天導ルリカは生まれるのを止めた
第六章 二曲目(2/2)
私は、それを七年前から知っていた。知っていて、この人を好きになった。知っていて、帳面を澪に渡した。渡したことは、後悔していない。焼くな、出しなよ、と画面に言っていた私が、出した。それは、何度やり直しても、同じようにする。
後悔していないのと、つらくないのは、別のことだった。
仕組みが悪いのと、あの人が悪いのは、両立します。灯台守の話をした日、私はそう言った。帳面を出したのが正しいのと、この人に黙っているのがつらいのも、両立していた。
明日、会いに行って、全部言ってしまおうか。
そう思った。思ってから、自分の手を見た。今日、あの人の拳に置いた手だった。
言わない、と決めた。
あの人が、自分で決める。父親のことを、自分の手で。私はそれを、そばで待つ。
十歳の秋から、私は待たないと決めてきた。待つのは苦手だった。自分では何もできないことが、どこかで勝手に決まっていくのを待つのは、昔から駄目だった。
これは、勝手に決まっていくことではなかった。あの人が、決めることだった。
だから、待つ。
私は起き上がって、洋燈をつけて、ノートを開いた。
十月十七日
一臣さん 父上の紙(七年前の七月)。
父を疑いたくない、と。
どうするかは、私が考える、と。
私は、何も言わなかった。
待つ。
最後の一行を、しばらく見ていた。祖母の店の帳面に、この言葉を書いたことは一度もなかった。
余白に、何か描こうとして、鉛筆が止まった。止まったまま、洋燈の火が短くなっていった。
結局、何も描かなかった。描かなかった余白を、私はそのままにして、ノートを閉じた。