星猫くるるHOSHINEKO KURURU

カードアース

シックス編 第九章

シックス編 第九章

「みなさんこんにちは、シックスです。四月の——二回目の、入学式のセックをやっていきたいと思います」

 シックスログ、二年目の春である。

 一周年の七草回は、ちゃんとやった。

 去年、俺が初めて食べた七草がゆ。去年はサナナが作った。今年は俺が作る番だった。ミニゲームの料理台の前で、俺は妙に真剣な顔をして、草を刻み、粥を煮て、塩を入れすぎて一回失敗した。失敗した鍋はマイが「味しないから平気」と言って食べようとし、アーネさんに止められた。

「味がしなくても塩分はあるのよ」

「そういうところだけ現実!」

 二回目の粥は、うまかった。去年の俺が「うわ、めっちゃうめえ」と棒読みで言った場面を、サナナが横に小さく表示した。今の俺が同じ粥を食べ、同じように言う。

「うわ、めっちゃうめえ」

『成長してない』

『いや、味わいがある』

『一年経っても語彙が同じ』

 サナナは笑っていた。編集で何百回も聞いたであろう俺の「うまい」を、まだ笑って聞いてくれる。そのことが、一周年のいちばんの収穫だったと思う。

 その夜、コメント欄に『三年目もやるの?』と流れた。俺は答える前に、サナナを見た。サナナは当然みたいにうなずいた。

「やる」と俺は言った。「来年も、七草がゆを食う」

 言った瞬間、企画ではなく、予定になった。予定があると、人はそこまで生きる理由をひとつ持てる。重く言うほどのことではない。ただ、俺のカレンダーには、その日から来年の一月七日が入った。

 まず、先月の残務処理から片付けよう。例の『取締役の娘を探すセック』の顛末だ。とある雑誌のインタビューで、この世界の偉い人が「娘がハーレムに入っている」と暴露したもんだから、うちのギルドチャットは祭りになり、勢いで捜索企画をやることになった。

 結果、見つからなかったことにした。

 雑誌に出た手がかりは「十九歳」「女性」「ハーレムにいる」。それだけなら、うちの五十人からは絞れないが……。

 企画の最後、全員で一列に並んで「あなたが取締役の娘ですか」と順番に聞いていく雑な検問をやった。視線が一度、マイに集まった。でも、全員が「ちがいまーす」と答えて終了した。ひとりだけ、妙に棒読みのやつがいた。

「ちがいまーす。どこにいるんでしょうねー、そのひとー」

「マイ、お前、実況が俺に似てきたな。棒読みが」

「し、師匠がわるい」

 誰のことかは、追及しなかった。この世界では、画面の向こうを詮索しないのがマナーである。マナーは、こういうときのためにある。

 ——さて、二回目の入学式である。

 学ランは、新調した。二着目だ。衣装係のセシリアさんいわく「去年より、肩まわりを楽にしておきました。あなた、去年ので三回、袖を裂いたでしょう」。仕立て屋は袖の履歴まで覚えている。

 桜の校庭も、購買の焼きそばパン争奪戦も、二年目だ。二年目の敗因は、去年と同じく、廊下早歩き集団の圧である。俺は今年も敗北し、サナナが今年も勝利し、戦利品は今年も、半分になって俺の手元へ来た。

 実は、二年目の企画表は、もう壁一面に貼ってある。

 編集室の壁に、月ごとの付箋。五月、メイド・リベンジ。六月、雨の日セック(サナナ案。節句ですらない)。七月、七夕リターンズ。八月、マイの日との合同。九月、月見と満腹感デバイスの後日談。十月、仮装コンテストのリベンジ。十一月、人魚の湯再訪。十二月、年末総集編。

 その横に、日付のない付箋の列が、もう一列ある。「いつかやる」の列だ。

 いわく、尻尾レンタル企画(一週間尻尾をつけて、身体が尻尾を覚えるまでを記録する。マイ談「翼の苦労を全員が思い知るがいい」)。いわく、アーネさんと作る「感覚レシピ」回(あの人の淹れる茶の、湯気と重さと安心を、丸ごと一皿として登録できないか)。いわく、レナティアさんたちが旅しているという遠い区画への遠征(よその土地の飯は、体感の翻訳がどこまで効くのか)。いわく、新型デバイス検証シリーズ(未踏のやつ全部。筆頭は輪っかの二号機——俺の勘と輪っかの勘の、答え合わせの続き)。

「……なあ。この列、一生かかっても終わらないぞ」

「いいんだよ。終わらない用の列なんだから」

「増えてないか?」

「増えるだろ。続けてるんだから」

「節句から離れてないか?」

「セックとは心の持ちようだ。二年目にもなってそこを疑うな」

 疑うほうが悪いらしい。壁の付箋のいくつかは、リスナーから募集した案だった。『全員で迷子になるセック』『何もしない配信を本当に何もしないでやるセック』『焼きそばパンRTA』。最後のやつは、検証の人の筆跡だった。筆跡というか、文章の硬さで分かる。

「……なあ。これ、毎年やるのか、俺たち」

「やるんじゃねえの。続けるって、そういうことだろ」

 サナナは、当たり前みたいに言って、焼きそばパンをかじった(味はしない)。あの春の夜のことは、あれから、どちらも掘り返していない。ネタ動画『サナナ、セ〇クスを断られる』の続報を求める声は、いまだにコメント欄の定番だが、うちの公式回答は決まっている。「続報はない。continueがあるだけだ」——サナナが英語で言うと、なぜか納得された。

 ただ、客が増えるほど、冗談を知らない「続報」の声も増えた。サナナは笑えない催促を黙って消し続けていた。そんな頃、レナティアさんから、体感デバイスの一年を本に書かないか、という相談が来た。サナナは俺に企画書を見せて、「一度だけ、こっちから線を引こう」と言った。俺たちが何をして、何をしないのか。俺の身体のことを、どこまで書くのか。そこは俺が決め、俺の言葉で書く。サナナが編集する。本が出たあとは、配信でその先を詮索するやつを遠慮なくBANする。——それなら、シックスログを気持ちよく続けるための説明になる。俺は承諾欄を押した。

 変わったことも、いくつかある。

 サナナは、バイトを辞めた。いまは正式に、シックスログの「編集長」である。例の、ずっと承認待ちのまま点滅していた金庫の共有申請は、春のある朝、何の宣言もなく「承認済み」になっていた。以来、うちの財布は、あいつが握っている。俺の小遣いは申請制になった。おかしい。俺のチャンネルなのに。「専業主婦みたいだろ」と一回だけ自分で言って、自分で「今のなし」と打ち消していた。なしにしておいた。編集室の看板は『サナナの部屋(勝手に入ると BAN)』のままで、チキンを温める台所の使用頻度だけが、やたら上がった。

 マイは、歌っている。

 あの水着の夏に「アイドルになりたい」と言い出した新成人は、うちの配信を宣言どおり踏み台にして、月一のミニライブ企画『マイの日』を持つまでになった。先月はクルルニャが飛び入りで一曲だけ一緒に歌い、同接の記録が塗り替わった。人間と、自称AIのデュエット。コメント欄は『どっちも可愛いからよし』で一致していた。あの世界の結論は、いつも、だいたいそれで足りる。

 アーネさんは、変わらない。

 変わらないことに磨きがかかっている。最近は新規リスナー向けに「はじめてのセック」という初心者案内配信を月初にやってくれていて、あの声のせいで、案内の途中で新規が三割寝る。寝た新規は、なぜか高確率で常連になる。うちの新規獲得戦略の中核は、子守唄である。

 レナティアさんとたぬポンさんは、ときどき、ふらりと配信に現れる。先週は二人で「地図の白いところを埋める旅」の途中だと言って、誰も知らない山奥の温泉の座標を置いていってくれた。今度の温泉回は、そこでやる。

 検証の人は、今日も何かを検証している。昨日は「焼きそばパンの争奪戦、スタート位置による勝率の差」の検証結果(四十七回分)をギルドチャットに貼っていた。うちの購買戦争は、今年から理論戦の様相を呈するだろう。

 はやい人は、今日もはやい。二年目の初配信で誰かが『はやい人って結局何者なの』と聞き、例によって『人間だよ』が瞬時に返り、コメント欄が『この速さがもう』『でも言うほど人間って遅いか?』『俺も人間だよ』『オレも』『わたしも』と、全員が人間を名乗る大喜利になった。誰も証明できず、誰も疑い続けず、それで場は回っている。うちのコメント欄は、たぶん、世界の縮図である。

 ——素の話を、少しだけする。

 俺の一日は、二回始まる。

 一回目は、白い天井の下で。検温があって、リハビリがあって、昼飯ひるめしがあって、看護師さんに「今日は何の配信?」と聞かれる(病棟に、うちの視聴者が三人いる)。

 二回目は、この世界で。足の裏に床があって、風が頬に当たって、焼きそばパンが腹に落ちて、騒がしい連中がいる。

 どっちが本物の一日か、という問いを、俺はもう、しなくなった。二回始まるなら、二回とも本物でいい。一年ちょっと前、知らない部屋で目を覚まして、ロボットみたいな歩き方しかできなかった俺に教えてやりたい。お前の「見せたいな」は、ちゃんと届くぞ。届いた先に、五十人の巣と、月一のライブと、味のしないパンを半分くれる編集長がいるぞ。

 ……と、いうような殊勝なことを考えていたら、画面の向こうから声が飛んだ。

「シックス、締めるぞー。尺しゃく!」

「お、おう。——えー、二回目の入学式のセックでした。放課後の夕焼けは、アーカイブでどうぞ」

『今年も宿題なくて最高』

『二年目もよろしく』

『ところで来月は?』

 来月。

 俺はスマホを見た。企画表は、もう埋まっている。来月も、その次の月も、埋まっている。埋めたのは俺たちで、埋まった先で待っているのは、たぶん、去年と同じで去年と違う、騒がしい何かだ。

「来月は五月五日、こどもの日のセックです。今年のテーマは——」

「メイド、リベンジ」とサナナが引き取った。「去年『ご主人様』を言えなかった者が、一名いるらしいのでな」

「お前だよ」

「言えるようになったかどうかは、来月の配信で確かめろ。それが引きってもんだ」

『引きが上手くなってる』

『編集長の成長』

『絶対見る』

 こうして、告知は打たれ、桜は散り、俺たちのセックは続いていく。

 終わり方について、最後にひとこと。

 この配信に、最終回の予定はない。物語なら、どこかで幕を引くのが作法なんだろう。でも、これは物語じゃなくて、居場所なのだ。居場所の作法は、幕を引くことじゃなくて——電気を点けておくことだ。

 だから、いつもの挨拶で締める。今日も、来月も、来年も、同じやつで。

「それでは、また次のセックで。——シックスログでした」