天導ルリカは生まれるのを止めた
第十三話 新しい計画を読む
第十三話 新しい計画を読む
七月三十日から、八月五日まで。八月十五日まで、あと十六日から十日。
*
七月三十日と三十一日、母は何も変えなかった。
少なくとも、私の見えるところでは。朝食の席で母は新聞を読み、昼は女中頭と湖の荷物の話をし、夕方は父の帰りを待った。私は母の居間の前の廊下を、朝と夕方に一度ずつ通った。
変えた物は、必ずどこかに出る。二十九日の夜にそう考えた。出るまで、待つしかなかった。
*
八月一日、母がお絹を居間へ呼んだ。
私はそれを、廊下の角で聞いていた。
「お絹。十五日の晩は、あなたも村の盆踊りへ行っておいで。去年は一晩中台所だったでしょう。今年は、瑠璃の世話はいいから」
「まあ、奥様。よろしいのですか」
「いいのよ。毎年働かせてばかりで悪いと思っていたの。お小遣いも少しあげる」
お絹の声が、嬉しそうに弾んだ。
「ありがとう存じます」
私は廊下の角から離れた。
前回のお絹は、宴の途中で台所へ行かされた。氷を割れと言われて。氷はもう割ってあった。戻ったとき、私はもう縁台にいなかった。
お絹を遠ざけるのに、前回の母は、宴の途中の三十分を使った。
今回の母は、お絹を、晩のあいだじゅう遠ざける。
帳面に書いた。
八月一日 母→お絹
「十五日の晩は、盆踊りへ行っておいで。瑠璃の世話はいい」
前回 宴の途中で台所へ(三十分)
→ 変化その三
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八月二日は土曜で、本家で時計を巻く日だった。
母は、今日は行かなくていいと言うかもしれない、と私は思っていた。母は何も言わなかった。いつものように車で送り、奥の間で女中頭と話をした。
星の間では、四十三の時計が鳴っていた。
おじさまと二人で、下の段から巻いた。私が十三台、おじさまが三十台。巻き終えると、おじさまは窓際の机で帳面をつけ始めた。私は横で、巻いた時計の番号を読み上げた。
十一時過ぎ、佐伯が月末の払いの束を持ってきた。
「旦那様、七月分でございます。お目通しを」
「そこへ置いてくれ」
佐伯は束を机の端に置き、一番上の一枚だけを指で押さえた。
「一件だけ、先にお耳に入れておきます。分家の貞光様から、星見荘の物置用にと、細工鋸を一挺。本家のお払いにしてくれとのお申しつけでございました。金物屋の請取はこちらに。三十日の日付でございます」
「細工鋸」
「はい。板の下から挽く、柄の曲がったものだそうで。桟橋の板の継ぎを直すのにお使いになると」
おじさまは、少し笑った。
「貞光さんは、毎年、湖で大工の真似をする」
「さようで」
「払っておいてくれ」
佐伯は一礼して下がった。
私は、時計の番号を読み上げる声を止めなかった。止めれば、おじさまが私の顔を見る。
*
帰りの車の中で、私は何も書けなかった。母が隣にいた。
家へ戻って、部屋の襖を閉めてから、帳面の新しい頁に書いた。
八月二日 本家 星の間
佐伯「貞光様から、星見荘の物置用に細工鋸を一挺。本家のお払いに」
「板の下から挽く、柄の曲がったもの」
「桟橋の板の継ぎを直すのに」
請取の日付 七月三十日
前回 伯父が柱を切った鋸は、星見荘の物置の鋸(ゲーム)
→ 変化その四
前回の伯父は、星見荘の物置にある鋸で、桟橋の先端の柱を切った。物置の鋸で足りたからだ。わざわざ買う必要はなかった。
今回、伯父は新しい鋸を買った。板の下から挽くための、柄の曲がった鋸を。
新しい道具を買うのは、古い道具で足りない仕事をするときだ。
盆の湖行きの費用は、毎年本家が持つ。桟橋の修繕用としてそこへ入れれば、鋸の請取があっても怪しまれない。おじさまは、目の前で笑って払いを認めた。
*
八月三日、母が私を居間に呼んだ。
居間の卓の上に、紙の灯籠が一つ置いてあった。白い紙を貼った四角いもので、角に小さな瑠璃色の紙の星が一つ貼ってあった。子どもの手で持てる大きさだった。
「あなたの灯籠よ。銀座の紙屋で作らせたの」
母は灯籠を私の手に載せた。軽かった。
「今年は、あなたが一人で、桟橋の先から流しなさい」
私は灯籠を持ったまま、母の顔を見た。
「一人で」
「もう大きいんだから。大人の後ろからじゃなくて、一番先から流すのよ。おじさまも喜ぶわ」
母は笑っていた。
「怖い?」
私は答えなかった。
「怖いなら、無理にとは言わないわ。桟橋、怖いんでしょう。夢に見るくらい」
母は、私がしていない話を、今度は私にしていた。
「……怖くない」
「そう。えらいわね」
母は私の髪を撫でた。
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その夜、帳面の四つの変化の下に、五つ目を書き足した。
八月三日 母→私
子ども用の灯籠(瑠璃色の星)
「今年は、あなたが一人で、桟橋の先から流しなさい」
「怖いなら無理にとは言わない」「桟橋、怖いんでしょう」
→ 変化その五
五つの変化を、一覧にした。
前提 母は七月二十二日に、私の手紙を読んだ(澪の手紙の封 フミの話)
一 灯籠の晩は起きていていい(七月二十六日 私へ)
二 娘は湖の悪い夢を見る、桟橋を怖がる(七月二十七日 客へ)
三 お絹を晩のあいだ盆踊りへ(八月一日 お絹へ)
四 伯父が細工鋸を買う 板の下から挽くもの(七月三十日の請取 佐伯)
五 娘に一人で桟橋の先から灯籠を流させる(八月三日 私へ)
白石澄は、仕事でこういう一覧を何度も作った。事故の前に起きた、いつもと違うことの一覧。一つずつなら、どれも説明がつく。並べると、一つの形になる。
私は、その形を読んだ。一段ずつ。どの段も、一覧のどの行から来たのかを横に書きながら。
*
一段目は、場所だった。前提と、四から。
私の手紙は、小野さんに、桟橋の「柱」を毎朝見てくれと頼んでいた。前回、伯父が切ったのは先端の柱だった。母はそれを知っている。同じところを切れば、八月一日から毎朝柱を見ている番人に、翌朝見つかる。
だから、切る場所を変える。番人が見ない場所へ。
伯父が買ったのは、板の下から挽く鋸だった。桟橋の板の下には、杭と杭をつなぐ梁が横に渡してある。梁は、上からは見えない。桟橋の上に立っても、岸から見ても、板に隠れている。見るには、舟で桟橋の下へ入らなければならない。
柱を見てくれと頼まれた番人は、柱を見る。梁は見ない。
私の手紙が、伯父に切る場所を教えた。
二段目も、場所だった。梁は、付け根から先端まで何本もある。どれを切るか。
付け根の近くは浅い。前回の十八歳の夏、架け替えられた桟橋の下で、番人の男が膝まで水に入って杭を打っていた。そこで落ちても、大人は立てる。先端の近くは、灯籠を流す者が膝をつく場所で、番人が柱を見る場所でもある。
残るのは中ほどだった。落ちれば足がつかない深さがあり、付け根から走り出した大人が、いちばん速くなっているところ。
梁 中ほど(推定 確かめていない)
と私は書いた。確かめていないことは、確かめるまで推定と書く。
三段目は、眠りだった。一と五から。
前回、母は娘を眠らせた。眠らせた子は、迷子にするしかない。迷子にするには、子どもを背負って舟屋へ運ぶ手間と、運ぶところを誰にも見られない時間が要る。前回、母はそのために、お絹を三十分遠ざけた。
今回、母は娘を起こしておくと言った。そして、一人で、桟橋の先から灯籠を流せと言った。
起きている子は、自分の足で歩く。自分の足で、梁の上を通って、桟橋の先まで。
四段目は、重さだった。
私は、帳面の余白で数字を書いた。十歳の子の目方は、九貫目に届かない。大人の男は、十六、七貫目。歩く子どもは、一歩ずつ体重を板に載せる。走る大人は、一歩ごとに、自分の目方の倍近い重さを板に叩きつける。
梁を、子どもの歩く重さでは折れないが、大人が走れば折れるところまで挽いておく。
白石澄は、そういう壊れ方をした足場を、工場の転落事故の現場で一度見たことがあった。点検のときには折れなかった。点検した人が、歩いて渡ったからだ。
挽き加減を誤れば、梁は私の足の下で折れる。その先は、書かなかった。
五段目は、そばにいる人だった。三から。
お絹は盆踊りにいる。娘のそばに誰もいない。娘が本当はどこにいるのかを、すぐに言える者が、桟橋のまわりにいなくなる。
六段目は、叫び声だった。
子どもが桟橋の先にいるとき、闇の中で水音がする。誰かが叫ぶ。
「瑠璃が落ちた」
叫ぶのは、たぶん母だ。娘に一人で先へ行けと言ったのは母で、娘のそばからお絹を外したのも母だった。娘の居場所を知っているはずの人が、娘が落ちたと言えば、誰も疑わない。
水音を立てるのが誰かは、一覧からは読めない。私はそこを空けておいた。
七段目は、走る人だった。
おじさまは、走る。前回も、走った人だった。娘がいないと聞いて、暗い桟橋の先へ。
走る大人の目方で、中ほどの梁が折れる。
父は、また電報で遠ざけられるだろう。前回の電報の理由は、今回も変わらない。娘が落ちたと聞けば、父は誰より先に走る。父が先に走れば、折れた梁の上に落ちるのは父になる。相手を間違えないためには、父がいてはいけない。
八段目は、あとのことだった。二から。
娘が湖の悪い夢を見ていると、母は客に話してある。
あとで、娘が何を言っても、それは夢の続きになる。桟橋の梁のことを言っても。叫んだのは母だと言っても。
そして、おじさまが死んだあと、娘は、自分が桟橋の先にいたからおじさまが走った、と一生思う。
*
一覧に、一行だけ、変わっていないものがあった。日付だ。
母は、娘が何かを知っていると気づいた。それでも、八月十五日をやめていない。灯籠の晩のための支度を、一つずつ進めている。
なぜ日を変えないのか。
三村さんのところの紙は、去年の十二月にできた。おじさまと静子さまの婚礼は、十月。死んだときに効く紙があって、おじさまがまだ結婚していない。そのあいだにしか、この計画に意味はない。残りは、もう二か月半だった。
その二か月半のうちに、おじさまが暗い水のそばへ来て、大勢の目の前で、自分から危ない所へ走る夜は、灯籠の晩しかない。帝都の本家で人が死ねば、事故とは呼ばれにくい。
それに、母が読んだのは手紙一通だった。娘が桟橋を気にしている、としか母には分からない。何をどこまで知っているかは、分からない。分からない相手に対して、母は計画の骨組みを残し、娘に読まれた部品だけを替えた。
私は、ペンを置いた。
指が冷たかった。八月の夜なのに。
一覧の一番下に、結論を書いた。
餌は、今度も私。
ただし今度は、眠っていない私。
書いてから、しばらくその二行を見ていた。
私が予防のためにした、たった一つのこと。澪への手紙。小野さんに柱を見てもらうための手紙。それが、伯父に切る場所を教え、母に娘を起こしておく理由を与え、娘の恐れを夢の話にする口実を与えた。
母は、私の予防策を、罠の部品にした。
十八歳の四月、私が守った乾板を、母は私の沈黙の証拠にした。十歳の七月、私が送った手紙を、母は私を歩かせる道にした。
同じ手口だった。母は、私が作った物を使う。
*
白石澄は、帳面の最初の頁を開いた。規則の一覧だ。
一 誰も死なせない。
二 八月十五日まで、誰にも気づかせない。
三 証拠は、大人が自分の目で確かめた物だけを使う。私の言葉は証拠にしない。
四 最後に、殺しても何も得られないようにする。
二つ目に、線を一本引いた。
気づかせてはいけない人に、もう気づかれた。母は、娘が何かを知っていると気づいている。ただ、何をどこまでかは、手紙一通からは読めないはずだ。それだけが、まだ私の手の中にある。
線の横に、書き足した。
二(改) 母に、私が新しい計画を読んだことを気づかせない。
それから、七月二十一日に候補の頁に書いたことを、一つ取り消した。
おじさま
今は言わない。
その行にも線を引いた。
母が計画を変えた以上、私一人では八月十五日の夜を守れない。梁の下へ入るには、大人の手が要る。走らない、と決めるのは、おじさま自身でなければならない。
ただ、おじさまに言う方法は、規則の三つ目に従わなければならない。十歳の子の言葉ではなく、おじさまが自分の目で確かめられる物で。
そして、母に気づかれない場所で。
四日と五日、私は帳面の予定の欄を何度も見た。
八月十二日 夜 本家で夕食(湖へ発つ前の晩の、毎年の習い)
本家の星の間には、母は入らない。おじさまが時計を巻くとき、母はいつも奥の間にいる。
八月十二日 夜 星の間 おじさまに言う
書いて、ペンを置いた。
十日。