天導ルリカは生まれるのを止めた
第四章 門までは近すぎた(2/2)
さっきまでの晴れが嘘のように、東屋の屋根が鳴った。私はフミから番傘を受け取って、門まで送ると言った。傘は一本しかなかった。フミは、二本目を探しに行こうとしなかった。
一臣が傘を持った。
彼は、傘を傾けなかった。まっすぐ、二人の真ん中に差した。敷石を半分も行かないうちに、彼の左の肩と、私の右の肩が、同じくらい濡れて色を変えた。
この人は、こういうふうに傘を差すのだ、と思った。どちらかだけを濡らさない。二人ぶんを、半分ずつ濡らす。
私は傘の柄に手を添えて、少しだけ彼のほうへ傾けようとした。彼の手の上に、私の手が重なった。彼は傘を傾けなかった。私も手を離さなかった。傘はまっすぐのまま、私たちは歩いた。歩くたびに、私の肩が彼の腕に当たった。どちらも謝らなかった。
小径の分かれ目で、彼は門のほうではなく、生垣のほうを見た。
「三年前の秋、初めて庭の端まで歩いた日のことだが」
「行き止まりでした」
「行き止まりなのは、知っていた」
私は彼を見上げた。
「知っていて、歩いたんですか」
「門までは、近すぎた」
彼はそれだけ言って、門のほうへ歩きだした。傘の中なので、私もついて行くしかなかった。三年のあいだ分からなかったことの答えを、彼は雨の音にまぎらせるようにして言った。耳が熱くて、雨が冷たいのかどうかも分からなかった。
東屋から生垣まで、三十歩と少し。あの日、一臣はその三十歩を、わざと歩いた。
門の庇の下で、彼は立ち止まった。
「来月は、八月だ」
「はい」
「八月は、商会が忙しい。船が動く」
「はい」
「来られないかもしれない。言っておかないと、あなたが待つと思ったので」
「待ちません」
一臣が、こちらを見た。
「待たないので、来られる日を教えてください」
彼は少し黙った。庇から落ちる雨が、私たちのあいだで細い簾になっていた。
「……二十日。夕方なら」
「二十日の夕方ですね」
彼は頷いて、傘を私に渡して、雨の中へ出ていった。濡れても平気だ、と言う人の背中だった。
部屋に戻って、暦の八月二十日に点を打った。いつもより、少し濃く打った。