星猫くるるHOSHINEKO KURURU

天導ルリカは生まれるのを止めた

第二話 良い子の方針

第二話 良い子の方針

八月十八日から、翌年の三月まで。

 *

宗一郎の遺体は、八月十六日の朝六時過ぎに見つかった。ゲームのとおり、桟橋の杭のあいだだった。

葬儀は十九日に帝都の本家で行われた。墓は、二年前の春に亡くなった奥様の百合子さまの隣に決まった。百合子さまは長く病気で、十歳の瑠璃の記憶の中では、いつも奥の間の障子の向こうにいる人だった。八つの春の葬儀で、瑠璃は白い菊を一本持たされた。私は母の隣に座り、焼香の順番を待った。前に三十人ほど並んでいた。そのうちの十一人が、焼香を終えて席へ戻る途中で、一度だけ私のほうを見た。

見られた回数を、私は数えた。現場で人の目の向きを数えるのは、調査の癖だった。数えておけば、あとで比べられる。

十一人のうち、七人は私を見てから母を見た。四人は私だけを見て、すぐに目をそらした。

四人のほうの目を、私は覚えておくことにした。あれは、迷子になった子のせいで人が死んだ、と思っている目だった。仕事で何度も見た。事故の原因が子どもにあると聞いた大人は、子どもを責めないように気をつけながら、子どもを見る。

一人だけ、誰のほうも見ずに焼香を終えた人がいた。背の高い女の人で、髪をきっちりと結い上げ、供えの包みを付き人に渡さずに自分で持っていた。静子さまだった。去年の冬、おじさまとの婚約の披露で、九つの瑠璃は一度だけこの人に挨拶をしていた。十月に本家へ入るはずだった人だ。

父は、葬儀の席にいなかった。

父が帝都に着いたのは十六日の朝で、本社で電報の件を確かめたあと、湖へとって返した。星見荘に着いたのは十六日の夜だった。そのときにはもう、宗一郎は運び出されていた。父は十七日と十八日、湖で警察と村の人に話を聞かれ、葬儀には間に合わなかった。

そう聞いたのは、十九日の夜だった。聞かせてくれたのは、お絹だった。

お絹は私付きの女中で、小柄で、顔が丸い。いつもは前掛けの紐をきゅっと結んで、よく笑う。その夜は笑っていなかった。

「旦那様は、電報を持って帰っておいででした。本社は、そんな電報は出していないと」

「電報を」

「はい。旦那様は、警察の方にもそうおっしゃったそうです。でも」

お絹はそこで口をつぐんだ。

「でも?」

「……お嬢様を置いて湖を離れたのは本当だから、と。そう言う人がいるのです」

私は礼を言った。お絹は、お嬢様に礼を言われるようなことは何も、と言って下がった。

その夜、私は帳面を一冊もらった。学院で使う習字の帳面の余りだと言って、古くからいる女中のフミが持ってきてくれた。私はそれを枕の下に入れた。表紙には何も書かなかった。

書く前に、鏡台の前に座った。舟屋の夜から、自分の顔をまだちゃんと見ていなかった。

黒い髪を肩で切りそろえた女の子がいた。目の形がきつい。母の目だった。頬にはまだ丸みが残っていて、その丸みのせいで、きつい目が少しだけ子どもの顔に収まっていた。泣いたあとのように、まぶたが腫れていた。泣いた覚えは、私にはなかった。

最初の頁に、白石澄の字で書いた。鉛筆は、十歳の瑠璃の左手に収まった。白石澄は右で書く人だった。左の手は、澄の書き癖を半分しか再現しなかった。

 八月十五日 電報 本社は出していない(父・お絹)
 八月十五日夜 宴 お絹台所へ 以後の記憶なし
 八月十六日一時 舟屋 足跡 大人の草履一筋 私の足跡なし
 同 口中 糖蜜 苦み
 同 毛布 母の部屋の香
 同 母「何も覚えていないわね」

それから、一行空けて書いた。

 迷子の子が、薬を飲んでいたのはなぜか。

ゲームは、この問いに答えている。母が兄に命じられて、娘を眠らせた。答えがあるからといって、問いを消していいわけではない。私はその一行を、帳面の最初の頁に残した。

 *

九月十五日、親族会が開かれた。

私は出席していない。十歳の子は出ない。話の中身は、あとでいろいろな人の口から少しずつ入ってきた。女中頭が台所で話したこと、佐伯が母に報告したこと、母が私に言い聞かせたこと。それをつなげると、次のようになった。

 父は、宗一郎の死について責めを問われた。娘を置いて湖を離れたこと、見回りを番人任せにしていたこと。
 父は、偽の電報のことを言った。親族会は、それを調べるとは言わなかった。
 父は、血の検査の紙を見せられた。娘の血液型と、自分の血液型が合わないことを示す紙だった。この帝都では、血の型を調べるのはまだ新しい学問で、子どもの血まで調べてある家は珍しい。父は、その場で否認の書類に署名した。
 父は、家を去ることになった。
 私は、本家の養女になることが決まった。宗一郎の遺志だと説明された。
 私の後見人は、伯父の貞光になった。

最後の一行を聞いたとき、母は台所の横の廊下で、湯呑を落とした。私はそれを、階段の上から見ていた。湯呑は割れなかった。母は拾い上げて、しばらくそのまま立っていた。

母は、後見人になるつもりでいたのだろうか。

ゲームには、この場面はなかった。ゲームは、澪の目で書かれている。十一歳の澪は、この廊下にいなかった。

私は帳面に書いた。

 九月十五日 後見人は伯父 母は湯呑を落とした(知らなかった?)

括弧の中に疑問符をつけた。知らなかったから落としたのかもしれない。知っていたが、決まったことに耐えられなかったのかもしれない。湯呑一つでは、どちらとも言えない。

父は、その日のうちに家を出た。

玄関で、父は私の前にしゃがんだ。

天導恭介。四十一歳。大柄な人で、しゃがんでも、十歳の私の目より頭が高かった。日に焼けた顔に、剃り残しの無精ひげがあった。造船所で図面を引き、船台にも上る人の手は、指が太かった。背広は、この人にはいつも少し窮屈そうに見えた。その肩が、少し濡れていた。雨が降っていた。

「瑠璃」

「はい」

「父さんは、しばらく遠くで働く」

「はい」

「お前は、この家の子だ。そう決まった。いい子にしとれ」

父はそれだけ言って、私の頭に手を置いた。十五日の夕方、行きたくないなあ、と言ったときと同じ置き方だった。

十歳の瑠璃は、父の袖を掴んだ。白石澄は、それを止めなかった。掴んだ袖を、父はそっと外した。

「手紙を書きます」

私は言った。

父は、少し驚いた顔をした。

「字が書けるのか」

「書けます」

「そうか。じゃあ、待っとる」

父は雨の中へ出ていった。傘は差していなかった。

 *

九月の終わり、私は方針を立てた。

帳面の二頁目に、白石澄の字で書いた。調査計画書の書式で。

 目的 十八歳の成年披露の夜に、断罪されないこと。

 断罪の理由(ゲームの記録)
  一 学院での虐め
  二 十七歳の冬、母の家計簿と弁護士の封書を焼いたこと

 方針
  一 虐めない。これまでにした分は、謝る。
  二 焼かない。家計簿と封書は、見つけても焼かない。
  三 十八歳で澪が真相を明らかにするとき、澪の側に立つ。伯父の罪を明らかにする証拠を、澪に渡す。

 残る問題
  迷子の子が、薬を飲んでいたのはなぜか。

書いてから、私はそれを三度読み返した。

悪くない計画だと思った。ゲームの瑠璃が断罪されたのは、ゲームの瑠璃がしたことのせいだ。したことをしなければ、断罪の理由は二つとも消える。消えれば、残るのは伯父の罪だけだ。伯父が罰を受け、母は従犯として扱われ、私は何もしなかった子として残る。

悪くない計画だった。

ただ、白石澄は、七年の仕事で一つだけ確かに学んだことがあった。

原因を取り除かない予防策は、たいてい、時期をずらすだけで終わる。

私はその一行を、計画書の余白に小さく書いた。書いてから、何の原因のことなのか、自分でもはっきりとは分からなかった。分からないまま、書いたものは消さなかった。

 *

十月、学院へ戻った。

十歳の瑠璃は、学院で嫌われていた。ゲームでは、それは瑠璃が澪を虐めたからだった。でも、澪が来るのは六年も先だ。瑠璃はそれより前から、嫌われていた。

門で、皆が道を空けた。避けたのではなく、道を空けた。よく躾けられた動き方だった。

休み時間、私は十歳の瑠璃の記憶を探した。探すと、三人の顔が出てきた。

一人目は、下級生の小暮。階段で押した。落ちはしなかったが、膝を擦りむいた。
二人目は、同級の河合。筆箱を窓から庭へ捨てた。
三人目は、上級生の水野。水野の家の商会が天導の船から荷を外されたと聞いて、皆の前でそれを笑った。

十歳の瑠璃は、三つとも覚えていた。覚えていて、悪いことをしたとは思っていなかった。瑠璃の記憶の中で、三つとも、母に褒められたあとの日だった。母に褒められた日の瑠璃は、誰かを押したくなった。

私は、その記憶を帳面に書かなかった。調査の記録ではないと思った。

三人には、一人ずつ謝った。

小暮は、泣いて逃げた。河合は、「別に」と言って、目を合わせなかった。水野は、しばらく私を見てから、「あなたが謝るとは思わなかった」と言った。

三人とも、許してはくれなかった。許されたと思うな、と私は自分に言った。謝られた側は、謝った側が軽くなるのに付き合う義務はない。

それでも、謝ったことは、断罪の夜に数え上げられる行を一つずつ減らす。私はそう考えた。考えてから、それが謝罪ではなく勘定だと気づいた。気づいても、勘定はやめなかった。

 *

十一月、父に手紙を書いた。

宛先は知らなかった。父がどこへ働きに行ったのか、誰も教えてくれなかった。母に訊いた。

「お父様に、手紙を出したいのですが」

母は、少し黙った。

「書いたら、私に渡しなさい。出しておきます」

私は書いた。十歳の字で、便箋一枚。お元気ですか。学院は始まりました。いい子にしています。

母に渡した。母は封筒を袂に入れた。

十二月にもう一通書いた。一月にもう一通。

返事は来なかった。

二月、帳面に書いた。

 父への手紙 三通 すべて母に渡す 返事なし

一行空けて、書いた。

 父が返事を書かない理由
  一 父は私を待っていない(「待っとる」と言ったが)
  二 手紙が父に届いていない
  三 父が返事を書いたが、私に届いていない

三つ書いて、私はペンを止めた。

二と三を確かめる方法は、十歳の私にはなかった。郵便局へ一人で行くことはできない。父の住所も知らない。

私は、いちばん確かめにくい一を、いちばん信じやすいものとして選びそうになった。父は私を待っていない。家を去った人なのだから。

白石澄は、それを止めた。確かめていないことを、いちばん楽な形で信じるな。

私は、三つとも消さずに残した。

三月、四通目を書いた。母に渡した。

母は、それを袂に入れながら、私の頭を撫でた。

「あなたは、いい子ね」

私は、はいと答えた。

その夜、帳面の最初の頁を開いた。

 迷子の子が、薬を飲んでいたのはなぜか。

その下に、半年ぶりに一行を書き足した。

 母は、私が書いた手紙を、全部預かっている。

それが何を意味するのかは、まだ書かなかった。書けるだけの物が、まだなかった。