天導ルリカは生まれるのを止めた
第十九話 十歳の逆断罪(2/2)
母の身体が、固くなった。
私は、母から離れた。お絹の手の中へ戻った。
母は、私を見ていた。
何か言おうとして、唇が動いた。言葉は出なかった。
*
夜明け前、町の警察が着いた。
伯父が連れ出され、母が続いた。母は玄関で、一度だけ振り返った。私を見た。何も言わなかった。
私は、父の隣に座って、父の腕にもたれて、それを見ていた。
縁側の外で、湖が白み始めていた。流した灯籠は、一つも見えなかった。途中で沈んだのだと思った。
父が、私の頭の上で言った。
「紙のことは、夕方、宗一郎さんの部屋で聞いた」
私は、父の顔を見上げた。父は、湖を見ていた。
「聞いて、何か変わるかと思うた。変わらんかった。お前は今日、父さんを汽車に乗せんかった。それで足りとる」
父は、それだけ言った。
おじさまが、私の反対の隣に座った。
「瑠璃」
「はい」
「さっき、藤乃に何と言った」
私は答えなかった。
おじさまは、それ以上訊かなかった。訊かないことを、この人も自分で決めたようだった。
「生きているうちに決める、と三村に言った」
おじさまは、湖を見ながら言った。
「まだ、何を決めるかは決めていない。……だが、一つだけは今決めた。星の間の時計は、私が死ぬまで全部巻く。私が死んだら、お前が巻け」
「はい」
私は、父の腕にもたれたまま、帳面を開いた。最後の頁だった。
八月十六日 午前四時五十分 星見荘
死者 なし
報告書の結論の欄には、それだけを書いた。
再発防止策の欄は、空けておいた。この事件に次はない。宗一郎は、一度も死ななかった。