09 / 10 · 選んだ結末 · バッド
はいのあとで
バッド:立ち上がる
奈々がもう一度紙へ目を落とした、そのわずかな間に、澪は立ち上がった。
「奈々は、本当は結婚したくないんです」
自分の声が、壁に当たって返ってきた。奈々は紙を下ろし、澪を見た。驚いた顔だった。言えないことを言ってもらった人の顔ではなかった。
「それは違う。私が言います。少し待ってください」
奈々は「はい」と言った。拍手は遅れて起き、長くは続かなかった。
食事の席で、奈々の叔母が言った。「でも一度は迷ったんでしょう」。澪の訂正より、最初の一言のほうが、長く知る人の証言として扱われていた。帰り際、悠介の祖母は奈々の手を握り、「無理しないでね」と二度言った。奈々がこの日を選んだ理由は、もう別の意味になっていた。
控室で、奈々は言った。
「式の日に私が言った『はい』を、あなたが説明しなくていい」
一週間後、写真が三枚届いた。あの返事の瞬間は、一枚もなかった。写真のない時間を、澪は自分の声で埋めてしまった。
奈々の「はい」は、どこにも写っていない。奈々が自分の返事を最初の返事として聞かせることは、もうできなかった。