天導ルリカは生まれるのを止めた
第六章 星の間(1/2)
第六章 星の間
十八歳の誕生日の朝、三村弁護士が来た。
四月二十日。晴れていた。庭の桜はもう散っていて、敷石に花びらが張りついていた。
三村は六十に近い、小柄な人だった。玄関で名刺を出し、「お嬢様に直接お渡しするようにと申し付かっております」と言って、封書を差し出した。
「どなたから」
「天導宗一郎様から。十八歳の誕生日にお渡しするようにと」
ゲームの瑠璃は、この封書を読まずに燃やす。十七の冬に、母の帳面と一緒に。だから画面の中で、三村の封書の中身は一度も出てこなかった。あちらの瑠璃のところへは、もっと早く届いていたのかもしれない。この家では、十八の誕生日の朝に来た。
私は封書を持って、自分の部屋へ上がった。
鍵をかけた。窓を閉めた。座って、封を切った。
三通入っていた。
一通目。遺言の写し。
――余、天導宗一郎、天導瑠璃を余の実子として認知す。本条項は余の死亡により効力を生ずるものとす。
日付は、瑠璃が三つの年の十二月。証人二名の署名。宗一郎の署名。
ただの「おじさま」ではなかった。
私は自分がこの八年、「おじさま」の写真に手を合わせていたことを思った。仏間で、母の隣で、珈琲の匂いの中で。
二通目。手紙の写し。
――藤乃へ。
――私たちの子に、名を考えた。
――男の子なら勝手にせよ、女の子なら瑠璃としたい。瑠璃丸の瑠璃だ。船の名を人につけるのは縁起が悪いと父なら言っただろうが、あの船は沈まなかった。
――銀細工屋に星を頼んだ。裏に名を彫らせる。生まれる前に彫らせるのは気が早いが、私は気が早い。
日付は、この身体が生まれる二月前。
私は髪飾りを取り出した。裏を見た。「瑠璃へ」。
この三文字は、生まれる前に彫られたものだ。生まれる前に、この人はもう名前を決めていた。気が早い、と自分で書く人だった。十歳の朝から八年、私は写真の顔しか知らなかった。
三通目。母の字だった。
――宗一郎様。静子様とのご婚約のこと、兄から伺いました。
――百合子様がお亡くなりになってから、一年、待ちました。この子が生まれてからは、三年。
――私はあなたに、もう何も求めません。ただ、この子の身分だけは、あなたの手で確かにしてください。
――生きておられるうちに言えないのでしたら、せめて、亡くなったときに効く紙を、この子にください。三村先生へお預けくだされば、それで結構です。
――あなたは決めない人です。決めないことで、人を待たせて、待たせていることに気づかない人です。私はもう待ちません。
日付は、一通目と同じ十二月だった。
私は三通を膝に並べた。
亡くなったときに効く紙。
その紙は、宗一郎が死ななければ何の意味もない。宗一郎が静子と結婚して子を持てば、なおさら意味がない。その紙を求めたのは母だった。母の字で、母の言葉で。
指を折った。十二の夏、母は言った。婚礼は、あなたが四つの年の十月のはずでした。
三つの十二月に、この手紙。四つの四月に、帳面の最初の薬と、その横の四つの語。七月に、伯父の下書き。八月に、湖。十月に、婚礼のはずだった。
指が、そこで止まった。数えるまでもなかった。
四月は、七月より先だった。
母は、被害者ではなかった。
いや――被害者ではなかった、というのは正確ではない。母は血のない分家の娘で、兄に後見権を奪われて、愛した人には決めてもらえなかった。一年待って、三年待って、それでも選ばれなかった。それは全部本当だ。
同時に、この紙を求めたのは母自身で、兄の下書きより三か月早く、湖と灯籠と舟屋を帳面に書いたのも、母自身だった。この三通と帳面だけで、あの夜の全部の手順が分かるわけではない。それでも、何も選べず兄に従わされたのだ、という私の説明では足りなかった。
私が十二歳の夏に選んだ解釈は、私が楽になるための解釈だった。
十四の冬、あの帳面を見つけた日に、私は四月という字を見た。見て、ゲームで伯父がいつ妹に話を持ちかけたのかを思い出そうとして、思い出せないふりをした。十七の秋、一臣の下書きの七月という字を見た。見て、いちばん母に優しい理由を選んだ。私は二度、見ていた。二度とも、見なかったことにした。
手紙の中で、母は一度も、この子を名前で呼んでいなかった。
この子の身分。この子にください。この子が生まれてからは。
十歳の朝、この身体の喉に残っていた言葉の尻尾を、私は思い出した。
――……なければ、よかった。
あの朝、母は仏間で、この子に何かを話した。この子は話の途中で部屋へ戻り、枕を濡らした。何を話したのか、私は八年、訊けなかった。
いまも分からない。分からないが、一つだけ思い当たる言葉があった。――生まれてこなければ。
この子は、宗一郎の子として産まれて、恭介の子として届けられて、本家の子になるための紙を待たれて、その紙が効くために、四つの夏に眠らされた。そのあとの六年、この家で、母の話を聞いて育った。
私は長いあいだ、膝の上の紙を見ていた。
それから、南浦の人のことを思った。九年間、造船所の事務に、娘から手紙が来ていないかと訊き続けた人。私は五通書いた。五通とも母に渡した。母は「出しておきます」と言った。
あの五通が、どこへ行ったのか。
答えは、この三通目の字と同じ字で書かれているはずだった。
母を守る理由の半分は、この朝、なくなった。残りの半分は、珈琲店の二階で南浦の人の話を聞いた冬に、もうなくなりかけていた。それでも私は、四月まで決めなかった。決めないまま、今日が来た。
出す時期を自分で選ぶ、と十歳の夜に決めた。その私は、八年間、一度も選ばなかった。
――私はもう待ちません。
母の字だった。母はそう書いて、待つのをやめて、人を死なせた。
私は、待つのをやめて、何をするのだろう。
破滅は来るだろう。ゲームで見たとおりに来るかもしれないし、違う形で来るかもしれない。どちらにしても、それは私がこの八年に選んだことと、選ばなかったことの結果だ。私は、それを引き受ける。
私は鏡台の底板を外した。
三年余り隠してきた藍色の帳面を出した。今度は、戻すつもりで開かなかった。
三村の封書と並べて、机の上に置いた。
その日の午後、母が部屋に入ってきた。
ノックはなかった。母は机の上を見た。三村の封書と、藍色の帳面。
母は何も言わなかった。
私も言わなかった。
母は一分ほど立って、それから、私の髪に触れた。
「今夜は、髪を上げなさい」
「はい」
「星をつけて」
「はい」
母は出て行った。
母は帳面を取り上げていかなかった。私が出すと知ったのかどうか、訊く時間はもうなかった。
*
黒と深紅の衣装だった。この家では十八の成年披露に、当主の血筋の子は黒地を着ることになっている。深紅は袖と裾の縁取りに使われていて、動くたびに黒の中から細く見える。裾は重く、歩幅を狭くしないと踏む。
仕立ての最後の日に、袖口の深紅がもう少し見えるようにしてくださいと、私は仕立屋に頼んだ。腕を動かしたときに、赤が糸のように光るのがいいと思ったからだ。母がそれに気づくとは限らない。気づかなくてもいい。気づいたら嬉しい。そのくらいのことのために、私は三日迷って仕立屋に手紙を書いた。
鏡には天導瑠璃がいた。
十八の瑠璃。私が十歳の八月からずっと借りている顔。目のかたちが母に似ていて、そこだけ私は見るのが苦手だった。髪は結い上げてある。まだ髪飾りは挿していない。
「動かないで」
母が後ろに来た。手には銀の星があった。
六つの角を持つ、掌に隠れるほどの小さな星。母の指が私の髪に触れて、星を留めた。
「今夜はこれをつけていなさい」
「はい」
「あなたは瑠璃という名前で紹介されます。瑠璃丸の瑠璃。天導の船の名前。それだけ覚えていればいいの」
鏡の中で母と目が合った。母は少し笑った。四十二歳の、疲れていない日の笑い方だった。
「よく似合っている。深紅は難しい色なのに」
私は嬉しくなってしまった。今日の午後、机の上に何があったのかを知っている人に褒められて、嬉しくなってしまった。そういう自分に気づいて、袖口を直した。
今夜、私は何を失うのだろう。数えかけて、やめた。数え始めると足が動かなくなる。
*
星の間の壁には、天井の縁まで星図が貼られている。北の空をひとつ、南の空をひとつ、そのあいだに海図がいくつも並び、赤い糸で航路が引いてある。糸の折れ目に印がついているのは、天導の船が寄った港だという。祖父の代から誰も貼り替えていないから、いまでは実際の航路と合わない線もあるらしい。それでも誰も剥がさない。この家の人間は、古い紙をとても大事にする。
壁の下半分には時計が並ぶ。船舶用の真鍮の時計が、四十三あると佐伯が言っていた。十二の冬に自分で数えようとして、二十を過ぎたあたりで、どれを数えたのか分からなくなってやめた。動いているのは十九だけだという。動いている十九の秒針がわずかにずれて刻むので、この部屋にいると、雨が屋根を叩いているような音がずっと続く。
今夜は、その音の中で私の成年が披露される。
悪人だけの集まりではない。この広間には、私が八年かけて挨拶を覚えた人たちがいる。川口先生がいる。学院の教師がいる。分家の商会の人がいる。去年、庭の薔薇の株を分けてくれた老婦人がいる。慎の父の蘆田先生もいる。慎も父の少し後ろにいた。帽子を脱いだ早瀬さんが、壁際で手帳を持っていた。一臣は伯父のそばに立っていた。
澪が近づいてきた。十九歳。去年の夏に私が贈った淡い青の洋装を着ている。彼女はそれを着てくるとき、必ず同じことを言う。今日も言った。
「借りているつもりでいますから」
「返さなくていいんですけど」
「そういう問題ではないんです」
澪は隣に座った。今夜、私の隣に座る人は、私が頼んで決めてもらっていた。
「天導さん」と澪が言いかけた。
私は先に言ってしまった。
「言わないでください。今は」
「え」
「待ってしまうから」
澪が黙った。何かを言いかけていた口が、そのまま閉じた。私は自分の膝を見ていた。彼女が今夜何をするつもりなのか、私はだいたい分かっていた。分かっていて、それでも、彼女が「今からやります」と言ってしまったら、私はその言葉に寄りかかって、自分では動かなくなる。誰かが始めてくれるのを待ってしまう。私はそういう人間だ。二十七年やって、こちらで八年やって、まだそうだ。
正面の壇で、伯父が挨拶を始めた。
天導貞光。五十二歳の声はよく通る。天導瑠璃の成年を祝う言葉、亡き宗一郎への言葉、家の航路への言葉。拍手が起こる。
*
澪が立った。
「小野澪と申します。天導家に十二年お仕えした小野弥吉の娘です。父は湖の星見荘を守っておりました」
部屋の音が変わった。秒針の音が急に大きくなったように聞こえた。
「十四年前の八月十五日、桟橋で何があったか、父が書き残したものがございます」
澪は懐から封筒を出した。手が震えていた。震えたまま、彼女は続けた。封は十八の夏に自分で切った、と澪は言った。父の遺した紙だけでなく、今、生きて話せる人を探してきたのだと。
小野弥吉は、八月十五日の午後、桟橋の柱に新しい鋸の痕を見つけたと書いていた。誰にも言えなかったと書いていた。そして、灯籠の見回りを口実に旦那様を桟橋の先へ誘ったのは天導貞光様で、落ちたあともすぐには人を呼ばなかった、と書いていた。
叫び声のようなものが上がった。
母のグラスが、指から滑って落ちた。石の床で割れた音は、思ったより小さかった。誰かが「奥様」と言った。母は動かなかった。母は澪を見ていなかった。私を見ていた。
慎が処方簿を出した。彼の父の蘆田先生は、その場で「私の落ち度です」と言った。息子が持ち出したことを咎めなかった。
一臣が、伯父の下書きを出した。自分の父の机から取ったと、はっきり言った。会場がざわめいた。伯父が「一臣」と言った。一臣は「はい」と答えて、それ以上何も言わなかった。
お絹という人が呼ばれた。小柄で、丸い顔の人だった。丸い顔なのに、頬がこけていた。三十六歳だと、早瀬さんが紹介した。天導家を十三年前に解雇された女中で、澪が三度通って話を聞いた人だった。彼女は震えながら、八月十五日の夜、台所へ行けと言われたこと、その前に奥様が娘さんへ匙を運ぶのを見たこと、戻ると娘さんの姿がなく、明け方に舟屋で眠っているところを見つけたことを話した。話し終わったあと、彼女は「わたくしは、あの晩、台所へ参りました」と言って、泣いた。翌年に暇を出され、余計なことを言えば次の勤め口もないと言われたことを、泣きやんでから付け足した。
早瀬さんが前へ出た。
「湖の町の局から、あの日の昼過ぎに電報が一通打たれています。宛先は星見荘の天導恭介さん。本社からの呼び出しという文面です。打ちに来たのは、辰巳という男でした。当時二十二歳。天導貞光さんの書生です。当時の局員が、顔と名前を覚えていました」
伯父の顔が、少しだけ動いた。
「その電報を受け取った人が、南浦から来ています」
天導恭介は、会場の後ろのほうに立っていた。
大柄な人だった。写真帖の中より痩せていて、それでも肩幅は広く、人の頭一つぶん上に顔があった。日に焼けた顎に、剃り残しのひげが少しあった。背広が明らかに借り物だった。肩の縫い目が合っていない。袖から出た手の指が太かった。彼は、誰も抱いていない腕を、身体の前に置いて立っていた。
四十九歳のはずだった。
彼は前へ出て、電報のことを話した。低い声だった。八月十五日の十五時に電報を受け取ったこと。十七時の汽車で帝都へ向かったこと。翌朝、本社で誰もそんな電報は出していないと言われたこと。戻ったときには、宗一郎はもう亡くなっていたこと。
それから、彼は言った。
「あのう、もう一つ、よろしいでしょうか」
彼の言葉遣いは、この部屋の誰よりも丁寧で、この部屋の誰よりも不慣れだった。
「そのあと、九月の親族会で、血の検査の紙を見せられました。娘は二つのときの検査でAB、わたしはO、妻はAだと。わたしの子ではない、認めろと。あれは誰の子かまで分かる検査ではありませんでした。それでもわたしは、否認の書類に署名しました」
彼はそこで口を閉じ、もう一度開いた。
「生まれたとき、宗一郎さんが瑠璃という名をお出しになって、わたしはそのまま従いました。それでも、わしが育てた娘でした。……わたしが。署名してよい理由には、なりませんでした」
「わたしは、九年、造船所の事務に、手紙が来ていないか訊いておりました。娘から来ていないかと。一通も来ませんでした」
私は立っていた。
「わたしは、五通、書きました」