星猫くるるHOSHINEKO KURURU

天導ルリカは生まれるのを止めた

第八章 揺りかごの話(2/2)

 秋の日曜に、子どもが二人来た。

 分家の一臣と、蘆田先生の子の慎だった。六つと五つ。慎はその日、先生に連れられて来ていた。

 私は座敷の座布団の上に寝かされていた。首は据わっている。転がることもできる。まだ座れない。

 二人が私を覗き込んだ。

 六歳の天導一臣は、痩せていて、眉がまっすぐだった。自分の顔の半分くらいある絵本を、脇に抱えていた。真面目な顔で私を見て、それから言った。

「父上が、この子とは仲良くしておけって」

 大人たちが笑った。「気の早い」と誰かが言った。

「仲良くって、どうするの」

「指を出してごらんなさいませ」とお絹が言った。

 一臣は、指を一本、私の手のそばに置いた。私の手が勝手にその指を握った。

「握った。これで、仲良く?」

 五歳の慎が、横から言った。柔らかい、小さな声だった。

「赤ちゃんは、やくそくできないよ」

「なんで」

「しゃべれないから」

 一臣が黙った。

「そうか」

 一臣は納得したらしい。

「握りますよ、赤ちゃんは」とお絹が言った。「誰の指でも握ります」

「じゃあ、やくそくじゃないね」

「そうですね」

 一臣は指を抜いて、絵本を抱え直して、庭へ走っていった。慎がついていった。

 私は座布団の上に残された。

 前の人生で、私はこの人に、駆け落ちしてください、と言ったことがある。私もちゃんと働くので。お菓子作りとか。一臣さんは本を抱えたまま、「……は?」と言った。それで終わった。十六で正式に婚約して、十八の夜に別れた。

 その人の、六つのときの指を、いま私は握った。

 この子は、あの人ではない。あの人は、ここにいない。ここにいるのは、赤ん坊に指を握られて、握るだけなら約束ではないと納得して庭へ走っていく六歳の子どもだ。

 それでも、「父上が、仲良くしておけって」は、十何年か先の婚約と同じ人の口から出ていた。

 私は、庭のほうを見ていた。

 *

 その夜、お絹が私を寝かしつけた。

「お嬢様は、よく人の顔を見なさる」

 彼女は揺りかごの横に座って、繕い物をしていた。

「わたしの村ではね。赤ん坊は、生まれるときに前のことを忘れるって言うんですよ」

 私は目を開けた。

「生まれる前は、みんな知っているんですって。誰の子になるかも、どこへ行くかも。それを、生まれるときに、ぜんぶ忘れる。忘れないと、生きていられないから」

 彼女は糸を切った。

「だから赤ん坊が泣くのは、忘れた直後で心細いからだって、うちの婆様が言っておりました」

「……」

「お嬢様は、あんまり泣きませんね」

 私は天井を見ていた。

 忘れないと生きていられない、というのは、たぶん本当だ。

 私は忘れていない。二十七年と八年。全部覚えている。覚えたまま、この揺りかごにいる。四年後の日付まで覚えている。

 私は生きにくい。

 夜が更けて、恭介が帰ってきた。

 彼は服を着替えてから、私の部屋に来た。

「起きとるか」

 彼は揺りかごの横に座った。座って、しばらく黙っていた。

「今日な、船台で若いのが足を挟んだ。骨は折れとらん。折れとらんが、あれは治るまで二月かかる」

 彼は自分の膝を見ていた。

「わしがもう少し早う声をかけとれば、ああはならんかった」

 彼はそう言って、また黙った。

「瑠璃花」

 私の身体が、また跳ねた。何度呼ばれても、跳ねる。

「父さんはな、口が下手だ。奥様に、そういうことを言うと、言い訳をするなと言われる。言い訳じゃないんだ。ただ、話しておきたいんだ」

 彼は私の手のあたりに、自分の指を置いた。

「お前は、まだ何も分からんから、いいな」

 私は彼の指を握った。

 この身体は、誰の指でも握る。お絹がそう言った。それは本当だ。

 でも今夜は、私が握った。

 彼はしばらくそのままでいて、それから、私が眠るまでそこにいた。眠るまで、というのは正確ではない。私は眠ったふりをして、彼がいつまでいるかを確かめていた。

 彼は、私が眠ったと思ってからも、長いことそこにいた。

 *

 冬が来るころ、私は床を這えるようになっていた。

 腹を床につけて、腕で身体を引く。最初の日は、敷物の端から端まで行くのに、昼から夕方までかかった。膝が使えるようになってからは速くなった。九か月で、私は自分の部屋から廊下の角まで、一人で行けた。

 角の先へは行かなかった。行けば、誰かに見つかる。見つかれば、どこまで分かってやっているのかを測られる。

 指先でものをつまめるようになったのは、十か月のころだ。畳の目に落ちた米粒を、親指と人差し指で拾った。拾えたことが嬉しくて、何度も拾った。拾っているうちに、母が部屋の入口に立っているのに気づいた。

 私は米粒を口に入れた。赤ん坊がそうするように。

 母は何も言わずに行ってしまった。

 その夜、私は揺りかごの中で、歯を食いしばった。この身体にはまだ歯が二本しかなかったので、食いしばったのは歯茎だった。

 急ぎたかった。

 口の中では、もう言葉の形ができかけていた。お絹が毎日口の形を見せてくれたおかげで、「あ」と「う」と「ま」の違いを、私は舌で覚えていた。出そうと思えば、たぶん、もうすぐ何か一つは出せる。一つ出せれば、二つ目も出せる。早く喋れるようになれば、早く何かを伝えられる。春が来れば、一歳になる。一歳の年に、蘆田先生は帝都を離れる。

 でも、急げない。

 身体が追いつかない、というだけではなかった。母は、私が人間になった瞬間に口を閉じる人だ。一つにもならない子が大人の言葉を話せば、母は二度と揺りかごのそばで喋らない。それに、誰もそれを一つの子の話としては聞かない。気味の悪い子の話として聞く。

 急ぐことが、いちばん遅い道だった。

 だから、赤ん坊の速さでやることにした。一歳の少し前に、意味のある音を一つ。それまでは、意味のない音だけ。お絹に褒められても、恭介に「もう一回」とせがまれても。

 喃語を、私は練習した。意味のない音を、意味がないように出す練習だった。「だ、だ、だ」「ば、ば」。やってみると、これがいちばん難しかった。意味のある言葉を知っている口で、意味のない音を出すのは、嘘をつくのに似ていた。

 夜、揺りかごの中で、四年の残りを数えかけた。三年と少し。そこまで数えて、やめた。

 十一か月で、私はつかまり立ちをした。

 恭介の膝につかまって、立った。膝が震えた。この身体の膝は、私の体重を初めて持ち上げていた。

「おお」

 恭介が息を呑んだ。

「立った。お前、立ったぞ」

 彼は私の脇を支えて、立ったままの私を、しばらく眺めていた。

「奥様。奥様、この子が」

 彼は大きな声で呼んだ。母は来なかった。お絹が来て、「まあ」と言って、手を叩いた。

 私は立ったまま、恭介の顔を見上げた。影の塊しか見えなかった日は、もう遠かった。彼の目尻の皺まで、よく見えた。

 この人の喜び方には、測るところが一つもない。私がどこまで分かっているかを、この人は一度も測ったことがない。

 私はその顔を見ながら、膝を曲げて、座布団の上に尻もちをついた。わざとではなかった。本当に、膝がもたなかった。

 恭介が笑った。お絹も笑った。私も、笑った。意味のない音で。