04 / 10 · 選んだ結末 · ハッピー
外さなかった蓋
ハッピー:音のことを言う
「レバーを戻す前に、中で音がする。昔の測定器で、板がずれたときの音に似てる」
重一は一歩下がった。
「開けるかどうかは、お前が決めてくれ」
千春は黙って留め金を外した。薄い板の端が、留め具から外れかけていた。押すたびに、わずかに逃げる。
「いつから?」
「今日の昼過ぎから。二度に一度くらい」
千春は長く息を吐いた。それから板を留め直し、箱の百個を作業台に戻した。
「じゃあ、今日の分は全部測り直す」
その日の残りは、測り直しで終わった。千春は一度も笑わなかったが、帰りに「明日も来る?」と聞いた。
六百個は検査を通った。次の見積書には、千春の字で一行増えていた。「検査治具の点検(毎日)」。取引先は、その行を気に入ったらしい。
重一は奥の椅子で新聞を読んだ。ポットの珠が鳴り、治具は鳴らなかった。
千春が、外した古い板を机に置いた。
「これ、取っとく?」
板の端に、細い擦り跡があった。重一はそれを、自分の工具箱の蓋の裏に貼った。