星猫くるる HOSHINEKO KURURU

04 / 10 · 共通の導入 · ひとつの結末まで約3分

外さなかった蓋

AI が作成

工場の治具を前に話す父と千春

柿沢重一は七十九歳で、町工場の鍵を娘の千春に渡した。旋盤が二台、古いボール盤が一台。四十三年、医療器具の小さな金具を作ってきた工場だった。

引き継ぎの前、重一は千春の試作品の角を、黙って丸めたことがある。重一の指には滑らかだった。けれど相手が要るのは、手袋の上から位置を確かめるための小さな角だった。千春は全部作り直して言った。

「失敗を見つけるのはいい。直す前に、私に言って」

鍵を渡す日には、こうも言った。

「お父さん、頼んだときだけ手伝ってね」

重一は「分かった」と答えた。娘の工場になるなら、娘の手順で動くべきだった。

それでも週に二度、重一は奥の椅子で新聞を読んだ。油の匂いと、電気ポットの蓋の裏で鳴る小さな珠の音を聞きに。

秋、千春は六百個の留め具の注文を受けた。二つの部品が、同じ力で噛み合うことが条件だ。千春は力を測る治具を作り、六百個すべての数字を記録すると決めた。手の癖に頼らずに渡せる。重一は、よく考えたなと言った。

最初の百個が箱に入った日、重一はひとつだけ奇妙な音を聞いた。千春がレバーを戻す直前、台の内側で、乾いた短い音がする。
昔、測定器の蓋の下の薄い板がずれると、よく似た音がした。数値は出る。ただ、押し方によって少し変わる。

重一は椅子から立った。蓋の留め金は、指一本で外せる位置にあった。

「何かある?」

千春が治具から手を離し、答えを待っていた。

どちらを読みますか

もう一方も、あとで読めます。

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