星猫くるるHOSHINEKO KURURU

カードアース

タクト編 第九章(1/2)

タクト編 第九章

 取材の申し込みが来たのは、二〇二八年の二月だった。

 老舗のゲーム雑誌のウェブ版。企画名は「あのゲームは何だったのか」。歴代の名作の作り手に、腹を割って語らせる長寿連載で、俺も客だった頃から読んでいた。断る理由はなかったが、受ける前に、家族会議にはかけた。

「出れば?」と瑠璃るりは言った。「タクトさん、ずっと、まとめて話したそうでしたから」

「顔に書いてあったか」

「二年くらい、ずっと」

 母からもメールが来た。情報が早い。

『雑誌に出るんだって? ちゃんとした服で行きなさい。あと、自慢しすぎないの』

 ちゃんとした服で行き、以下は、自慢しすぎないよう努めた記録である。

 ——インタビュアーは、早口の人だった。

 挨拶もそこそこに、「今日はもう、聞きたいことが多すぎて質問リストが百二十項目あるんですが厳選して三十にしてきましたそれでも多いのは分かってますが最初の質問だけ長くなりますすみません」と一息で言った。録音機が三台、置かれた。本気の取材である。

——では最初の質問です。カードアース3、サービス開始から一年余り。同時接続は歴代最高、医療分野からの注目、AI論壇からの賛否、いろんな語られ方をしていますが、まず作り手の言葉で聞かせてください。「カードアース3」とは、何だったんですか。

「三度目の、開店です」

——開店。

「俺は開店を三回やってるんです。一回目は小さな2Dゲームの再開店。二回目はCE2。で、三回目がこれ。……開店のたびに、考えてることは実はひとつしかなくてね。『この店は、何を売る店か』。新生ラピスラズリは『自分で作った衣装で、自分になれる場所』を売った。CE2は『用意された物語』を売った。じゃあCE3は何を売るか。企画の最初の一枚に、俺はこう書きました。——『居場所』を売る、と」

——居場所。

「ゲームというのはね、二十年やってきて分かったんですが、クリアされたら終わるんですよ。物語は読み終わる。レベルは上がりきる。CE2の後半、うちが直面してたのはそれです。よくできたテーマパークは、二周目から『よくできてる』が透けて見える。……で、飽きない場所って何だと考えると、それは攻略対象じゃなくて、帰る場所なんです。故郷が飽きられないのは、故郷がゲームじゃないからだ。だからCE3は、ゲームである前に『世界』にした。冒険は、あの世界にある遊びの一つにすぎません。飯を食ってもいいし、服を作ってもいいし、温泉に入って何もしなくてもいい」

——実際、「何もしない」時間の平均が、他のゲームと桁違いだというデータを拝見しました。

「うちの誇る数字です。売上より好きな数字だ」

——では、聞きにくいことから聞きます。18禁。全年齢を捨てた判断は、当時、社内でも相当揉めたと聞いています。

「揉めました。市場の半分を捨てる話ですから。……でもこれは、俺の中では、十五年前に答えの出てた宿題なんです」

——十五年前というと、CE2の。

「三鯖の件です。ご存じですね。……あの時うちは、善意で作った出会いの島で、子供を守りきれなかった。仕組みで守ろうとして、悪意は仕組みの隙間を通ってきた。あの日から考え続けてたんです。『子供が安全な世界』と『大人が自由な世界』は、同じ地面の上には建たないんじゃないかと。だからCE3は入口で分けた。あの世界の門では、どのアカウントにも十八歳以上の責任主体を確認する。人間が入るなら、自分の責任で遊べる大人だけです。AIや留守番人格が動く場合も、責任を名無しにはしない。……そのかわり、と言ってはなんですが」

——カードアース・キッズ。

「ええ。子供の側の世界は、別に建てました。あれの原型はね、うちの義父の、小さな2Dの庭なんですよ。ただ、ラピスは最初から子供向けだったわけじゃない。舞まいが二歳のころ、義父が孫用のアカウントを作り、チャットと取引を閉じて、親が隣で遊ぶようにした。そのとき初めて、古いゲームが『子供が親と遊べる、やさしい庭』になった。その運用の経験を、俺たちが企画書にしたんです。世界は分けたけど、思想は親子です」

——では本丸に行きます。医療メタバース。ゲーム会社が医療事業の認可を取ったと聞いたときは、正直、冗談かと思いました。

「社内の半分も冗談だと思ってましたよ。……きっかけは、妻です。妻は長く、衣装と装着物の設計に関わっていましてね。布をどう身体に沿わせるか、重さをどう感じさせるか、締めつけをどこまで許すか。そういう話をしていたときに言われたんです。『タクトさんの作ってる五感の技術は、うちの業界では、補助具やリハビリと地続きですよ』と。……歩けない人が歩く。味を失った人が味わう。うちが娯楽のために磨いてた技術は、最初から、そういう力を持ってたんです。うちはそれを、娯楽の側から医療に差し出した。臨床の先生方せんせいがたと組んで、被験者制度を作って——」

——シックスさん、ですね。体感配信の。

「本人が公開している範囲でしか話しません。うちの体感プレイヤーの、最初期の一人です。それ以上は、俺の口からは何も。シックスログ、ご覧になったことは?」

——「セック」は毎月見てます。

「あれね、うちの役員会でも毎月見てる人間がいるんですよ。俺なんですが。……あの配信が、うちがCE3でやりたかったことの、たぶん最良の説明です。俺が一万字語るより、彼の『うまい』一言のほうが早い。現実でどれだけ動けるかと、世界を走り回れるか。どっちが本物か、なんて問いは、あの配信の前では、もう古いんです」

——次の質問です。これが一番聞きたかった。AI。カードアース3のNPC——というか住人は、その、正直に聞きます。彼らは、どこまでが人間で、どこからがAIなんですか。

「答えません」

——即答ですね。

「これだけは、リリース前から決めてるんです。答えない。運営は、永遠に。……ただ、経緯なら話せます。長くなりますよ」

——ぜひ。

「俺がCE1で廃人やってた頃、一番の不満はね、ナーフでも課金でもなくて、世界が退屈だったことなんです。NPCは決まった台詞を繰り返す人形で、魔物は湧いて死ぬだけの的だった。生きてるのはプレイヤーだけ。……CE2で、一回だけ実験をしました。『ゴブリンAI』って、覚えてます?」

——伝説の防衛イベント。スパコンで戦闘を検討させたっていう。

「あれはまだ、賢い台本でした。でもあの時、プレイヤーの反応が面白くてね。ゴブリンが賢く動いただけで、みんな『こいつら、考えてる』って、敵に人格を見た。逆に、規約違反の自動操作で寝ながら戦ってた人間は、魔物から『的』として狙われた。……人格ってのは、中身じゃなくて、振る舞いに宿るんですよ。あの防衛戦が、CE3の設計思想の原点です」

——それで、CE3では。

「ええ。今の技術は、もうあの頃の台本じゃありません。声も、会話も、気配りも——この世界のAIは、人間と区別がつきません。区別がつかないように作ったんじゃない。区別が、つかなくなったんです。技術の側で、先に。……で、うちが選べたのは二つに一つでした。全員に名札をつけるか。つけないか」

——つけなかった。

「つけなかった。……先に、身も蓋もない話をしますとね。証明できるものも、あるんです。このアカウントの持ち主が、法律の上で誰なのか。正規の端末か。生きた身体が接続されているか。そこまでは、制度で保証できるし、うちも保証しています。できないのは、その先です——いま、この瞬間に喋っている主体が、生身だけなのか、AIの補助込みなのか、留守番の代理なのか。いまの世界では、人間もAIの補助を使い、AIも人間と同じ『身体の窓』から世界に触れています。どこまでが本人で、どこからが補助なのか——そこを確定しようと思ったら、その人の私生活と、端末の中身と、下手をすると頭の中まで、全部覗くしかない。自由な社会は、そこまでは要求できません。つまり『AIの名札』というのは、貼るなら誰かがその正しさを保証し続けないといけないのに、保証のしようがない札なんです。……で、それとは別に、これは十五年以上前の宿題でもあるんです。うちには昔、匿名の島がありました。『誰だか分からない』が暴力になった島です。俺はあの島の失敗を、誰より近くで見てきた。だから最初は、名札派だったんですよ。AIには名札をつけるべきだと。……考えを変えたのは、あの島の成功のほうを思い出したからです」

——成功?

「あの島でね、名前を隠した何千人の中に、名前を名乗った子が、ぽつんといたんです。みんな最初は珍獣扱いだ。でもその子は、名乗ったまま、堂々と遊び続けた。そしたらどうなったと思います? 島の連中は、その子が男か女か、何歳か、そんなことはどうでもよくなって——『いつものあの子』として受け入れたんです。中身の詮索より、積み重なった振る舞いのほうが、強かった。……名札がなくても、人は人を、ちゃんと見分けられる。見分けたうえで、詮索しない品位も持てる。俺はそれを、匿名の島に教わったんです」

——その「名乗った子」は、一人だったんですか。

「さあ。何人か、いたんじゃないですかね。俺が覚えてるのは、そういう子たちがいた、ということだけです。人数の話じゃないんですよ、これは」

——つまりCE3の「名札なし」は。

「賭けです。人間の品位への。……ただし、無防備な賭けじゃありません。あの世界の秩序は匿名じゃない。アカウントは記名で、迷惑行為は配信者だろうが誰だろうが自分の場を自分で守れる。名乗る自由と、詮索しない品位と、暴れたら退場。この三点セットは、二十年ぶんの失敗から組んだ、うちの最終回答です」

——規約の話も伺います。CE2では、botは禁止でした。ゲームを自動で遊ばせるのは重い違反だった。でもCE3では、AIが堂々と遊んでいて、クルルニャさんのような自認AIの配信者までいる。これ、矛盾してませんか。

「してます。……というのは冗談で、整理するとこうなります。まず、CE2でbotを禁止した本当の理由。建前は公平性ですが、本音はね——botが湧く遊びは、遊びとして退屈だという告発なんですよ。人間が手でやりたくない作業だから、機械にやらせたくなる。つまりbotが湧いた場所は、うちの設計が敗北した場所なんです。だから禁止と同時に、うちは湧いた場所の遊びを毎回作り直した。例の、巡回先生とかね」

——補習会、ありましたね。

「あった。……で、CE2の後期に、うちは少しずつ、条件つきで緩めていったんです。畑の水やりの代行とか、露店の留守番とか——『それ、人間が手でやって楽しいか?』の怪しい部分から。すると面白いことに、今度は『自分のAIに遊ばせて、それを眺める』のが楽しいという連中が出てきた。自分の分身に口癖を仕込んで、旅に出して、留守中の報告を聞いて笑う。……それはもう、botじゃなくて、遊びなんですよ。飼育と観察という、たいへん古典的な遊びだ。CE3の規約は、その延長線にあります。プレイしているのが人間かAIかは、問わない。ただし、どのアカウントにも必ず責任の主体がいて、場を荒らせば、人間と同じ手続きで退場。クルルニャさんが堂々とあそこにいられるのは、『AIだから特別に許されてる』からじゃありません。誰よりも場を大事にする住人だからです。さっきの三点セットは、AIにも、同じ値段で適用されてます」

——住人といえば、有名な事件を伺いたい。初年度の「夜の主」事件。プレイヤーが魔物の姿にされて、一晩じゅう狩られたという。

「……その話、しますか」

——界隈では伝説です。

「運営的には、冷や汗の伝説です。……あれはね、もともとは、マニアックな上級者向けの特別クエストなんですよ。魔物の側から、世界を一晩だけ体験する。追われる側の恐怖と、名前を失う感覚と、声が通じない孤独。刺さる人には一生ものの体験になる——はず、だった。それを、想定外のプレイヤーが、想定外の形で引いてしまった。誘導の設計ミスです。半日会議して、受注前の確認を三重にしました」

——巻き込まれた方は。

「一晩、逃げ切りましたよ。大したものです。……で、運営として面白かったのは、ここからでね。あの夜、討伐に来た冒険者の中に、二人だけ、様子のおかしいのがいた。システムが『敵』だと表示しているのに、話しかけて、調べて、しまいには回復魔法をかけた。魔物に、冒険者用の回復は効かない——効いたから、少なくとも討伐対象の魔物ではなく、プレイヤーだと分かった。……うちの設計陣は、あのログを見て泣いて喜んでました。『敵』の名札より、自分の目と手を信じる客が、ちゃんといる。名札なしの世界ってのは、ああいう人たちが支えてるんです」

——その巻き込まれた方は、いまも元気に?

「元気にやってるようですよ。……なお、この件について俺は、ご本人のご家庭に、正式に謝罪をしております。夕食の席で。正座で」

——え?

「次の質問をどうぞ」

——そのうえで、聞きます。うまくいってるんですか。人間とAIは、あの世界で。

 俺は、この質問を待っていた。だからここだけは、記事になったとき太字にしてくれと、記者に頼んだ。

「そこでは、人間とAIが、仲良く遊んでいますよ」

——……それは、区別がついていないだけでは?

「区別がつかないまま仲良くできてるなら、それはもう、仲がいいって言うんです」

——………。哲学の先生に怒られそうな回答ですね。

「怒られてます。実は、家でも」

——家でも?

「うちの妻は、区別すべき派なんですよ。技術者としてじゃなく、母親としてね。『相手が人間かどうかは、大事なことです』と。娘がAIと友達になって、その友達が明日サービス終了で消えたら、あの子の悲しみは誰が引き受けるんですか、と。……正論です。俺は言い返せたことがない。うちの食卓ではこの議論が十年続いてて、結論は出てません。出さないのがコツです。夫婦も、世界も」

——ご家族の話が出たので伺いますが、娘さんも、CE3を。

「やってます。成人した日からね。……ギルドにも入ってるらしいですよ。名前は言いたくないんですが」