、全部うちの手打ちだ」

「こだわりか?」

「こだわりだ。……ただな、正直に言うと、註釈を付けてくれてるやつは良心的なんだよ。付けなきゃ、分かんないんだから」

 付けなきゃ、分からない。俺はコメント欄の『あけおめ』の群れを眺めた。この中のいくつが手打ちで、いくつが留守番なのかは、誰にも分からない。ちなみに例の「はやい人」は、元日の午前四時にも、三が日の昼にも、律儀に挨拶を書き込んでいた。『人間だよ』は、今年も健在である。

 ——初日の出、の話をしなければならない。

 計画はこうだった。夜通し雑談配信をして、明け方、山頂で初日の出を拝む。完璧な計画だった。

 敗因は、こたつである。

 社務所の座敷に、運営の粋な計らいで、こたつが設置されていたのだ。夜半、雑談がゆるやかになり、アーネさんがみかんを剥き、誰かが「ちょっと目を閉じるだけ」と言った。

 次に俺が目を開けたとき、障子の外は、昼だった。

「…………おい。おい! 起きろ! 日! 日が!」

「んあ? ……あ」

「初日の出は!?」

「とっくに出てる!!」

 こたつには俺、サナナ、マイ、検証の人が折り重なって寝ており、配信は八時間、こたつと寝息を流し続けていた。同接はなぜか伸びていた。何もしない配信どころか、寝ている配信である。コメント欄には夜通しの視聴者たちの実況が残っていた。

『6:52 日の出です。きれいです』

『寝てるみなさんの代わりに拝んでおきました』

『マイちゃんの寝言「豆は経費」を確認』

『いい年になりそうです』

 唯一起きていたアーネさんが、山頂からの初日の出を、ちゃんと録画してくれていた。俺たちはこたつのまま、昼の座敷で、朝の太陽の録画を拝んだ。

 八時間、俺たちの誰の意思でもなく流れ続けた配信を、視聴者たちは勝手に楽しんでいた。配信というのは、本人が寝ていても、場所さえ生きていれば続くらしい。それを頼もしいと思うか、少し不気味と思うかは——今日のところは、頼もしいでいい。正月なので。

「……なあ。録画の日の出を昼に拝むのって、初日の出になるのか?」

「なる」とサナナが断言した。「初日の出とは、心の持ちようだ」

『年またぎとしまたぎで暴論が進化した』

『今年もこの配信は安泰です』

 ——締めの雑談は、こたつのままやった。

「しかし、あれだな」とサナナが、みかんを放りながら言った。「来週で、一周年だぞ。七草のセックから、まる一年」

「もう一年か」

「もう一年だ。……一年前のお前、ひどかったもんな。歩き方はロボット、実況は棒読み、リアクションは『うわ、めっちゃうめえ』」

「今もたいして変わらんだろ」

「変わったよ」

 サナナは、みかんの筋を丁寧に剥がしながら、こたつの天板のあたりを見て言った。

「……遠くまで来たな、って、たまに思う。いや、なんでもねえ。ほら、締めろ締めろ」

 なんでもねえ、の言い方は、クリスマスの夜と同じ半音だった。俺は今回も、追いかけないことにした。追いかけない、というのは、気づいていないというのとは、違う。……違うのだと、思いたい。

「えー、元旦のセックでした。今年の抱負は『続』。来週は七草——セック一周年です。企画はもちろん」

「七草がゆだ」と俺は言った。「原点にして頂点。今度は俺が作る」

「オマエが? ミニゲーム、練習したのか」とサナナ。

「一年あったからな」

『エモい』

『一周年、絶対見る』

『今年もよろしく、ハーレム』

 こたつの上のみかんが、ひとつ、ころんと転がった。今年も、こういう一年になればいい。俺は「うまい」を八百回くらい言う予定である。