06 / 10 · もう一方の結末 · バッド
青い爪の領収書
バッド:もうできない、と言う
「もう、爪はできない」
灯はうなずいた。席を立つとき、綿にも道具にも触れなかった。レイナは代金を受け取らず、灯も払おうとしなかった。表の通りを歩く灯の背中が、鏡に映った。曲がり角を過ぎるまで、レイナは鏡の中だけを見ていた。
数日後、母から短い文が届いた。《灯さんにひどいことを言わないで。あの人は本当にあなたを助けてくれた》
助かったことなら、よく知っている。ひとりで店まで来られるようになり、客の前で笑える。それを母の文で確かめたくはなかった。
閉店後、レイナは練習用の手を机に出した。灯の指の長さを写した手で、親指が少し短い。そこへ薄い青を塗ると、灯が笑っていたころの形になった。
暗い窓に、片手だけが映っていた。
青い爪を見せて話しかけてきた少女が、あの日、何を楽しみに椅子へ座ったのか。
レイナが知りたかった答えは、領収書のどの欄にもなかった。