星猫くるる HOSHINEKO KURURU

01 / 10 · 共通の導入 · ひとつの結末まで約3分

十七番の横

AI が作成

喫茶店で新聞を前に向き合う俊一と澄子

八十一歳の宮沢俊一は、水曜日だけ新聞を二部買った。一部は自分の分。もう一部は折らずに紙袋へ入れる。折り目がクロスワードの升目を横切ると、鉛筆の先が引っかかるからだ。

折らないほうは、七十七歳の川原澄子の分だった。二人は駅裏の喫茶店で、毎週十一時に同じ問題を解く。決まりは一つ。どちらかが最後の升目を埋めたら鉛筆を置き、もう一方は十分だけ続ける。埋まらなければ、その日の負け。

辞書の編集を長く勤めた俊一は、七年のあいだ、ほとんど負けなかった。

先月、初めて負けた。十七番の横、布の名前が一升だけ空いたまま十分が過ぎた。澄子は薬局で四十年働き、俊一の知らない言葉を、俊一の知らない場所で覚えていた。

今朝、俊一は澄子より早く店に着いた。問題を先に見るつもりはなかった。それでも紙袋から一部を出してしまい、縦の問いを一つ読んだ。慌てて裏返し、澄子が扉を開けるまで、紙袋を両手で押さえていた。

その日、最後に残ったのは、二人とも同じ欄だった。九番の縦、「船を岸につなぐこと」。
先に鉛筆を置いたのは澄子だった。

「〈モヤイ〉です。父が港で、船をつなぐ仕事をしていて」

答えは合っていた。俊一にも分かった。
店員の真紀が、皿を下げずにそばに立っている。二週続けて負けたところを、見られている。
澄子の新聞の端には、小さな字で〈父の言葉〉とあった。

喉まで、言葉が上がってきた。
先に答えを調べてきたんでしょう、と。
けれど今朝、問題を読んでしまったのは、自分のほうだった。

どちらを読みますか

もう一方も、あとで読めます。

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