星猫くるるHOSHINEKO KURURU

天導ルリカは生まれるのを止めた

第十一章 期限(3/4)

 宗一郎が死ねば、この子の後見人になるのは母ではない。伯父だ。伯父は、妹の計画を実行する手を貸しながら、そのあとの座を、妹の知らないところで自分のものにしていた。母が計画の見返りとして思い描いたものは、たぶん手に入らない。

 それを、いま、母に言えば。

 私は、四月から五月にかけて、そのことを何度も考えた。

 言えば、母は計画をやめるかもしれない。兄と組む理由がなくなる。この子を本家に据えたところで、後見うしろみが兄なら、母の手には何も残らない。

 私は、この筋道を何度も頭の中でなぞった。

 なぞって、三つのことに気づいた。

 一つ目。母は、たぶん、それでもやめない。

 母が求めたのは、後見の座ではなかった。十二月の手紙に、母は「私はもう待ちません」と書いた。宗一郎が決めなかったことを、自分の手で決める。それが母の欲しいものなら、兄に裏切られると知っても、母は組む相手を替えるか、兄を出し抜く手を足すだけだ。計画そのものは、なくならない。

 二つ目。もし母が計画を変えたら、私は何も知らなくなる。

 私が持っている知識は、八月十五日の湖という一点だけだ。偽電報、投薬、舟屋、桟橋。母が別の方法に変えたら、その全部が使えなくなる。次に何が起きるか、私には分からなくなる。

 そして、四歳の子が「おじさまは、かあさまを、うしろみにしない」と言えば、母は三月の夜の問いを、もう一度、もっと強く持ってくる。あなたは誰。今度は、「ねむい」では逃げられない。

 私は、その怖さのほうが大きかった。

 三つ目は、自分に隠しておけないことだった。

 私は、母の孤独を使いたかった。

 母に「伯父様は、かあさまを裏切る」と教える。母は動揺する。母は誰かに縋りたくなる。そこで私が何かを言えば、母は聞くかもしれない。

 ――そういう筋道を、私は考えていた。

 考えて、そこで自分が気持ち悪くなった。

 前の人生の十歳から、私は良い子の勘定をして暮らした。誰かの困りごとや寂しさを、自分の居場所を作るための手がかりに置き換える手つきだった。四歳になって、私はまた同じことをしようとしていた。

 私は言わなかった。

 これが正しい判断なのかは、分からなかった。言えば違うかもしれない。言わないから起きることがあるかもしれない。私は、この選択が正解だと自分に言い聞かせるつもりはなかった。

 私は、ただ、言わなかった。

 *

 薬の配達は、四月に始まった。

 玄関の呼び鈴が鳴って、蘆田医院の小僧が包みを置いていく。母が受け取る。母は包みを袂に入れて、自分の居間へ持っていく。一度も、包みを解くところを誰にも見せなかった。

 私は、包みが届く回数を数えようとした。

 数えられなかった。

 四歳の子は、一日じゅう玄関の見える廊下の角に立っていられない。昼には寝かされる。寝かされまいとして起きていると、夕方に眠り込んで、お絹に抱いて運ばれる。夜は七時に布団に入れられる。湯に入れられているあいだに、呼び鈴が鳴ったこともあったと思う。廊下の角に長く立っていれば、たみが「お嬢様、そこは冷えます」と言って、部屋へ戻す。たみは目が悪いことになっているが、四歳の子が同じ角に毎日立っていれば、目の悪い人でも気がつく。

 私が自分の目で見た配達は、四月に一度、五月に一度、六月に一度だった。

 それが全部なのかどうか、私には分からなかった。

 前の人生の十七の秋に、慎さんが父親の医院の処方簿を見せてくれた。天導藤乃様のお名前で、薬が六回出ています、と。四月と五月に二度ずつ、六月、七月。

 六回のうち、私が見たのは三回だった。見なかった三回は、来なかったのか、私が眠っていたあいだに来たのか。

 包み紙を探したこともある。医院の名前の刷られた包み紙が一枚あれば、それは大人が見れば分かる物になる。母の居間の屑籠を、たみが縁側にいるあいだに覗いた。空だった。母は包み紙を、居間の火鉢で燃やしていた。灰の中に、紙の端の焦げたのが残っていた。指でつまみ上げようとして、灰が崩れて、私の指の先が黒くなっただけだった。

 その日の夕方、お絹が私の指を見て「まあ、火鉢をおいたなさいましたね」と笑った。私は笑い返した。灰の中の紙は、翌朝にはもう掃き出されていた。

 私は縁側で、黒さの落ちきらない指を見ていた。

 大人が自分の目で確かめられる物だけを渡す。三つになる前の春に、そう決めた。言葉を信じてもらえない子が渡せるのは、それだけだ。

 決めたのは、簡単だった。やるのは、難しかった。

 帳面は町の蘆田医院にある。四歳の足では、門の外へ一人で出ることもできない。出られたとしても、四歳の子が医院の帳面を見せてくださいと言えば、先生は笑って飴をくれるだけだ。字は読めても、この手では書けない。書けたとしても、四歳の子が書いた手紙は、それこそ気味の悪い子の証拠になる。言葉で言えば「また、あの子が」になる。言葉で言えば、母にも届く。

 十五の私は、自分の足で医院まで薬を取りに通えた。十七の私は、慎さんに帳面を持ってきてもらえた。四歳の私には、何もない手と、父がいるだけだった。

 物は、自分で取りに行けない。だから、父が自分で取りに行くように、道を一本だけ作ることにした。

 七月の初め、「今日は何だ」と言う父に、私は紙袋を一つ渡した。去年の夏に蘆田先生が来たとき、私の汗疹の薬が入っていた空き袋だった。表に「蘆田医院」と刷ってある。春から、博物館の棚のいちばん下の段の、石と石のあいだに挟んでおいたものだ。

「みずうみの、おくすり」

「湖へ持っていく薬か。そうだな、要るな」

 父は袋を裏返して、そう言った。

 診療所へ行けば、父は帳面のある部屋に立つ。前の人生の星の間で、処方簿が出されたとき、蘆田先生はその場で「私の落ち度です」と言った。そういう人の前に夫が来れば、先生は何か言うかもしれない。言わなければ、それまでだ。父が町の薬屋で済ませてしまえば、それも、それまでだ。

 私にできるのは、そこまでだった。

 その夜、私は布団の中で、紙袋を渡したときの父の顔を何度も思い出した。父は、袋の表の字を読んだだろうか。蘆田、と読んだだろうか。

 分からなかった。分からないまま、四日が過ぎた。

 *

 五日目の夕方、恭介が帰ってきた。

 いつもより早かった。彼は着替えもせずに、私の部屋へ来た。

「瑠璃花」

「とう」

 彼はしゃがんだ。

「今日な、診療所へ行ってきた。蘆田先生のところだ」

 私は顔を上げた。

「お前が夏に湖へ行くだろう。子どもの旅行に持っていく薬をもらいたいと言うた。腹の薬とか、虫刺されのとか」

「うん」

「先生のほうから、奥様の眠り薬の量が多いのが気になると言われた。ご主人から言ってやってくれと。それで、帳面を見せてもろうた」

 彼は自分の膝を見ていた。

「奥様の名前で、薬が出とる。四月と、五月と、六月と、七月。四回だ」

 私は息を止めた。

「先生は、眠れんと言うので出したと言うとった」

 彼は顔を上げた。

「わしは、お前が湖で人が死ぬと言うたのを、覚えとる」

「とう」

「それと、これが、繋がるかどうかは分からん」

 彼は正直にそう言った。

「分からんが、わしは今夜、手紙を書く」

「だれに」

「小野さんだ。星見荘の。あの人は仕事が丁寧だ」

 彼は立って、私の手を引いた。

「見とれ。父さんは字が下手だ」

 彼は座敷の卓に紙を広げて、筆ではなく鉛筆で書いた。字は本当に下手だった。

 私は横に立って、それを見ていた。彼は読み上げながら書いた。

「小野弥吉様。……ええと、いつもお世話になっております。八月に伺います。……つきましては、二つ、お願いがございます」

 彼は舌を出して、鉛筆を舐めた。舐めたまま、しばらく書かなかった。

「湖で人が死ぬ、言うんなら、水のそばだ。水のそばで人が落ちるのは、足場からだ。わしに分かるのは、そこだけだ」

 彼は自分に言うように言って、また書いた。

「一つ。桟橋と、舟屋と、岸の石垣を、わたしが着く前に一度見ておいてください。子どもの乗りそうなところは、柱も板も手すりも、みな。腐りや、傷や、新しい痕がないか。着いてからも、日を置いて、もう一度」

「うん」

「二つ。夜に、水際のあたりを見ておいてください。人が出入りしていたら、覚えておいてください」

 彼は一度、鉛筆を止めた。

「……理由は、着いてから申し上げます。子どもの言うことで、わたしにも確かなことは分かりません。ただ、わたしは自分で確かめたいと思っております」

 彼は最後にそう書いた。

 私は、その紙を見ていた。

 彼は「誰が」を書かなかった。

 書けなかったのだと思う。彼が持っているのは、幼児の言葉と、診療所の帳面の四行と、十一月に読んだ手紙だけだ。その三つから、妻の名前を紙に書くことは、この人にはできない。

 でも、彼は自分の足で診療所へ行って、自分の目で帳面を見た。

 四回と言ったのは、私ではない。父が数えた。母が「また、あの子が」と言っても、父が自分で見た四行は、夢の話にはならない。

 去年の春に「大丈夫だ」と言った人が、正月に「覚えとく」と言い、七月に診療所へ行った。

 私はそれを見ていた。

 彼は封をして、宛名を書いて、私に渡した。

「明日、出す。お前が持ってろ」

 私は封筒を両手で持った。

 その夜、私は封筒を枕の下に入れて寝た。翌朝、彼が郵便局へ持って行った。

 *

 四回、という数を、私は父が寝たあとも考えていた。

 私が見た三回は、四月と五月と六月の分だった。七月の一回は、私が見ていないうちに来ていた。帳面の四回は、私の見落としを埋めた。そして、前の人生の六回には、二回足りない。

 四月と五月の、二度目の分がない。

 医者の帳面に残る薬が、前の人生より少ない。母が今度は眠れているのなら、いい。でも、そういうことではないと思った。

 母は、二歳の私が「るり、ほんけ」と言った日から、先に手を打つ人になった。三歳の私が「みずうみ」と言い続け、静子さんに「およめさん」と言い、佐伯の袖を掴んだのを見た。三月の夜に「あなたは誰」と訊いた。自分の言葉を全部覚えている子がいる家で、医者の帳面に自分の名前を六回並べるだろうか。

 並べない。

 足りない分は、医者の帳面に残らない手から来ているのかもしれない、と思った。薬を手に入れられて、母の計画を知っていて、母と同じくらい帳面を嫌う人。

 伯父かもしれない、と私は思った。前の人生で母と組んでいたのも、伯父だった。

 確かめる方法はなかった。四歳の子が伯父の荷物を調べることはできない。

 分かったのは、処方の記録が前と違う、ということだけだった。手に入れ方が変わったのかもしれない。計画まで変わったのかもしれない。足りない分を伯父から受け取っているのなら、薬の量も使い方も、前と同じなのかもしれない。帳面の四行からは、どちらとも言えなかった。

 変わったのだとしたら、変えさせたのは、たぶん、私だ。

 私は、八月十五日という日付を知っている。偽電報を知っている。舟屋を知っている。

 知っているものが、そのまま来るとは限らない。

 今回、何が同じで何が違うかは、私が自分で確かめなければならない。

 *

 七月の終わり、私はお絹を捕まえた。

 台所の裏で、彼女が豆を選っていた。私はその横に座った。

 前の人生で、お絹は八月十五日の晩に「台所へ行け」と言われて行き、戻ったら、この身体の子がいなかった。だから、この人に頼むことは一つでいい。その一言が来ても、離れないこと。

「おきぬ」

「はい、お嬢様」

「おねがい」

「なんでございましょう」

「みずうみで、ずっと、いっしょにいて」

 お絹は手を止めた。

「ずっと、と申しますと」

「ずっと。よるも」

「夜も、お嬢様のお側におりますよ」

「かあさまが、だいどころ、いって、って、いっても」

 お絹の手が、豆の上で止まった。

 彼女は、私を見た。

 彼女はしばらく黙って、それから、豆の笊を横へ置いた。

「お嬢様」

「うん」

「わたくしは、奥様に雇われております」

「うん」

「奥様が台所へ行けとおっしゃったら、行くのが仕事でございます」

「うん」

 お絹は、自分の手を見ていた。

「……お嬢様は、四つでいらっしゃいますね」

「よっつ」

「お嬢様が、糖蜜をお吐きになったのを、わたくしは覚えております」

 私は顔を上げた。

「四つの月のころでしたか。奥様が匙をお持ちになって、お嬢様が顔をお背けになった。あんなに甘いものを、赤ん坊が吐くというのは、めったにございません」

 彼女は、笊の縁を指で撫でた。

「あれから、わたくしは、ときどき考えるのです。あれは何だったのかと。考えて、考えるのをやめます。考えると、この家におれなくなりますので」

「おきぬ」

「はい」

「こわい?」

 お絹は、少し笑った。

「怖うございます」

 彼女は言った。

「怖いですけれど」

 彼女は笊を持ち上げて、豆を選り始めた。

「離れません」

「ほんと」

「わたくしは、お嬢様の側におります。台所へ行けと言われても、行きません。叱られたら、叱られます」

「ありがとう」

「四つのお子様に礼を言われるのは、初めてでございます」

 彼女は笑った。丸い顔の、目がなくなる笑い方だった。

 私はその顔を見ながら、自分がいま頼んだことの大きさを考えた。

 この人は二十二歳で、女中で、奥様に逆らえば暇を出される。私はそれを知っていて、四歳の口で「いっしょにいて」と頼んだ。四歳の子の頼みだから、この人は断れなかった。私はそれも、たぶん知っていた。

 大人が自分で確かめられる物を渡す、と私は決めた。お絹に渡したのは、物ではなかった。この人が四年前に自分の目で見た匙を、この人に思い出させただけだ。

 それが物より軽いのか重いのか、私には分からなかった。

 *

 八月の初めに、分家の家から人が来た。

 十歳の一臣が、母親と一緒に来ていた。背の高い子で、眉がまっすぐだった。彼は座敷で退屈そうにしていて、庭に出て、私が木の船を持っているのを見つけた。

「それ、船?」

「うん」

「見せて」

 彼は座り込んで、船を手に取った。ひっくり返して、底を見た。

「鉛が入ってる」

「とうが、いれた」

「へえ」

 彼は帆柱を指で弾いた。

「これ、ぐらぐらするよ」

 本当だった。真ん中の帆柱の根元が、少し緩んでいた。

「直せる?」

「直せるよ」

 彼は自信満々に言って、庭の隅から小枝を拾ってきた。小枝を帆柱の穴に押し込もうとした。

 穴が広がった。

 帆柱が抜けた。

「あ」

「あ」

 私たちは二人で、抜けた帆柱を見た。

「ごめん」

「いい」

「僕、直せると思ったんだ」

「うん」

 彼は帆柱を持ったまま、しばらく困っていた。

 私は彼を見ていた。