10 / 10 · 選んだ結末 · ハッピー
いないほうが楽
ハッピー:卵を渡す
葉月は振り向いて、卵を一つ差し出した。
「割って。ここで」
灯は両手で受け取り、フライパンの縁に当てた。強すぎた。殻が二つ、黄身と一緒に落ちた。
二人で菜箸を持って、殻を追いかけた。逃げる。また逃げる。灯の肩が揺れ始めた。葉月も、口を手で押さえて笑った。壁が薄いから、声は出さずに。
その夜の卵は、ときどき、じゃりっと鳴った。
「今日、お皿洗ってくれてたんだね」
灯は口をもぐもぐさせたまま、うなずいた。
十八歳で、灯は遠い町の住み込みの仕事を選んだ。古い家を直す仕事だった。
最初の正月、灯は帰ってきた。台所に入ると、上の棚の皿を取るために、聞かずに椅子を動かした。それから振り向いた。
「卵、割っていい?」
「もう聞かなくていいって、何回言った?」
灯は片手で卵を割った。殻は一つも落ちなかった。
葉月は、椅子の脚が床に残した四角い跡を、拭かずにおいた。